第16話 女子高生×正体
「まなねぇに会えるなんて、びっくりだよー!ここ二、三年くらい会えなかったし……。」
「高校が少し遠いから、いつも早い時間に家を出てるんだ。夜も帰るの遅いし……。優太と会えなかったのはそのせい。」
「そうだったんだ。てっきり引っ越したのかと……。そういえば僕、まなねぇの家とか知らなかったし。」
まなねぇと思わぬ再開を果たしてから、僕は色々な思い出話に花を咲かせていた。
「……優太、自分の事僕って言ってたんだっけ?」
ドキッと、心臓の音が高鳴る音が聞こえた。
そうだ。まなねぇに出会った頃は自分を強く見せたくて、『俺』って言ってたんだっけ……!
「い、いやぁ、最近は僕って言った方が可愛げがあっていいかなぁーって思ったんだよー!あは、あははは……!」
苦し紛れの言い訳に、まなねぇのきょとんとした視線が突き刺さる。
「そうなんだ。確かに優太っぽくて可愛い。」
そう。こんな苦し紛れの言い訳でも、まなねぇは信じてしまう。
だってめちゃくちゃにチョロいんだもん!
良かった……変な揺さぶりとかかけられなくて……。
久しぶりのまなねぇは、相変わらずのままで。
ボケーッと何を考えているのか分からない所も、ふわふわした空気に飲まれているところも。
全部僕が知っているまなねぇそのものだった。
「そういえば、まなねぇも海に来てたんだね。」
「うん。この近くで打ち合わせがあるから。その前に遊んでおこうと思って。」
潮の香りが僕の鼻にすっと入る。
心地よい漣と海風が僕達の空気を和ませていた。
ビキニ姿のまなねぇは、いつもより大人っぽく見えて、不意の仕草にドキッとする。
お姉ちゃんのと時も思ったけど、女の人の水着姿ってなんか、こう、目に悪い……。
そんな事よりも、まなねぇの口から出たある単語に引っかかる。
女子高生からはあまり口にされることのない言葉だ。
「——打ち合わせ?」
部活動や、生徒会のミーティングとかだろうか。
けれどそれなら、学校の中でやるのが普通だろうし。
疑問を抱いていると、まなねぇはこくっと頷いてから再び口を開けた。
「——私、もうすぐでライブがあるから。その打ち合わせ。」
「ら、ライブ……?あ、文化祭でなにか歌ったりするとか?」
そんな子供の脳で考えられる事を口にしてみると、どうやらそれは的外れのようだった。
ぶんぶんと、首を横に降ったまなねぇは僕に背を向ける。
そして海よりも遠い場所にある大きな箱を指さして、こういった。
「あそこでライブをするの。優太が知ってるかは分からないけど、私。——『toalu』っていうアーティストの一人だから。」
その名前を、僕は聞いた事があった。
『toalu』……とある……toalu!?
僕の頭で、それが自分の好きな歌い手だと思い出すのに五秒。
頭の中では色々な疑問があとを絶えない。
「まなねぇがtoaluのメンバーなの!?でもどうやってライブ?顔隠してとか!?っていうかいつからそんな事始めたのー!」
「ゆ、優太……落ち着いて……!」
信じられるわけない!まさか、まさか……まなねぇがtoaluのメンバーだったなんて!!
身近に超有名人がいた事にも驚いたけど、それがあのtoaluなら尚更だ。
グイグイと、瞳を輝かせて近付いてくる僕にまなねぇは圧倒されていた。
「優太は、toalu知ってるの?」
「もっちろんだよ! 僕、toaluがメジャーデビューする前に出したアルバムだって持ってるんだよ!」
食い気味に話す僕に、まなねぇは驚きながら笑みを零した。
そして、ふわっと上げたその右手を僕の頭の上に置く。
まなねぇの右手を優しく包み込んだ僕の頭は、暖かな体温を感じていた。
「嬉しい。優太がこんなにtoaluのファンだったなんて。」
「僕こそ、まなねぇがtoaluのメンバーだったなんて……。凄い偶然だよね!」
「……偶然。」
「どうしたの?」
まなねぇは何かを考えた混んだあと、いつものように微笑んだ。
「なんでもない。あ、そうだ。」
まなねぇは、手首にかけていたパーカーのポケットから、何かを取り出す。
そしてその紙切れを僕に手渡した。
「これ。来週やるライブのチケット。良かったら来て。」
まなねぇは2枚のチケットを僕に差し出す。
いいの、と問いかけてみたらまなねぇはいつもよりも頬を染めて笑った。
「ずっと、優太に来て欲しかったから。」
そのド直球なストレートは、僕の胸にストライク。
あまりの可愛さに胸を打たれながら、僕はチケットを手に持った。
「ありがとう。絶対に見に行くから。」
「うん。待ってる。……それじゃあ私行くね。今日、優太に会えて良かった。」
まなねぇは手首にかけていたパーカーに腕を通し、フードを被る。
まなねぇの綺麗な瞳が影に隠れて、少し悲しい気持ちになった。
「ライブ、楽しみにしてるからね!」
バイバイと手を振りながら小さくなっていくまなねぇの姿に、少しだけ胸がぎゅっとした。
その痛みの正体はよく分からなかったけど、幼なじみに再会出来たのは凄く嬉しい。
こんな偶然が何度も続くなんて、今日はいい一日だ。
まなねぇと別れた後、僕はお姉ちゃんの元に向かった。
「……あ、優くん!!!!」
海の家、その正面まで戻ってきた僕は突然柔らかい何かに包まれていた。
この感触……まさかあの、豊かなあれ!?
「ん〜!ん〜〜!!!」
本日二度目。窒息死の危機から脱するように体を大きくじたばたさせる。
「もう、遅かったから心配したよー!何か事件とかあったの?」
お姉ちゃんの声は、本当に心配していて。少し泣きそうな声だった。
そう長くは時間も経っていないはずなのにと、思いながらとりあえずお姉ちゃんの体から離れる。
ぷはぁ、と酸素の確保を優先しながら、僕はお姉ちゃんに謝った、
「ごめん、遅くなって。別に何かあった訳じゃないんだけど……。あ、そうだ。」
僕は握りしめていたチケットを、お姉ちゃんに差し出す。
きょとんと、目を丸くさせるお姉ちゃんに僕は上目遣いで口を開けた。
「お詫びって訳じゃないんだけど……一緒に行かない?」
その返事を待つこと数秒。なんの答えも帰ってこないから、お姉ちゃん方をよく見てみると鼻から赤い液体をたらりと流していた。
おーっと、まさかこれは?
自分でも、予想外でした……。ただのお詫びの誘いがお姉ちゃんの心臓にクリティカルヒットするなんて。
そして、まさか海に来てお姉ちゃんの鼻血を見る事になるなんて。
「これは……優くんからのデートのお誘い!?」
「いや、違うから。ただ僕が行きたいだけだからね?」
お姉ちゃんがチケットを握りしめていたキラキラと輝いた瞳を向けてくる。
ただでさえ真夏の太陽は暑いと言うのに、余計汗が出てくる。
こうなったら、海に入って涼むしかあるまい。
「お姉ちゃん、僕先に海に入ってるから!」
「あ、待ってよー!私も行くからー!」
思い返してみれば、確かに誘い方がおかしかったかも。
あれじゃあ僕がお姉ちゃんをデートに誘ったみたいに見える。
いや、違う!決してやましい意味は無いし、本当に僕が行きたかった訳だし……。
——デートでは、無い、よな!?
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