第14話 海×み、水着!?

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ジメジメとした梅雨も過ぎ去れば、いよいよ夏が到来する。

カラッと乾いた暑さに、コンクリートがジリジリと焼かれ、灼熱の地獄と化している今日この頃。

やって来るのは、僕達小学生にとっての飛び切り嬉しい一大イベント。

——そう、夏休み!

炎天下の中、わざわざ汗水垂らして学校に行かず、冷房の効いた自分の家でダラダラ出来る毎日!

これ以上ないくらいに幸せな時間だ。

窓越しに聞こえてくる煩いくらいの蝉の声。

確かにこうも毎日猛暑日となれば、嫌でも泣きべそをかいてしまう。

とはいえ、僕は人間という地球上で最も知能のある生き物だ。

だからこそ、この涼しいリビングでぐうたらし放題なのである!

文明の発達に感謝の意を唱えながら、僕はソファーの上で寝っ転がろう。

つけっぱなしのテレビから流れるワイドショーが、BGM代わりとなり、僕に睡魔が襲いかかる。

この心地良さに身を任せ、眠りにつこうとしたその瞬間、リビングに設置されている電話が音を響かせた。

起き上がるのも面倒くさかったし、このまま居留守を使う事だって出来た。

けれど、もしお父さんの仕事関係だったらと、考えたら泣く泣く身体を起こして電話を取る。

「はい。笹月で……」

「あ、優くん?もしもしお姉ちゃんだよ!」

おい、せめて最後まで言わせろ。たった一文字を待てなかったのか。

せっかくの眠気を一瞬で吹き飛ばすのは、蝉よりも煩いお姉ちゃんの声。

重たい身体を無理やり起こした僕の苦労が、水の泡だ。

はあ、とため息を漏らしながら僕はお姉ちゃんに問いかける。

「それで……今日はどうしたの?」

休日でも無い、こんな平日にどうして電話をかけてきたのだろうか。

どうせ毎週会っているのだから、その時にでも話せばいいのに。

そんな事を思いながら、受話器に耳を澄ますとお姉ちゃんは口を開けた。

「あのね、二人で海に行かない?」

さて、思考停止したいのは山々だけれど、ここで一つだけ言わせて欲しい。

——出たよ。

この人は毎度毎度、僕を困らせる天才か?

夏休みが始まって、バカンス気分を味わっている僕に、海!?

しかもお姉ちゃんと二人きりで!?

いやいやいやいや、どうしていきなりそうなった?

第一、僕は受験生だ。受験生の夏休みといえば、勉強に限る。

海だのなんだのと、うつつを抜かしている暇はない筈だ。

と、色々言ってみたものの、お姉ちゃんは全く諦める気配は無くむしろ、


「受験生でも、息抜きは必要です!」


ふん、と謎の説得力がある声に、僕の心はポキッと折れた。

まあ確かに、ずっと勉強ばかりだと気が滅入るのは確かかも。

「ずっと勉強ばかりだと、気も滅入るでしょ?」

おい、勝手に人の心を読むな!というかなんで考えている事が分かるのか……。

そこに触れたら、お姉ちゃんの更なる変態っぷりが垣間見えそうで、呑み込んだ。

まあ、海なんて夏の風物詩の一つ。

ここ数年はお父さんの仕事が忙しい事もあって、遊びに行けなかった。

ああ、確かに息抜きも必要かも。そうだ。これはお姉ちゃんから誘った事で。ただの息抜きで。

だから断じて、僕が行きたかった訳じゃあ無い。

「いいよ。海に、行こう。」

最近、お姉ちゃんに心の底を見透かされているような気がする。

けれど、まあ。夏の暑さで、脳やら心やらが溶けていると思えば、見抜かれるのも当然かもしれない。

兎にも角にも、こうして僕はお姉ちゃんと共に海に行く事となったわけだ。



「——青い空!白い砂浜!どこまでも続く大海原!これぞ……海だぁー!」


あの電話から三日と経たず、僕達は近くの海水浴場に足を運んでいた。

ジリジリと焼け爛れるような直射日光に、立っているだけでも汗が溢れる。

これだけでも灼熱地獄だと言うのに、ここに更なる地獄の要因がいた。

小学生である僕よりも、子供のようにはしゃぐお姉ちゃん。

キラキラと瞳を輝かせて、海を一望しているお姉ちゃんの後ろ姿に、僕はため息を漏らした。

「お姉ちゃん、まずば準備体操だからね。」

はーい、と楽しそうに返事をしながら、くるりとこちらを見る。

太陽の光に透かされた真っ白な肌。短い髪を一つに束ねたポニーテール。肌に密着する、プール用の上着。

なんだか今日のお姉ちゃんは、いつもよりも大人びて見えた。

「っと、その前に日焼け止めー、日焼け止めー。」

自分で持ってきたバックの中から日焼け止めを取り出すと、お姉ちゃんは上着のチャックに手をかける。

そして、上着の中から現れたその光景に、僕は目を見開いた。

——そうだ。なんで忘れてたんだろう。

海なんだから、お姉ちゃんも水着を着ているという事を!

しかも、あの天然ボケを連発するお姉ちゃんに、羞恥心なんてものがある訳ないじゃないか!

なら、つまり……。お姉ちゃんの水着は……。


「じゃじゃーん!優くん、どうかな?私の水着!」


上着を脱ぎながら、お姉ちゃんは僕にその水着の全容を見せびらかす。

僕の目の前にあったのは、綺麗な形のへその緒。ムチムチで柔らかな太もも。

モデルのような体型に、面積の少ないその水着の形は……。

——び、ビキニ!?

「な、なななななんで……ビキッ、ビキニなの!?」

動揺のあまり、口が上手く回らない。

露出度が高すぎる!高校生ともなれば、ビキニ姿を見ることなんて、どうって事ないのかもしれない。

でも!健全な小学六年生にはまだ早すぎる!

「ええー、似合わないかなぁー。今日の為に新調したんだけど……。」

口を尖らせるお姉ちゃんは、どこか不満げな様子で自分の水着を見る。

似合わないとか、そんなレベルでは無い。

……逆に似合い過ぎて、目の場所に困る!

とは、口が裂けても言えず、僕はただ真っ赤に染め上げた、茹でダコみたいな顔を手で覆い隠す事しか出来なかった。

「おい、あの子可愛くね?」

「わっ、マジじゃん!ちょっとお前声掛けろよ!」

お姉ちゃんの横を通り過ぎる人達は、皆その美しい姿に魅了されていた。

確かにその気持ちが分からなくも……って、駄目駄目!

このお姉ちゃん、不審者にもホイホイついて行きそうだし……。

僕がしっかりしないで、誰がお姉ちゃんの面倒を見ると言うのだ!

今日は、僕とお姉ちゃんの二人だけ。お姉ちゃんはこんな感じだし、僕が大人にならなくちゃ!

子供のように不貞腐れるお姉ちゃんに、僕は恥ずかしさを残した声を張り上げた。

「とりあえず……上着を着てー!!!!」

ジリジリと焦げるような熱さが、足元から伝わる。

これは太陽からの熱なのか、それとも砂浜の熱なのか。

僕の全身は真っ赤な炎のように燃え盛り、思考を鈍らせる。

お姉ちゃんといると、心臓が幾つあっても足りやしない。

僕はこの先、生きて家に帰ることが出来るのだろうか。

と言うよりも、夏休みの間はずっとこんな感じなのだろうか。

そう考えるだけで、天国だった夏休みが、一気に地獄と化す。

いや、まずは今日を生き延びる事だけを考えるんだ、優太!

目の前にいる、無防備なお姉ちゃんを、今日一日見張っていなくちゃ。気を引き締めろ!


——ってあれ?海に来たのは息抜きだったはずじゃ……?


果たして、僕は今日一日、理性を保っていられるだろうか。

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