背後の巨悪
あんだけ連絡をよこせって言ってるのに良く忘れるから弟は困ったものだ。
自分が一度死にかけたって言うのを自覚して欲しい。
しかもまだそんなに時間も経ってないのだ。
たった半年。
昨日の事みたいに思い出す。
家族が死ぬかもしれない恐怖。
そして翔太と由佳ちゃんの、硬く握られた手。
命の心配を優先するか2人を信じるか。
2つの思いが常にひしめく。
皇桜花は危険過ぎるから。
実際に体験した狂気。
確実な思いは持ってる。
あいつはあたしが止めるしかない。
翔太達が立ち上げたもので実際に何をしてるかは分からないけど、あたしにやれる事はある。
肉体を鍛える事。
一言で言えばあたしは脳筋だ。
ジムの扉を開ける。
実際にやってた時よりも、やっぱり筋力が落ちてるだろうし、何より持久力が必要だと思ったから。
楓に聞けば専属のトレーナーを付けそうな気がするけど、癪だから聞いてない。
気持ちがあれば何でも可能になる。
由佳さん達の車が、物凄い勢いで犯人を追いかける姿がモニターに映る。
私が出来る事はここからの指示だけ。
けど、隣にいる桜庭さんが何でここにいるのか気になる。
翔太さんの安否を気にかけた後はこっちのモニターに見向きもせず、ただリアルタイムの映像を眺めるだけ。
「そちらのモニターに不審車両が見えたら教えて頂戴」
……魔術師に関わってる犯罪者の動きを見てるのだろうか。
確かに、犯人を映像で捕捉してるこの状況から一人で逃げ切るのは難しい。
それなら、協力者が来ると桜庭さんは踏んでるんだろう。
「可能性は五分五分だけれど、来るとしても末端の人物って所ね」
そうだ。
大きな理由は、久遠も黒の御使いも見つかって無い所にある。
このシステムがあるにも関わらず、だ。
時間を掛ければ見つかるって思って前に1ヶ月位探した事があるけど見つからなかった。
日本全国を見るのだって難しいのだから当然だけど、それでもここまで見つからないものだろうか。
このシステムを犯罪者達は知らない。
その上で絶対に見つからない方法。
地下水路を移動?
本当にそんな方法を使うだろうか。
建物内を常に移動?
現実的じゃない。
……海上ならどうだろう。
カメラの範囲には入ってない。
「無理だと思うわ。船の移動には入港審査が必要だし、第一海自がいるわ。欺ける程日本の警備は甘くないと見た方が良いわね」
むう。
それなら……。
頭を振る。
考えるのはここまでだ。
翔太さん、由佳さん。
死なないで下さい。
切に願う。
同時に桜庭さんが立ち上がる。
追いつくと同時に車が止まる。
女は即座に車を乗り捨て、森へ向かう。
翔太に先を任せ、車を降りて後を追う。
暗くて良く見えなかったけど、女の足は迷いない。
考える余裕を与えられない。
だけど今は翔太の後を追いながら思考を巡らせる余裕を無理矢理作る。
どうして車を乗り捨てたんだろう。
あのまま車で逃走すれば、このまま逃げるよりも良いのではないか。
どうして?
漠然とした疑問。
目的は何?
車を降りないと達成出来ない?
女は少し開けた場所で立ち止まる。
ハッとした時には既に女は嬉々とした表情をあたし達に向け、対峙していた。
「私を捕まえるか?」
この状況でも尚嗤ってる。
「目的は俺達の車か?」
ハッとして振り返る。
車にはPC……?
それを狙って?
女は大声で嗤う。
恐怖で考える力を失い、その場に縛り付けられる。
「確かに君達はとても危険だ。犯罪を確実に止める方向に来てしまっている」
「降参するのか?」
「悩んでいた。君達は犯罪を犯していないだろう」
……。
一瞬だけ見えた、柔らかな表情。
「犯罪者を助けた君達は罪人かもしれない」
クエイク。
地面が爆発したのと翔太があたしの手を引いたのは同時だった。
暗い森の中、片耳にイヤホンを付けた1人の少女が軽やかな足取りで歩いている。
森の中にも関わらず歩く速度が速い事実が、少女の異常な脚力を証明している。
歩いて行った先には2台の車が止まっていた。
1台は自分で魔術師に手配した車。
目当てのもう1台は、普通の乗用車だった。
何も無い状況から殺害場所を確定する事が出来ない事を、少女は良く分かっていた。
魔術師からの会話を全て聞いた結果を推測する事など造作も無かった。
少女は迷い無く小さな工具を取り出す。
緊急脱出用のハンマーだ。
振り上げようとした瞬間、反射的に避ける。
閃光の如き蹴りが少女がいた空間を切り裂く。
少女は大声で嗤う。
「皇桜花」
武道の達人、吉野優子と財閥令嬢の桜庭楓。
相手の体勢が崩れている内に畳み切る必要があった。
目的はこいつに勝つ事じゃなく、捕まえる事。
こいつさえ捕まえれば黒の御使いを潰せる。
楓がヘリで来た時は意味が分かんなかったけど、嫌な予感がするからと、翔太達の所に向かうと言った時の表情は真剣だった。
20分で着くのに驚いたけど、そこから先はロープで2人とも降りるのには呆れた。
その間にも蹴り、拳を休む事無く打ち続ける。
大掛かりな一撃じゃないのは、最初の蹴りで意味が無いって分かったから。
しかも動きが不規則でとんでもなく早かった。
どんな相手と戦えばこんな動きになるのか分からない。
蹴りを入れればバク中の踏み台にされ、距離を取られる。
間伐入れずに着地の足を狙う。
綺麗に決まったのに、それを利用して再び体をバク転させ、反動でこっちに蹴りが飛ぶ。
その足を掴もうとすると、逆足の蹴りが顔に来て、ガードせざるを得ない状況に陥る。
そうして前方の視覚を一時的に遮られ、足が器用に腕と首に絡みつかれる。
がら空きのボディに拳が来るのと、体ごと倒れて奴の後頭部をコンクリートに叩きつけるのは同時だった。
肝臓に来た拳に口から血が出る。
前にくらったものより重くなってるのは、単に手加減されてたのか。
後頭部から落ちてまともにいれる訳も無く、拘束されてた足がほどけた隙に体勢を立て直す。
奴は蹲ったままだった。
追撃をしようと蹴りを振り上げると同時にカウンターのアッパーをもろにくらう。
人を欺く事さえ一瞬にしてやってしまうこいつは強いのではなく危険。
奴は血を流しながらも尚嗤ってる。
「一撃貰うとは思ってなかったぞ」
冷たい声、詰め寄る皇。
立ち上がろうとする胸部を思いきり踏まれ、呼吸を阻まれる。
「車に何かがある。受信先がPCP。何も無い所からここを見つける物がある事は分かった。上出来だ」
皇は楓に視線を向ける。
ヤバい。
楓が殺される。
立ち上がろうとしても、間に合わない。
それにも関わらず、楓は皇を真っ直ぐ見ている。
楓の胸倉が掴まれる。
「何か特別なシステムって所か?」
逃げろ。
「ご自身で知った方が良いのではないかしら?」
「証言を取れるか取れないかの違いはない。要はお前が殺される時間が延びるかどうかだけ」
あんたは武道経験なんて無い。
殺されるか殺されないかそれだけ!
どうして逃げなかった!
「それなら私を殺害して車を奪って終わりだった筈よ?」
気が付いた時には痛みがどこかに消し飛んでた。
意識がそこに向かってなかったって言った方が良いかもしれない。
皇は楓から手を離し、あたしの拳を紙一重で避ける。
「お前のせいで時間が無くなったな」
皇桜花が森に消えた瞬間、血を吐く。
「捕まえて頂戴と言った筈だけれど?」
回復したら殴りたい心配顔だった。
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