第73話 入学試験
受験勉強の期間はあっと言う間に過ぎた。
現在、俺が感覚共有しているティはミニアの肩に乗って、試験会場に向かっている途中だ。
「過去問の結果はどうだった」
隣を歩いているセラリーナが話し掛けてきた。
「半分はとれていると思う」
ミニアはそれに答えた。
「やっぱり、カンニングないと厳しいのかも。実は私も平均するとやっと六割を超えたところよ。合格ラインが七割だからなんとかしないと」
「師匠は無敵だから。心配ないよ」
指定されている建物に入る。
「男女に分かれて下さい」
係員が声を上げ誘導している。
360度見えるスライムの視界でリタリーを探したがいない。
ミニアは何回か食事をしたらしいが、試験もしないで何をやっている事やら。
「お前らに言っておくぞ。カンニングの成功人数は毎年一人が良いとこだ。無理だと思ったら、そこにあるゴミ箱に種を捨てるんだな」
試験官の名札を着けた人がそう言って警告している。
ミニアには来年もある。
受験のための塾もこの都市に相当数あるみたいだし、落ちても平気だ。
カンニングを推奨しているだけあって、カンニングがばれても来年の受験資格は失われない。
チャレンジあるのみ。
ミニア達は女性と書かれた部屋に入った。
「番号札を取ったら、その番号の箱に荷物を入れて下さい。持ち物検査します」
ミニアはティを筆記用具が入った鞄と共に箱へ入れた。
ここでしばしのお別れか。
ミニアとセラリーナは身体検査室と書かれた入り口に向う。
ミニアは一度振り返って、一度手を振り入り口に消えた。
ティは別室に運ばれた。
「さてと、今年はどんな手口を見せてくれるかな。スライムを持ってくる奴は大抵中に物を隠しているってな。単純な手でがっかりさせてくれるなよ」
俺を調べる係員がそんな事を言ってティの体を針で突き始めた。
「針では分からないとは。こいつは俺に対する挑戦だな。燃えてきた」
今度は細かい目の網を取り出して、ティの体を濾し始めた。
網の上に乗っているのは核と体液が少しだけだ。
「おっと、これ以上、体液を落とすと、仮死状態になっちまう」
そう言うと係員は網を裂いて核を体液に落とした。
「こいつはどういうカラクリだ。スライム持ち込む奴むが、カンニングしない訳がない」
盛んに首を捻る係員。
「おい、お前。忙しいから手早くな」
上司と思われる人が注意しに来た。
「ちっ、怒られちまった。しょうがない。スライム君をライバルと認めよう。行け、今日は君の勝ちだ」
ティは箱に戻されて、身体検査の出口の部屋に箱は置かれた。
しばらくしてミニアが戻ってきて係員に札を渡して箱を受け取る。
鞄を肩に掛けて別の肩にはティを乗せていざ出陣。
次の部屋に入るとみんな一列に並び順番に魔法を掛けられていた。
いよいよ本番か。
ミニアの番が来る。
「ヒラニシ・モチニミゆヒラニシよ・が・トントカイモゆふチカカスニコ・れス・モニミニチふよレ・む。はい、いいよ。ここからは喋らないように。喋ったら魔法行使と見なすから」
この呪文は知っている。
着信拒否魔法だ。
普通なら伝言魔法が通じなくてジ・エンドなのだろうけど、ミニアにはコンパイルした魔法がある。
念じればほら元通り。
そうだよね、ミニア。
解除の魔法を忘れたなんてボケはかまさないよね。
次に魔法を掛けられたセラリーナに向かってミニアがウィンクする。
たぶん元通りにしたのだろう。
不安に駆られミニアに伝言魔法する。
良かった返答があった。
通路では1メートル間隔で試験官が並んでいた。
肩を叩かれて、失格者が相次ぐ。
着信拒否を解除しようとしたのだろう。
試験官の片方の耳には魔道具が嵌っている。
想像するにあれは集音の魔道具だな。
そんな気がする。
受験生の二割が脱落か。
試験会場は分厚いカーテンが窓に掛かっていて外は見えない。
部屋の中は照明の魔道具が沢山吊り下げられ昼間と思う程明るい。
三人に一人試験官がついていて、受験生の一挙手一投足を見張っている。
ミニアが席に座って時間になると問題用紙が配られた。
ふむ、ふむ、大丈夫だ。
俺の記憶している問題からしか出題されてない。
問1から順に答えを伝言魔法する。
それを何回か繰り返した。
ミニアの答案は全て埋まっている。
セラリーナの答案はここからでは見えない。
でもたぶん大丈夫だろう。
ここでも数多くの受験生が退場させられた。
遠くなので状況は分からないが、魔法を唱えたらしい。
道具を没収された者も居た。
次は数学だ。
電卓魔法の出番だな。
「おい、計算する魔道具に触ったな」
二つ離れた席に座っていた少年が見咎められる。
「そんな馬鹿な。なぜばれた」
「持ち物検査で引っ掛かっていたのに決まっているだろう。次は物品鑑定魔法をかいくぐれる物を用意するんだな」
「くそう」
没収された道具を見ると、魔道具は鉛筆を削るナイフに偽装されていた。
少年は大人しく退場していく。
何人かの隙を窺う様な手つきが止まった。
俺は伝言魔法で二週目になる答えを流し始める。
ミニアの苦手な数学も欄が埋まった。
数学も終わって、次は呪文だ。
これはミニアも点をとれる科目だからハプニングがあっても安心できる。
最後の滑舌は実技だから、カンニングは関係ない。
呪文は俺の得意分野だから完璧な回答を伝言できたと思っている。
後はカンニングがばれない事を祈るだけだ。
ミニアの回答欄が全て埋まっているので、余裕を持って辺りを見回す。
ここでも何人かがカンニングで脱落した。
魔道具を操ろうとしたようだ。
たぶん着信拒否解除の魔道具だな。
その他にもカンニングペーパーなど古典的なカンニング方法が使われたようだが、見た限り成功者は居ない。
呪文の試験が終わって滑舌の試験に向かうミニアが試験官に呼び止められた。
「ちょっといいかな。返答しても失格にはしないよ」
やばいばれたか。
「何です」
「ずっとスライムを見ていたんだけど、怪しい素振りが一回もなかった。絶対なにか仕込んでいるはずなんだ。教えてくれ」
とぼけろと伝言を送った。
「そんなものはないよ」
「じゃあ、なんのためにスライムを」
「このスライム、私の好きな匂いを発しているの。そばにいるとリラックスできるから」
「そんな理由。調べても分からないはずだ。最後にスライムをもう一度見せてくれ」
試験官はミニアからティを受け取ると透かして見てから匂いを嗅いだ。
「確かに、いい匂いだ。悪かったね。もう行っていいよ」
ミニアはティを受け取って、ゆっくりと試験官から遠ざかる。
もう大丈夫だろう。
念のため、魔道具を操作してティとの接続は切った。
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