第3話 『相手の破滅』のおかげで、あたし達の『ハッピーエンド』が来なくてはならない。
「映画だって同じよ。要はあたし達が最後に皆手に手をとって、『やったね』とか『成功したね』とか言っている図があれば、いいのよ。それが最終目的」
「復讐って、相手の破滅、とかそうゆうことじゃないの?」
「破滅? 怖いこと言うわね」
口の端だけが緩む。
「だって」
結局どう言葉を飾ったってそうじゃないの?
ハルさんにとって、「あのひと」は自分の両親を死に追いやった者だし、あたしに至っては、自分を殺そうとした相手である。
あたしはややむきになって反論を試みる。
「少なくともあたしはそれを願ってるわ」
「でもね、まほちゃん、それは、手段の一部よ」
「手段?」
「ねえ、まほちゃん、それが最終目的になってはいけないのよ。あくまで最後は、あたし達のハッピーエンドでなくてはならない。『相手の破滅』のおかげで、あたし達の『ハッピーエンド』が来なくてはならない」
「……」
「それはかなり難しいわよ。たぶんただの『復讐』より難しいわよ」
「だったら何故?」
何を今更、と言いたげな不思議そうな顔になる。
「だってまほちゃん、あのひとが破滅した時に、あたし達の誰かが欠けていても、嬉しい?」
慌ててあたしは首を横に振った。
「嫌でしょ? 相手を苦しめた結果、あたし達まで苦しむなんて、絶対割が合わないわ」
まあそれはそうだ。
「だから、それは手段に過ぎないのよ。いい、まほちゃん、あたし達の、この筋書きのラストシーンは、『あたし達のハッピーエンド』なのよ。それを覚えといて」
「うん」
だけどまだやや釈然としないものがあたしの中には残った。
コップの中に残ったアイスティを飲み干すと、ぼんやりと外の景色に目を走らせた。
よく手入れのされている庭には、鮮やかな色と、やわやわとした、風にも負けそうな花びらを持った花が、中にほんの少し涼しさを含んだ風に揺らいでいた。
マリコさんは花も好きで、この家の庭には、とりどりの季節の花が途切れることない。手入れにしても生半可なものではない。そんな手を掛けた庭も、従妹のためには、あっさりと捨てられる。
ハルさんは判っているんだろうか?
「ねえまほちゃん」
呼ばれて、慌てて振り返る。
「あたし達、たくさんのもの捨てるのよ」
それはこの家であったり、それまでの平穏だった生活だったり、人間関係だったり、この庭だったり……
「だから、捨てたものの分だけは、幸せになりたいね」
「そうだね」
幸せな状態というのが、未だあたしにはよく判らなかった。
ハルさんの言う幸せ、という意味ではない。一般的な状態としてもそうだったし、何よりも、自分にとってそうだった。
それに近いものは、この間、ステージに飛び入りで出場した時、掴んだような気がした。
だけどそれはまだ近いもの、であって、「それ」ではない。
「幸せになりたいね」
ハルさんはもう一度、ぽつりと言った。
*
マリコさんが戻って来たのはもう夜だった。
都内の不動産屋をあちこち回って、めぼしい物件を捜してきたのだという。
「それで、いいのはあったの?」
ハルさんは訊ねた。
マリコさんは何やら大きな手提げ袋をがさがさと開け始める。ソースと鰹節の混じった香りがふっと広がった。
「防音の効く一軒家、が最低条件でしょう? やっぱり少ないですね」
「でしょうね」
ああそうか。そういう条件が考え出されるのか。
BGMの様に点いているTVからは、クイズだかゲームだか判らない番組の、明るい「観客の笑い声」が聞こえる。
食事の用意をする暇がなかったから、とマリコさんはテーブルの上に次々と、買ってきたというたこ焼き・お好み焼き・みたらしだんごと言ったものが乗せた。
栄養価的には問題があるんですよ、と前置きしてから、でも結構好きですけどね、とマリコさんは言った。どうやらこの人はそういう所にもポリシーというものがあるらしい。こう続けた。
「いくら暑くってもお好み焼きもたこ焼きも熱くなくちゃ駄目ですよ」
そしてみたらしだんご以外のものを、チンしてからあたし達の前に出した。
さすがに暑い。この家の居間はフローリングなのだが、夏のうちは、その上にい草のカーペットを敷いている。そしてその上にガラステーブルが置かれている。
午後のお茶がアイスティだったから、と夜は冷たい抹茶を彼女は出した。軽い苦さが心地よい。
まだ昼間の蒸し暑さは残っているので、エアコンが好きではないこの家の住人は、汗をかいたコップを手に、自分自身も汗をかきながらお好み焼きやたこ焼きを口にしていた。箸でお好み焼きを切り分けながらマリコさんは話を続けた。
「それでも何とか、見つけましたよ。5LDKもあれば充分でしょう? 三人しか住人がいないなら」
「4LDKでも充分よ」
ハルさんはそう言った。まあそうだろうな。三人のそれぞれの部屋、そしてピアノを置く部屋、それにリヴィング・ダイニング。
「前にやっぱり音楽関係の人が住んでいたようですけど、さすがに金に困って手放したようです」
「でしょうね」
ハルさんはその賃貸住宅の家賃その他の書かれた価格表を見ながらつぶやいた。それはやや死角にあるので、あたしからは見えない。
「私達は、まあそれなりに充分に資金はありますけど…… それでも無駄遣いはできませんから、ついでに、この家を貸すことにしますけど、よいでしょう?」
「仕方ないわね」
ハルさんはうなづいた。
「家は住まれないと死んでしまうっていうし。売ってしまったらそれっきりだしね」
「いいの?」
思わずあたしは口をはさんでいた。
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