第26話 その知らせがあった時には、俺は心臓が止まるかと思った。
小型の「都市」に戻ってきてからの俺達は、至極平穏で… 至極忙しかった。
まず、目覚めた「彼女」自身と俺達の対面が、あの後あった。
一斉に輝くライトで歌姫を招待した「彼女」は、グレーゾーンの突き当たりの部屋で、やはり端末の姿で俺達を迎えた。
そのほうが人間相手には小回りが効いていいのだろう。いちいち上からのしかかってくるような声が相手では、その昔、相手にする人間の反感を買ったりしたのかもしれない。
「彼女」の端末は、小都市の端末同様、これといった特徴はないが、整ったつくりをした、そして、女性らしい体型をした身体を持っていた。
俺達が来た理由を手短に話すと、なかなか安定しない表情を、それでも豊かに変えよういう努力があった。そして心配させてしまったことを申し訳なく思う、という意味のことを言った。
俺は彼女に、疑問に思っていたことを訊ねた。
「…わたしの… わたし達の眠りの理由ですか」
黒い真っ直ぐな髪に、空の色の瞳を持った「彼女」は、やや不思議そうに問い返した。
「何故そのようなことを聞きたいのですか」
「単なる興味、で悪いんだけど…」
「俺も聞きたいな」
そこで歌姫も口をはさんだ。
「俺はその時生まれてなかったから、何だけど、こいつの話じゃ、すごくここから遠い惑星だったって言うじゃない。なのに何で?」
「生まれてなかったですか?」
うん、と歌姫はうなづいた。
「二十年ほど前って言っただろ? 俺はそれから少し後」
「…何だお前、そんな歳だったんだ」
「何だよその言い方」
歌姫は俺の方を横目でにらんだ。
「いやもう少し下かなと…」
「何だよ俺がそんな歳くっていたら嫌だっての?」
「いやそういう訳ではなく…」
「彼女」の表情がふっと緩んだ。
そうではなく。俺は単純に、自分がこいつについて何も知らないことに、今更のように驚いたのだ。
「仲がよろしいのね」
「彼女」は非常に素直な感想を述べた。…俺達は顔を見合わせ、そして苦笑した。
「現在、レプリカントはそちらではどの様でしょうか。生きている者は居るのでしょうか」
「彼女」は訊ねた。俺は頭を横に振った。学校で習った程度の知識の中でも、学校を下りてからの情報の中にも、レプリカントは絶滅、というのが常識だった。
「彼女」はやはりそうですか、と目を伏せた。
「やっぱり、あの反乱が原因なのか?」
ええ、と「彼女」はうなづいた。
「正確に言えば、反乱自体が原因ではなく、反乱による、絶滅がわたし達の頭脳に衝撃を与えました」
「そこだよ」
俺はぽん、と手を叩いた。
「何でここに居るあんた達に、それが判ったんだ?」
「ああ…」
「彼女」は大きく一度、うなづいてみせた。
「つながっていたのです」
「つながって?」
歌姫は首をかしげた。
「わたしの中枢が、レプリカントと同じもので作られていることは、彼から聞いているんでしたか」
ああ、と俺は答え、歌姫も黙ってうなづいた。
そうかあっちの端末にとって「彼女」なら、向こうは「彼」なのか、と俺は妙な感心をしていた。
「レプリカ脳を持った者は、皆空間を越えて意志を通じ合わせることができます。人間で言うところの判りやすい言葉で言えば、テレパシイでしょうか」
「だけどそれにしても距離が…」
歌姫もそんなこと聞いたことがない、というふうに頭をひねった。
「ですのでそれは、やや人間のそれとは違うのですが、それに相当するものが、おそらく現在のあなた方の世界にはないでしょう」
「とにかく、かーなーりー遠くても通じるんだね」
どうも歌姫はそういう理屈は苦手のようだった。そうです、と彼女はうなづいた。
「そしてあの反乱の、最後…」
彼女は声の調子を落とした。おそらくそれは、俺達の聞くべきことではなかったのだ。
ありがとう、と俺はそこで話を打ち切った。
彼女は最後に、両手で歌姫の頬をくるむと、奴に向かって言った。
「懐かしい歌を、ありがとう」
懐かしいの? と歌姫は首をかしげて問い返した。
「幸せな時代の、歌です」
*
それからまたゆっくりと時間をかけて、俺達は元の小都市へと戻ってきた。
戻ってきた、というと何やらそこがホームベースと化しているかのようだが、そういう気分があったことは否めない。
戻ってみると、端末はやや困ったような笑いを浮かべて俺達を迎えた。どうしたんだ、と俺は訊ねた。眠っていた「彼女」が起きたのだから、もう少し晴れやかな顔をしていると思ったのだが。
「どうしたんだよ。『彼女』は目覚めたんだろ?」
「ええ、ありがとうございます。無論それは喜ばしいことなんですが…」
「ですか?」
歌姫は問い返す。すると最初に出会った時とは比べものにならないくらいの複雑な表情を、端末は浮かべた。
「そのことが、世界中の都市に伝わってしまいまして…」
「へ」
俺は思わず両眉を大きく上げていた。
「連絡は今までつかなかったんじゃないのか?」
「つきませんでした。ただ、『彼女』は中規模の都市でしたから、この都市とは逆の方向の小都市にも何らかの影響を与えている可能性はあります」
「じゃ、その向こうの小都市が…」
歌姫は手にしていたマフをくしゃ、と握りしめた。
「そうです。次から次へと…」
やれやれ、と俺は肩をすくめた。同じことを考えていた「都市」はあちこちにやはりあったらしい。
ちら、と歌姫のほうを見ると、どうやら似たようなことを考えていたようで、目が合って、俺達は苦笑しあった。
だがそれなら好都合、と俺達は端末をけしかけて、その周囲の都市と連絡を取り、情報を集めることにした。
何せ人間が消えてから、数百年も経っている惑星だ。人類発祥の地とはいえ、俺達にとっては、全く未知の惑星なのだ。用意するにこしたことはない。
だが、急ぐことはなかった。実際端末もそうなのだが、この惑星上に居る「都市」達の時間感覚は、ずいぶんと俺達人間とは違うようだった。
極端な話、俺達が寿命で死ぬまでに全ての都市を起こし終わればいい、という調子が彼らとの「会話」の中には見えた。
そして俺は、悠長な時間の中、端末を相手にして、これまでに疑問に思っていたことを一つ一つ問いかけていた。
例えば、この惑星から何故人間が消えたのか。
「消えた、というのは、正確ではありません」
「では何なんだ?」
「追い出したのです」
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