第10話 チュ・ミン側の事情

「聞いたことないか?」


 そして黙ってうなづいてみせる。


「コウトルシュ星系ではな、戦場と居住区はくっきり分かれていたんだ」

「分かれていた?」

「ああ」


 そうだった。コウトルシュには、ウーヴェ、ヌワーラ、ディンブラという三つの居住可能惑星があった。そしてその三つが集まって、一つの政府の元に多星系とのやりとりをしていた状態だった。

 ディンブラは極寒の惑星だったので、専ら鉱産資源の発掘場所として使用されていたに過ぎなかったので、居住区があったのは、ウーヴェとヌワーラの二つの惑星だった。

 そしてその二つの惑星の間には、確実に貧富の差があった。

 理由は簡単だった。確かに居住区を作ることができる温帯地区はどちらにもあったのだが、温帯地区の緯度の場所にある陸地の広さに違いがあったのだ。


「何、三つも惑星があったのかよ」


 そう説明すると、歌姫はややびっくりしたように赤い目を開く。ああ、と俺はうなづく。


「お前をとっつかまえた連中は言ってなかったか?」

「オゲハーンの正規軍とは聞いたけど、地名までは言っていなかった」


 篭の鳥にわざわざ地名を知らせることもないだろう。下手に知らせて、逃げ出されたらたまらない、と考えるのは当然と言えた。


「お前の居たアルビシン同盟はじゃあ、どっちかの惑星の集団なのか?」

「いや、そうでもない」

「だって内戦状態だったんだろ?」

「アルビシン同盟ってのは、そもそもは反『体制』組織じゃないんだ」


 奴は首を傾げた。


「それ自体は、歴史がなかなかある。…何って言うんだろうなあ。自治組織だったことは確かなんだ。発祥はウーヴェらしい。つまりは今のコウトルシュの首都がある惑星だ」

「つまり政治や経済の中心地から出てきたという訳?」

「そう」


 時々こいつは妙に判りが早い。見かけよりは歳が行ってるのだろうか。

 アルビシン同盟は、発祥はもう、植民惑星が政府の形を整え、次第に派閥が出現したあたりからだという。俺も詳しいことは知らない。

 ただその存在はいつも、コウトルシュの歴史の中では裏側にあったことは事実である。


「主流があれば、反主流がある。表の世界でもそうであるように、表の世界があることに対して、裏の世界があったらしい」


 奴はまだ首をかしげる。実際俺自身、そのあたりの歴史をよく知っている訳じゃあない。


「無論裏と言っても色々あるんだが――― だがとりあえずアルビシンが『何の』裏かと聞かれたら、その『表』に対応するのは、コウトルシュの統合政府だったらしい。表の政府が三つの惑星全てに号令をかけると必ず存在する不平・反乱分子、それを統括して『政府のために』その力を散らしてしまうのが役割だったらしい」

「らしい?」

「らしい、だ。結局今となっては何もわからん。実際今のアルビシンは、完全に反政府組織なんだからな。だからこそ正規軍は俺達をテロリストと呼ぶ」

「は。テロリストね」


 乾いた声で、奴はそう吐き出す様に言う。


「お前らがテロリストなら、正規軍だってテロリストじゃないか」


 奴はのぞき込むようにして、俺にそう言葉をぶつける。俺はそんな奴の方は向かずに問い返す。


「そう思うのか?」


 奴は迷わずにうなづく。


「テロリストだよ。破壊者だよ。誰がどう大義名分かざしたって、そんなこと同じじゃない」


 全くだ、と俺は思って苦笑する。そう。時々、奇妙にこの歌姫の考え方は自分と共通する部分があるのだ。


「お前はどう思っている?自分のことは」


 そして奴は重ねて問う。俺はちら、と歌姫の方を見る。足を止める。そして答える。


「テロリストだと思っているさ」

「ふうん」


 にやり、と奴は唇の端を片方、きゅっと上げた。


「けどさ、面倒くさい構造だよね」


 全くだ、と俺は答えた。俺だって疑問なのだ。そもそもは体制維持のためにあったはずの組織が、どうしてその表向きの顔であった反体制に、「本当に」なってしまったのか。

 ただ、「周囲が戦争状態になったこと」そのものが、コウトルシュの星系内のバランスをも崩した、というのは事実だろう。

 戦争は、飛び火する。他の星系の各地でいつの間にか起きていた戦争は、俺達の惑星にも影響したのだ。俺達が生まれた時には、既にコウトルシュもそのまっただ中にあった。戦争が起きていない状態を俺は知らなかった。

 そして、多星系との戦争と内戦を両方抱えるからこそ、政府は学校を政府直下にしていたのだ。せめて子供は手の内に入れておこうという算段だ。

 結果として、それはかなりの誤算に終わったが。


「でもアルビシン同盟が、俺程度でも名前を聞くようになったのはごく最近だよな。一体いつからそうなったわけ?」


 歌姫は訊ねる。


「五年前からさ」


 俺は即答する。即答したことにだろうか。奴はやや驚いたような顔をした。


「何、ずいぶんあんたにしちゃはっきりしたこと言うんだね」

「俺にしちゃ? そんなに俺は曖昧なことしか言っていなかったか?」


 うん、と奴は大きくうなづく。


「お前気付いていなかった?」


 いなかった、と俺は思う。


「そりゃまあ、お前が歴史のことを喋っていることもあるからかもしれないけどさ」

「…ああ」


 そうかもしれない、と俺は今更のように思い返す。

 曖昧に話しているのは、奴にだけではない。俺は俺自身にも、おそらくは無意識のうちに、曖昧にしたいのだ。

 だが。


「その兆しは八年前からだけどな」 


 これだけは。このことだけは、俺はよく知っているのだ。


「当時、コウトルシュの正規軍は、オゲハーン大将と、カドゥメパン元帥という二つの勢力に分かれていたんだ」

「あ、オゲハーンの方が階級は下だったんだ」

「ああ。だが実質的には、オゲハーンの方が上だった。元帥も無能な方ではなかったが、いかんせん奴の方がまだ若く、しかも自由に動かせる兵士の数が多かった」

「引退寸前」

「ということかな」


 実際、オゲハーン大将は、有能だったし、外敵に対して、今の所「無敗」を誇っていたのも事実だ。

 彼が軍の「外側」の最高司令官になったのは当然と言えた。そして「内側」の最高司令官が、カドゥメパン元帥だった訳だ。


「ところが、オゲハーンは『内側』まで手を出してきた」

「内戦にまで口をはさんできたってこと?」

「口だけじゃない」


 元帥のやり方は生ぬるい、と彼はそこで軍内部におけるクーデターを起こした。そしてそこで軍内部の全権を掌握したのだ。

 元帥は、大きな抵抗もなく、権利を手放した。それについての彼の公式発言はなかった。止められているのだろう、と当時ミドルスクールを卒業して、士官候補生だった俺達は、噂したものだ。

 だが、その士官候補生達は、それから変わったと言ってもいい。

 候補生とは言え、全く戦場に駆り出されない訳ではない。特に、空戦陸戦、各部門の技術を叩き込まれる俺達みたいな候補生は特に、だ。

 俺も何度か、外敵に対しての攻撃に参加し、ある程度の実績を上げていた。そのまま順当に行けば、外戦部隊において、士官の椅子が用意されている筈だった。

 だがその椅子は、自分達で蹴り飛ばしていた。

 政府直属の学校を卒業し、候補生だった三年間、俺達は、その機会を狙っていたと言ってもいい。


「三年間、正規軍に居た。だけどその後、俺達同期の候補生は、一斉にアルビシンに投じたんだ」

「一斉に?」

「そう、一斉に」


 奴は目をむく。


「そんなことがあるのか?」

「あったんだ」


 そう。実際そういうことがあったのだ。


「リーダーが、居たんだ」

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