第7話 「そういうのは、慣れてる」

 目を伏せる。彼女の姿を思い返す。心配とは、無縁なその姿。


「心配しないのか?お前が捕まったって聞いて」

「彼女は、そういう点で俺のことを心配はしないんだよ」

「…ふーん。情けないね。かわいそ」


 そして奴は再び足を動かしだした。

 情けないと言えば、情けないかもしれない。可哀相と言えば、可哀相かもしれない。


「強いひとなんだ。そのカノジョ」

「強い」

「お前より強いのか?」

「さあ。戦ったことはないから知らんが」

「そういう意味で言ったんじゃないよ。戦うことはないだろ」

「うちは、もともと女性の比率が多かった所だからな。女性兵士が半分を占めてた」


 へえ、と奴はうなづく。それは初耳、とつぶやく声が聞こえる。

 嘘ではない。

 俺の故郷のコウトルシュ星系は、最初に植民した段階では、男女比は大して変わらなかったらしい。だが、その後の生存率と、出生率において、女性のそれは、次第に男性のそれを上回ってしまったのだという。

 初めはわずかな差だったが、年月が経つにつれて、それは大きなものとなる。結果として、女性は自ら生きるために働くことが原則となっている。

 その代わりと言ってはなんだが、コウトルシュでは子供は皆で見るもの、という考え方が普通だった。

 俺もそうだった。同じ頃に生まれた奴らと一緒に、ころころと育てられたのだ。彼女もそうだ。俺はたまたま父親も母親も一緒の家庭で生まれたが、母親だけの家庭の方が多かったことは事実だ。


「で、そのカノジョって、綺麗な人だった?」

「綺麗? 綺麗なんだろうな」

「何だよその感想」


 歌姫は口をとんがらかす。


「綺麗か。別にあまりそういう感覚で見たことはなかったからなあ」

「じゃあどういう感覚で見てたんだよ」

「お前が怒ることないだろ」

「女の人にとっちゃ、大事だろ」

「いーや」


 俺は首を横に振る。


「何かな、そういうことを切り出すと、怒る女だった」


 確かにそうだった。彼女は、そういうことを言われると怒るのだ。それが何だっていうの、外見じゃないでしょ実力よ。それが口癖だった。


「変わったひとだね」

「いや、そう変わった内には入らないさ。俺達の惑星には、結構そういう女が多かった」

「強い女のひとが多かったってこと?」

「強い女は、なまじな男よりずっと強いからな。俺なんか気圧されてしまうくらいの奴がごまんと居る」

「へえ」


 歌姫は感心したように、軽く胸を反らした。


「じゃお前はそのカノジョの何処に惚れたわけ?外見じゃなくてさ」

「外見じゃなくて? そうだな」


 俺はふと頭をひねる。そうだな、何処だったろう。姿が思い起こされる。俺と同じ黒い髪。だけどもっときついウェーブ。濃い眉に大きな丸い瞳。

 曖昧なことは許さないと言わんばかりの口調。無駄な肉が二の腕につくことはなかった。すんなりした足。

 なのにややその姿とはアンバランスな可愛らしい声。それが彼女のコンプレックスだった。

 それでいて……

 そう言えば、いつからだったろう?


「覚えてない」

「何だよ、情けないなー」

「いや、その彼女とは幼なじみなんだ」

「そのままずるずる? だってお前、お前らの惑星って女のひとの方が多かったんだろ? 他にはいなかったのかよ」

「そりゃあ居たさ。だけどなあ」

「その彼女以外目に入らなかったって訳?」

「ひらたく言えば、そうだが…」


 と言うか。

 正直言って、俺は、彼女といつからそうなったのか、記憶に無いのだ。

 あれは、確かまだミドルスクールに通いだした頃だったから、14か15の頃だ。

 政府が保証した中級の学校は、全寮制だった。義務ではない。全ての子供が行ける訳ではない。既にその時点で職につくべく別の勉強をしている者が大半だった。俺の地区からは、俺と彼女、それにあと数名が行ったきりだった。。

 その頃にはもう、ミドルスクールには軍事教練もカリキュラムに入っていたと思う。ずいぶんと時間をとっていた。俺はその正課は好きではなかったが、妙に適性はあったらしく、あっという間に構内で名前が知られるようになってしまった。

 無論その教練も、男女共通だ。いや、適性のあるものに男女関係なく振り分けられるのだ。

 結果、俺は射撃や空戦といった傾向のものに、彼女は陸戦と動兵理論とかそういう関係へと振られた。

 だぶる授業が無かった訳ではないが、明らかにその適性は別のものだった。だからこそ、俺も彼女も、その中で突出したりしたのだが…

 だがそういう質問は、されているだけでは何やらたまらないものがある。俺にしてみれば、あまり思い出したくはない記憶も、その話題の中には含まれている。

 そこで俺も反撃を試みる。


「そういうお前には誰かいなかったのか?」

「俺に?」


 そう、と俺はうなづく。ふん、と皮肉気な笑みを浮かべて、奴は吐き出す様に言った。


「居る訳ないだろ?」

「そんなに綺麗なのに?」


 弾かれた様に奴はこちらを向いた。真っ赤な目が、大きく丸く開かれる。だがその顔はすぐにまた皮肉気なそれに変わる。


「何、お前もそういうこと言うの」

「お前も、って何だよ」


 ざくざくざく、と足音が耳にやけにつく。相変わらず、何も行く手には見えない。


「綺麗は綺麗なんだろうけどさ」


 歌姫はまたふいと横を向く。だがそれは認める訳か、と俺は何となく感心する。こいつは自分がどう見られているかぐらいはよく判っているらしい。


「俺は、『暁の歌姫』だったからさ」

「何だ?」


 その単語は、さすがに初めて聞く。そうだろうな、と奴はつぶやいた。


「滅多に生まれないものだったからさ、そうゆうのは、連中の口には伝わらなかったんだ」

「滅多に」

「お前見たろ? 俺の身体」


 見せたんだろうが、と言う言葉は、とりあえず飲み込む。


「俺は、どっちでもない。そうゆうのが生まれるのさえ、子供が産まれにくい俺達の惑星ではまれなのに、それが『歌姫』である時なんて、本当に、まれもまれだろ」


 そう言えばそうだ。


「普通なら、そういう、はじめっから子供が作れないことが判ってるガキは、生まれてすぐ、殺されるんだ。居ても意味が無いからね。それにだいたいそういうのは弱いらしいしね」


 ……


「だけど俺は、どうやら殺される前に、声を張り上げたらしい」

「声を」

「無論言葉になってる思いじゃないけどさ。でも言いたいことは一つしかないだろ。口を塞がれ、首に手を掛けられるんだから。『死にたくない』」


 ぐ、と俺は一瞬胸に何か詰まったような感覚を覚えた。何だろう?

 奴の表情は特に変わった様子はない。相変わらず皮肉気な笑みを浮かべたままだ。


「それが何か、殺そうとした産婆やその周りの女達に伝わって、しかも泣きながら開いた俺の目が赤かったから、連中は慌てたらしい。これは滅多に出ない『暁の歌姫』だ、ということでさ」

「そんなにまれなのか?」

「まれだよ。お前昨夜俺のこと、宇宙的天然記念物って言ったろ?」

「言ったか?」


 歌姫はうなづく。


「言ったよ。でも宇宙的どうのじゃなくてもさ、生まれた星でも俺はそうだった。でもだからこそ、俺は何とか生き延びた。曖昧な時間だろ? 暁とか明け方とかって。そういう意味らしいよ」


 また、何か、胸に差し込むような、締め付けられるような痛みが走る。


「だけどお前らの星は」

「うん。夜が長い。だから、同じ曖昧でも、まだましな方かな。明ける方だからね。黄昏、なんて言ったら、最悪になることの形容詞みたいなもんだからね」


 そして奴は重ねるように、言った。


「まだましな方さ。ま、だからそういう天然記念物に手を出そうなんて奴居る訳ないだろ? 子供絶対できないし。ああ、手を出す奴は居たけどさ。綺麗だからって。珍しいからって。でもまだましな方さ」


 嘘をつけ、と俺は内心つぶやいた。伝わってきてるじゃないか。


「そういうのは、慣れてる」

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