第76話 文化祭の醍醐味
クラスの出し物は演劇に決まった。
次は、何を演じるのか、そのタイトルを決めないといけない。
「また投票して決めるんだろ、さっさと決まりゃいいけど」
口をキツネみたいに尖らせて倉橋が言う。
クラスの出し物を率先するのはクラス委員長の倉橋だけど、演劇を提案した言い出しっぺのあたしも、なぜか一緒にクラスを仕切る流れになっていた。
「でも、その前に方向性を考えておいた方がいいんじゃないかなぁ」
「方向性って……、マジメな内容にするのか、コメディっぽいのにするか、みたいなの?」
「ん……、他にももっと、いろいろ、細かいことが……」
決めなきゃいけないことはたくさんあるはずなんだけど、それを具体的に並べて示すことがあたしには上手にできなくて、少し迷ったけれど、知り合いにお願いすることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
お招きしたキョウ君は神妙な顔で言った。
「オリジナル脚本だけはやめた方がいいよ」
「なんで」と倉橋。
「じゃあ逆に聞くけど、倉橋さんは自分が客だったとして、まったく知らない人が考えた、初めて聞くようなタイトルの演劇を見たいと思う? ストーリー展開も、話の雰囲気もさっぱりイメージできないようなものを」
「それは」と口ごもる倉橋。
キョウ君は畳みかける。
「それに、脚本の完成を待てるのはせいぜい2週間。その間にオリジナルできれいにまとまった話を作れる知り合いがいるの? 序破急、起承転結、魅力的なキャラクターに感嘆するようなセリフ回し、わかりやすい世界観……、全部揃えろとは言わないけど、少なくとも、クラスの全員が納得するようなものである必要がある。でないと、練習中みんなが脚本に不満を感じ始めたとき、矛先は脚本自体ではなく、それを書いた生徒に向けられるんだから」
キョウ君は、本番だけではなく練習の途中のことも考えて話をしていた。
確かに、途中でクラスがバラバラになっちゃったら、本番どころじゃないもんね……。
「まだある。『生徒オリジナル脚本』っていうのは、結局、看板として弱いんだよ。まず大半のお客さんはその生徒のことを知らないんだからさ」
「あの有名俳優が脚本参加!? みたいなのじゃない限りインパクトないよねぇ」
「そういうこと」
あたしが同意すると、キョウ君もうなずいた。
「……だったら、どういうのがいいんだよ」
「昔話系は鉄板だと思うよ。桃太郎に浦島太郎、一寸法師にさるかに合戦……」
その提案には、倉橋だけじゃなくてあたしも顔をしかめてしまう。
「えぇ……」
「あれ、イマイチな反応」
「ったり前だろ、小学生のお遊戯会じゃねえんだから」
倉橋はイラついていた。
もしかして、クラス委員長っていう役職に、それなりに責任感を持ってるのかな。自分で立候補したくらいだし。
「その辺の陳腐さは演劇の中身でカバーすればいいじゃないか。みんな知ってる題材だから、好き勝手に手を加えても客は結構、ついてきてくれるはずだよ」
「手を加えるって?」
「ベタなところだと……。
鬼が島を陥落させた桃太郎はさらに戦火を拡大させ、各国の大名を血祭りにあげて
浦島太郎が海から上がるとそこは未来都市だった的なタイムトラベル設定。かぐや姫宇宙人説も絡めようか。
あとはハリウッドを参考にして
次から次へと出てくるキョウ君の提案を、倉橋は目を丸くしながら聞いている。
「昔話に抵抗があるなら、もう海外の有名な演劇を使うしかないんじゃない? 僕は正直、名前は知っててもストーリーはさっぱりなんだけど」
あたしはスマホでネットを開いて『演劇、海外』で検索する。
確かに、名前だけはどこかで見たことがあるものも多い。リア王とかハムレットとか、ああ無情とか、夏の世の夢とか。でも、その中身まで知っているものとなると、
「あたしも、ロミジュリくらいしかわかんないかも」
それだってせいぜい『仲の悪い家の子供同士が好きあってしまう』くらいしか知らないし。
「そう言われると、日本昔話も案外バカにできないねぇ……」
ああ、でも……、とキョウ君は少しトーンダウンした声で、
「オリジナル脚本はやめとけっていうのは、あくまで僕の意見だから。百代が熱い情熱でもって、寝る間も惜しんで脚本書くよー、食う間も惜しんで演技練習するよー、っていうなら、それで突き進むのもまた文化祭の醍醐味だし。ただ、僕はほら、石橋を叩いて渡る男だから」
「今さら何言ってんの。阿山がチキンなことくらい知ってるし」
倉橋がキョウ君をにらみつける。
「あっはい。でももうちょっと言葉を包んでいただけると……」
「キョウ君、チキンを包んだらフライドチキンになっちゃうよ」
「もう解体済みだったとは」
結局、劇の演目は『竹取物語』に決まった。
その地味さに満足していない子もいたけど、最終的には『オリジナル脚本の不満は脚本家への不満になる』っていうキョウ君のアドバイスが決め手になった。みんなそれで黙ってしまった。
だけど細かい部分の設定は相当いじった。
竹から生まれたかぐや姫は、実は遺伝子改良によって人体ではなく植物から生えてくるように改良された新人類であったとか。
地球は度重なる戦争によって文明が大きく衰退していたとか。
月に逃れた一部の人類はそこで一大科学文明を築いていたとか。
物語のラストで月の人間が地球に対して隕石を落とすという暴挙に出るとか。
かぐや姫はそれを食い止めるためにロケットを操縦して隕石に体当たり、爆発して地球が救われるという、観客がポカンとすること間違いなしの衝撃のラストとか。
このあちこちイカレた設定は、赤木君が大元を提案したものだった。
それをみんなが突っ込みを入れながら少しずつ修正して、最終的にこの形に落ち着いたのだ。
主なストーリー改変は赤木君の発案だけど、休み時間のたびにキョウ君とバカ話をしていたから、そこでの話がかなり盛り込まれているのは間違いないと思う。あの二人、妙に話が合うみたいだし。
タイトルは『近未来SF巨編・ムーンプリンセス
悪乗りするならとことんまでやろう、という方針みたい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の放課後、二年一組は机を全部隅に寄せて演技の練習中。
あたしは隅っこに座って考え事をしている。
配役も決まって、練習自体は少しずつ進んでたんだけど……、あたしはそれを順調とは思えなかった。だって、小道具とか大道具のことを誰も考えてないみたいだったから。
例えば服。
『かぐや姫』なら和服みたいのは絶対に必要だと思うけど、オリジナルの服を作れる人なんてうちのクラスにはいない。裁縫部とかなら話は別だとしても、そこはそこで展示の準備をしてるだろうし。
ちょっと調べてみたけど、コスプレって意外とお高い。万単位は確実にかかる。
それをいくつもそろえるとなると、かなりの金額になってしまう。
あ、そういえば出し物のための予算とかも全然知らない。
屋台系の出し物ならお金を回収できるけど、素人の演劇でお金を取るわけにはいかないし――っていうか、そんなことしたら観客がゼロになっちゃう。
クラス委員長の倉橋は、映画監督みたいにメガホンを持ってみんなの練習を眺めている。なんとなくあの子に相談するのも気が引けて、一人で悩んでいた。
それとも、あたしが考えてることなんて、当たり前すぎて、とっくにもう解決済みなのかな。
うん、きっとそうだよね。倉橋はあれで結構、みんなのまとめ役というか仕切り役というか、群れのリーダーみたいな立ち位置に自然となっているタイプだし。
あたしは余計なことなんて気にしないで、自分の演技をきちんとやらないと。そう思って台本を開こうとしたら、教室の戸が静かに開いて、男子が一人、静かに入ってきた。キョウ君だった。
めずらしい。最近のキョウ君は、放課後になるとすぐに教室を出て文化祭の準備に行ってたのに。
猫背気味で浮かない顔のまま、みんなの練習風景をぼんやり眺めている冴えないキョウ君を、あたしは手を振って呼び寄せた。一応声を出しての練習中なので大きな声は出せない。
十秒くらい手を振り続けて、やっとキョウ君はあたしに気付いた。
やっぱり猫背のまま、ノロノロとかトボトボという擬音がぴったりの速度でこっちに来た。
「ね、ちょっと相談があるんだけど」
「ん、まあ僕ごときでよければ」
普段より輪をかけてネガティブなキョウ君に、あたしはさっきまで考えていた、道具類の準備や予算関係について質問する。
キョウ君はしばらく考え込んでから、
「予算って確か各クラス一律で配布されてたけど、それだけじゃまず足りないから、ひとり500円とか1000円とか集金することになるんじゃないの」
「あ、去年もそんな感じだったっけ」
「あとは材料費か……、僕はぜんぜん考えてなかったけど、そのあたり、だれか計算してる人っているの?」
「ううん、わかんない。全体を仕切ってるのは倉橋だけど……」
「そっか。ねえ、倉橋さん」
とキョウ君がちょっと大きな声を出す。
おじいさんの役の練習をしている男子が一瞬こっちを見た。
「あ、ごめん。どうぞ続けて」
「何。どうした阿山」
ちょっと不愉快そうな声で倉橋が言う。
「演劇の予算ってどうなってるの?」
「あぁ? それは……、別に、大体でいんじゃない?」
「だいたい?」
「集めるのは一人千円くらいっしょ? たったそんくらいなら、足りなくなったら追加で集金すればいいし」
「千円くらい……?」
井戸の底から響くような声でキョウ君が言う。
「キョウ君?」
「ひとり暮らしの男子高校生なら、千円あれば三日はしのげるんだよ? それを、くらい? たった? インスタ映えするケーキセット目当てにカフェ通いする生徒ばかりだと思わない方がいい。認識の違いが悲劇を生むんだ……」
「あぁ?」と倉橋が眉を吊り上げる。怒ってるというより困ってる感じ。
「あそーだ! ね、キョウ君、あたしほかにもちょっと相談したいことがあってぇ」
この雰囲気を放置してはいけないと、あたしの勘が告げている。
あたしはキョウ君の手を取って、強引に教室の外へ引っ張っていった。
「どうしたのキョウ君、空腹のあまり冷静さを失っちゃってるの?」
「いや、僕はちゃんと3食欠かさないよ」
「じゃあなんで」
「倉橋さんの見通しの甘さに衝撃を受けただけだよ」
「キョウ君ってちゃんと計算が立ってないと許せないみたいなところあるよねぇ」
「そんなことは」
「でも、あたしが去年、キョウ君の部屋でクリスマスケーキ作ってたときも、さっきみたいな感じだったよ」
「さっきみたいって」
「ナメてんのかテメエ、って感じ」
「僕はそんな野蛮なことは言わないよ」
「言わないけど、心の中でダメ出しするでしょ。君は何もわかってない、って」
キョウ君は黙り込んでしまう。それから、さっきまでの話なんてなかったみたいな顔をして、ふらりと窓辺に近づいた。
開いている窓の枠に肘をのせて、遠くを見つめながら話し始める。
「……状況はあまりよくない。このままだと、現金が足りなくなって2度目の集金をかけるであろう、終盤の頃合いで、みんなのやる気が吹っ飛びかねない」
「どうするの?」
「倉橋さんに、状況のまずさを具体的に伝えないといけないんだけど……」
「お金がこのくらい足りません、ってこと?」
「そう。あ、百代は練習進んでる?」
「もう台本はほとんど覚えてるよ」
あたしは親指を立てる。
「へえ、すごいね。……じゃあ、ちょっと今から付き合ってほしいんだけど」
付き合ってほしい。
その言葉を誤解することはないけど。
でも、そっちの意味で聞きたかったな、なんてイジケた考えを押し隠して、あたしは平然と問いかける。
「外へ出るの?」
「そう。ちょっと市場調査をしないと……」
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