第64話 告白の返事
二人の家の中間地点に小さな公園がある。そこを合流場所に指定した。
暑いから外はちょっと、と言っていたが、僕が冗談を挟まずに頼むと、わずかな沈黙を置いて、了承してくれた。その時点でこちらが何を話そうとしているのか、察していたのだと思う。
公園で顔を合わせたとき、百代の表情はあまり芳しくなかった。
顔をしかめているのは垂直に降ってくる直射日光のせいだけではないだろう。
「暑っついねぇ」
「急に呼び出してごめん」
僕たちは話しながら木陰に移動する。
「ううん、いいって。ちょっと驚いたけど。こっちへ戻ってくるの、早かったね」
「まあ、少し思うところがあって」
「それってこの呼び出しと関係あるの?」
「うん」
暑いしセミはうるさいし、長引けば気まずいし、部屋を飛び出した加速度が失われてしまう。
その前に僕は本題を口にした。
「告白の返事を、今するよ」
「……うん」
百代は両手の指をきつく握りしめ、表情を平坦にする。
いつも明るい百代に、そんなつまらない表情をさせたことを申し訳なく思いながら、
「ああ言ってくれたことはうれしかったけど、でも、僕は……、繭墨のことが好きだから、百代とは付き合えない。……ごめん、急な話で」
「そっかあ……」
その言葉とともに、百代の全身に込められていた力が抜けていくのがわかった。
「わかってたっていうか、断られる流れっぽいと思ったし、その理由も想像ついてたけど。はっきり言われちゃうと、やっぱりショック大きいなぁ……」
百代は苦笑いを浮かべ、言葉を続ける。
「でも、ちょっとびっくりしちゃった。こんなに早くキョウ君が結論を出すとは思ってなかったから」
「そう……」
僕が優柔不断な人間であることは自覚している。でも、今回ばかりはヌルい男でいるわけにはいかなかった。
繭墨には避難場所くらいのつもりでも、こっちは好きな女の子を部屋に上げているのだ。そんな状況で告白の返事を後回しにしておけるほど、僕の神経は太くない。
だからこれは、誠意なんていう格好の良いものではなく、どちらかというと自己防衛だった。
僕の心の天秤はとても脆いのだ。
二人の女の子を両の皿にのせ続けていたら、やがてぽっきりと折れてしまう。
「あーあ、少なくとも夏休みが終わるまでは、返事は来ないと思ってたのになぁ。それで、あわよくば2学期もこっちを意識させて友達関係を維持しつつで、ちょっとずつ近づいていけるかもって考えてたのに」
百代は唇を尖らせる。そのしぐさにも気持ちの翳りを感じる。
「……もう十分に近いと、僕は思ってるよ」
余計なこととは思いつつ、それでも、伝えずにいることはできなかった。
「え?」
「男子も込みで、百代ほど距離が近い友達はいないと思ってる」
僕の言葉に、百代は寂しげに笑う。
「やっぱ友達なんだ。……ね、ヒメのどーゆーところが好きなの?」
それは予想された質問だったけれど、前もって答えを準備するような余裕もなかった。数秒ほど考えて、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「そうだね……、
何を考えているのかわからない、得体の知れないところと。
危なっかしいを超越した、危うさを感じるところと。
一緒にいると常に緊張を強いられるところ。
そんな感じかな……」
顔の造作や親しみやすさといった、常識的な好意の理由ではない。
繭墨でなければならない理由を考えると、そうなった。
百代は具合の悪い人をいたわるような顔をして、
「……キョウ君、それってフツーは全部、マイナスのポイントだよ……」
「かもしれないね」
「人を好きになるツボ、変すぎ! ……そんなの、勝てるわけないじゃん」
こういうことは勝ち負けじゃない、と思う。
めぐり合わせであり、運だ。パズルのピースの
繭墨の尖りに尖った個性が、僕の『人を好きになるツボ』とやらに合致したのだ。
「もう告白はしたの?」
「いや、まだだけど……」
「だけどするつもりなんだ」
「そうだね。今すぐにっていうわけじゃないけど……」
「これは負け惜しみとか、キョウ君を惑わしてやろうってつもりじゃなくて、純粋に、あたしの感じたままを言うんだけど……」
そんな前置きをして、百代は言った。
「あたしの目から見て、ヒメにとってキョウ君ってそれなりに親しい人で、ある程度は信用もしてるんだけど、でも、男性として意識しては見てないと思う」
「……正しい見立てだと思うよ」
でなければ僕の部屋に居させてくれなんて言うわけがない。
繭墨は鋭いが、自分に向けられる感情のこととなると妙に鈍くなる傾向がある。
「それでも好きなの?」
百代の問いかけに、僕は黙ってうなずいた。
この好意は、相手がこっちをどう思っているかなんて関係なしに湧き上がってくるものだ。
だからいずれ、告白はする。
ただそれは今すぐというわけじゃなくて、少しずつ距離を縮めていく必要性を強く感じていた。現状で気持ちを伝えたって、色よい返事をもらえるとは思えない。多少なりとも僕のことを異性として意識してもらうために、時間が必要だった。
「そっかぁ」
と最後の確認のようにうなずく百代に、
「――あと、一つお願いがある」
「え? 何?」
「さっきも言ったけど、百代のことは友達と思ってるから。都合がいいかもしれないけど、これからも、なるだけ普段どおりに接してくれると嬉しい」
百代は目を丸くして、顔をしかめ、それから苦笑いを浮かべた。
「それならあたしも、今までどおり、ただの友達っていうには近い距離感で、キョウ君のことを好きでい続けるけど、それでもいいってこと?」
思っていた以上に積極的な返事にたじろぐ。
「ええと……、まあ、うん」
「ヒメとお付き合いを始めるまでは間違いなく付きまとうし、場合によっては付き合い始めてからも付きまとう所存ですけど?」
百代の押しの強さに、苦笑を返すしかない。
……いや、落ち込んで見せないよう、あえて明るく振る舞っているのだろうか。
その気配りに泣きたくなる。
こんな疑問は相手の気持ちに失礼だから、口にはしないけれど、どうして僕みたいなやつを、百代はここまで真剣に思ってくれるのだろう。
百代の気持ちに応えられないことは、申し訳ないと思う。その上でなお、そういう気持ちを向けられることはやはりうれしいものだった。
「あんまり応援したくないんだけど、とりあえず、がんばってね。ヒメはどう考えても一筋縄ではいかない相手だから」
「同感だよ。……ありがとう、百代」
「どういたしまして」
満面の笑顔の、その頬を滑り落ちる涙は見ないふりをした。
それをぬぐう資格は、僕にはもうないのだから。
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