第17話はじめの一歩
「よし!」
梶川からマーグネースという未知なる世界の情報を聞いた翌日。
目が覚めた俺は気合いを入れるため一人でガッツポーズをとる。
今日は土曜日。今日と明日、探す時間は十分にある。それに。
ベッドから立ち上がった俺は勉強机の棚下にあった小引き出しから一つの鍵を取り出す。
それを今度は椅子横なる大引き出しの鍵口に差し込み、鍵を開けた。
引き出しの中にはいくつもの封筒が入っていた。
将来のために貯めておく予定だったお年玉。これの使いどきがきた。
「結構な額あるな。これなら費用には困らなさそうだ」
あとは時間。これは困らないわけがない。どれだけ頑張っても足りなさそうだ。
今日使う分のお金だけひとまず財布の中に入れ、再び鍵をかけておいた。
それから軽い身支度を整えたのち、家を出ていくことにした。
「お兄ちゃん今日はお出かけ? 最近結構多いね」
玄関で靴を履いていると階段から降りてきた妹が話しかけてきた。
「ああ、まあな」
さすがに「ゼロ磁場巡りに行ってくる」なんて言えない。言ったとしてもポカンという顔をされて終わりそうな気がする。俺だって昨日知ったような単語だ。千代が知るわけがない。
「あ、もしかして結衣さんとデートとか。いやー、青春だね。この兄貴は全くもう」
顔を見なくても今千代いやらしい目でこっちを見ているのはわかった気がした。兄弟なんてそんなもんなんだろう。
結衣とデートか。いいなそれ。めちゃくちゃいいなそれ。早くやってみたい。二年ぶりのデートなんてどれだけ幸せな気分になるんだろう。
「ちげーよ。ただ友達と遊ぶだけ」
「なにそれ。つまんない。まさか浮気?」
「な訳あるか。結衣……以外を好きになるわけないだろ……」
なにこれ、我ながらすごい恥ずかしい発言を言っている気がする。
「ヒュー、青春だね。私もそんなこと言われてみたいな」
「そのためには早く彼氏を見つけるんだな」
「うるさい、言われなくてもわかってるもーん」
「んじゃ、今日は夜遅くなると思うから母さんに言っておいてくれ」
「はいはーい。行ってらっしゃい。気をつけてね」
棒読みなところに全く「気をつけて」と心配してくれている様子がない。
天気は曇り。じめじめした空気に居心地の悪さを感じる。
ひとまず、最初の目的地に行かないといけない。ここだけは絶対に外せない場所だから。
****
コンコンッ。
「はーい」
扉をノックすると昨日と同じように返事をくれた。それに合わせて扉を開ける。
「あ、綾辻くん。言った通り来てくれたんだね」
「約束を破るなんてさすがにできないからな」
「昨日、慌てて帰っていったからもしかすると来ないかもしれないって思っていたり」
「ごめんな。昨日あんな帰り方して。ちょっと気持ちの整理ができなかったって言うかさ」
「うんうん。急にあんなことされちゃったら驚いちゃうよね」
「いや、あれは俺がやったことだから。六条さんが謝ることないって。あ、今日はりんご持って来たんだ。食べるか」
「うん」
結衣は顔を赤らめて元気よく微笑む。それは昔の彼女そっくりだった。
ようやく結衣との間のモヤモヤは解けた。これで俺は心置きなく話せる。
でも、結衣はまだ俺が彼女の事情を知っていると言うことを知らないだろう。だからそこははうまく合わせなければいけないな。遠からず、近からずの距離に今はいるべきだと思う。
八等分されたりんごのパックを開け、結衣の元におく。
「今日はちゃんと二本持って来たんだね」
「昨日の失敗を活かしたって感じかな。六条さんは二人で食べることを好むと思ったから」
「そうかも。じゃあ、一本もらうね」
爪楊枝でりんごを指し、口へと運んでいく。
「うー、美味しい。綾辻くんって、果物のプロだね」
「いや、ただ市販のやつを買っただけなんだけどな」
「じゃあ、チョイスのプロ」
「そうかもしれない」
「ふふっ。そこは同意しちゃうんだね」
微笑む結衣は相変わらず可愛かった。それに我ながらやっぱり食べ物のチョイスは格別なものだと思っている。食べたりんごの味は上等なものだった。
二人してりんごを味わった。にもかかわらず、なくなる速度が速かったのは美味しい証拠だろう。
残ったパックと爪楊枝は近くにあったゴミ箱へと入れておく。
「美味しかったね。これならいくらでも食べられるかも」
「そうか。そう言ってくれると嬉しい。また今度買ってくるよ」
「うん。ありがとう」
ほんと良好な関係になれたと思う。この前の重い雰囲気はすぐにかき消されていた。
でも、結衣が少しモジモジしているような雰囲気は否めなかった。
ただの勘に過ぎないけど、少し震えているように感じる。この空間はあまり冷房が効いていないと思うから寒いと言うわけではないだろう。
「あのね、綾辻くん」
そっと結衣は口を動かした。さっきみたいな元気の良さが少しなくなっている。
「どうした?」
「その……遊園地でのことなんだけど。観覧車の時、綾辻くんにその……大きな声だしちゃってごめんなさい」
少し視線をそらしてしまう結衣に愛おしさを感じた。
もしあのまま俺が結衣に接してしまったらきっとよくないことが起こった。だから彼女は声を振り絞って、俺を止めたんだと思う。
確かに何も知らなかった俺はどうしていいかわからず、結衣に怒りを覚えていた部分もあったはず。でも、今は彼女の優しさを改めて実感できて嬉しく思っている。
「あんまり気にしなくていいよ。正直、あの時はびっくりした。六条さんに怒られるなんて思ってもみなかったから、でもさ、きっと六条さんにも色々な事情があって、そうしたんだと思う」
「その……それはね……」
少し億劫になっている彼女。この気持ちは俺だけのものじゃなかったんだな。
そっと、彼女の手に自分の手をかざした。ビクッと微かに動いた手だが、受け入れるようにすぐに収まる。
「今はまだ言わなくていいよ。もし、六条さんが話したくなった時にそう言って欲しい」
「……うん、そうさせてもらうね」
こちらに向けていた彼女の表情は柔らかかった。いや、もしかするとほんの少し硬い部分もあったかもしれない。
「ああ、その日が来るまで毎日果物持っていってやる」
「それってひょっとして餌で釣ってる?」
「どう……だろうな。何か食べたいものはあるか?」
「えっと、じゃあ……チョコミントかな」
目を輝かせながら結衣はそう言った。どうやら結衣にとってチョコミントは果物のようだ。
「わかった。今度買って来るよ」
「ありがとう」
一瞬結衣の周りの風景が輝いているように思えた。やっぱり、チョコミント大好きは変わっていないんだな。
「退院はいつくらいになりそうなんだ?」
「来週の木曜には退院できるそうだよ。て言っても全治一ヶ月だから車椅子になっちゃうんだけど」
「そっか。じゃあ、その一ヶ月間は俺が車椅子を引っ張っていくよ」
「ほんと! それはすごくありがたいかも」
「約束する」
絶対に結衣との距離は離れさせない。この言葉は自分にも向けたものだ。
「あ、それと。この前途中で終わっちゃったし、怪我が治ったらまた遊園地行かないか?」
「いいね。私、また観覧車乗りたい」
「この前は頂上まで行けなかったし。次こそは天辺からの景色を見たいもんだ」
「多分、想像以上に絶景だと思うよ」
「それはすごく楽しみだ」
「うん。あ、そうだ。今のうちに行きたいアトラクション探しておかないと」
「またお化け屋敷行くか」
「それは……いいかな」
視線を天井へと向ける。この前あれだけ震えていたもんな。
「でも……また肩貸してくれるなら行ってもいいかも」
なっ。不意に飛んできた変化球に心を射止められる。何これ、超可愛いんですけど。
「肩くらいいつでも貸してやるよ。俺に任せとけって」
「あ、ありがとう」
自分でも、何言ってるんだろうと思ったのか顔がどんどん紅潮していっていた。
「じゃあ、すまん。今日はこれで」
「うん。わざわざ来てくれてありがとう」
「また来るよ。その時二人で行きたいアトラクション話し合おう」
「わかった。私考えとくね」
結衣と挨拶を交わし、俺は病院を後にした。
まさかここまで自然にやり取りできるなんて、数日前が嘘のように思えた。
スマホを開き昨日梶川からもらった『ゼロ磁場となっている場所』についての地図を開く。
ゼロ磁場の中でも、せめぎ合い方に強弱があるらしく弱いゼロ磁場も含めると数はかなりのものだった。日本だけでも百はあるように思える。
この中から自分と最良の相性の磁場を探すなんて正直ってかなり難しい。期間が一年とか二年あればまだしも一週間で見つけるとなると話がかなり変わって来る。
それでも、やらなければならない。結衣と約束したんだから。
一緒に遊園地に行こうって。
ひとまず、近場のゼロ磁場から回ることにした。期間があり、かつ自分にあった磁場なんて検討が全くつかないのだ。
ならば、数を打つしかない。
行き先を決めた俺は足を動かすことに決めた。
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