第31話 駅に紛れて消える(傍題:液に塗れて消える意識)

 未咲「玲香ちゃん、元気だった?!」

 玲香「どうしたのよ、いきなり抱きついて……ちゃんとここにいるじゃない」

 未咲「いやー、こうなってるのも今朝見た夢のせいなんだけどね?」

 玲香「聞こうじゃない」

 未咲「めっちゃ人がいる駅でわたしが玲香ちゃんを見つけるんだけど、

    人がたくさんいるせいで徐々に見失っていっちゃうの! 怖かったなぁ」

 玲香「……それで?」

 未咲「その先はあまり覚えてないかなー」

 玲香「なによまったく……」


 ふと未咲を見ると、目の下にクマっぽいものができている。


 玲香「未咲、テスト期間だからって無理はだめよ」

 未咲「わかってるよー。今回はちょっと覚える量が多いからこうなってるだけ」

 玲香「まったくもう……」


 世話が焼ける。そう言おうと一瞬思いかけて、すんでのところでやめた。


 未咲「そうだ、うみちゃんに早く走れるコツを教わろうと思ってたんだった!」

 春泉「あっ、ハルミもハルミも!」

 玲香「それいまじゃなきゃダメ?」


 体育祭のシーズンはまだまだ先だし、ぜんぜんいまである必要がない。

 こんな時期だというのに暢気なものだ。


 未咲「……いまね、すっごくドキドキしてるんだ」

 玲香「なんでよ?」

 未咲「おしっこがしたいから♡」


 そう言うと、未咲はかなりわざとらしくもじもじと腿をこすりあわせた。


 玲香「いますぐ行って! 行きなさい!」

 未咲「わかってるよー。なんだかつれないなぁ、最近の玲香ちゃんは……」


 大急ぎでトイレに行った。じつはけっこうやばかったみたい。


 ♦


 未咲「あぁっ、漏れちゃうもれちゃう……」


 おもらしする確率は2分の1(適当)。そんなことを考えている場合じゃなかった。


 未咲「んんっ」


 じわぁ……と、またあの感じが肌にまとわりついてとれない。


 未咲「うそ……せっかくここまできたのに……」


 何度も失敗しているとはいえ、やっぱりトイレ以外でしちゃうのは恥ずかしい。

 だけど、もう一歩も動けなかった。頑張ってくれてる括約筋も時間の問題かも。


 未咲「おねがい……まだ出ないでっ……!」


 そう思えば思うほど、尿意は強くなるばかりだった。


 うみ「おーい未咲、もうそろそろテストはじまっ……ぞ?!」

 未咲「はぁ、はぁ……」


 見るとそこには、スカートをたくし上げて困り果てる未咲がいた。


 未咲「うみちゃん、ごめん……わたし、もう間に合わないみたい……♪」

 うみ「おいおい……」


 もはや助ける気もなくなるほど、このときの未咲は、いわば酔いしれていた。

 ちょろちょろと流れ出す液体。その甘い匂いは、もはや嗅ぎ慣れてしまった。


 うみ「お前ほんとすごいな……なんでそんな香り出せんの?」

 未咲「わたしに訊かれてもわからないよ……だって生まれつきだもん……」


 いとおしそうに下の景色を眺める未咲には、もう体力もあまり残っておらず。


 ばたんっ。


 うみ「おい未咲、みさきーーーーーーーっ!」


 少々おおげさだったと、このときは気づけなかった。


 ♦


 未咲「たいへんおさわがせしました……」

 うみ「まったく、いきなり倒れるからどうしちまったもんかと思ったぜ……」


 保健室なんて慣れないところに来たあたし。場違い感はんぱねぇな……。


 うみ「テストは後日受けられるってさ。よかったな」

 未咲「うんっ。おかげで勉強する時間が増えたし、これでよかったのかも」

 うみ「ほんとならもっと早くからすべきなんだけどな」

 未咲「でもわたし、案外成績いいんだよ?」

 うみ「そりゃ、テスト前に必死に勉強したらそうもなるだろうよ

    ――それだけじゃねーとは思うけど」


 言って、ふたりで笑いあった。

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