エピローグ






   エピローグ





 今年も白い花が咲いた。

 1年前より少し大きくなったその花は、今日も朝日を浴びてとても嬉しそうに花を咲かせている。

 騒動が起こってからもう1年が過ぎていた。

 あっという間の出来事のようだったが、渦中はとても長く感じられたな、とその花を眺めながら風香は昔の日々の事を考えていた。



 「あ………お水あげないと………」



 まだボーッとしていたい朝の時間。

 けれど、花が呼んでいるような気がして、風香は重い体を起こそうとした。けれど、それを見越していたのか、いつの間にか目を覚ましていた隣で眠っていた彼が風香を後ろから抱きしめた。



 「おはよう……風香」

 「おはよう。いつの間に起きてたの?」

 「今起きたばかりだよ」



 そう言うと、柊は風香の髪をよけて、後ろから首筋にキスを落とした。肌と肌とが触れ合う。昨日は、久しぶりに夜遅くまで彼との甘い時間に浸ってしまった。お互いの仕事などが忙しくなかなか求めるがまま何度も、という事がなかっただけに、お互いに求めあってしまったのだ。



 「風香、少し声かすれてる………昨日はあんなに乱れてたから……」

 「もう!朝から恥ずかしいよ」



 くるりと後ろを向き、自分の照れた顔を隠すように彼に体に飛び込む。すると、クスクスと笑い「ごめん。何か嬉しくて」と、柊は言った。



 「朝起きたら、同じ指輪を薬指につけた君が居て、とても嬉しそうにしてるのを見たら……なんかまた風香が欲しくなった」

 「もう………!でも、ダメだよ。もう起きるの」

 「わかってるさ。じゃあ、それは夜のお楽しみで」



 柊は風香の頬に触れる。くすぐったさから、彼の胸から顔を離し、柊を見上げると、すかさずキスを落としてくれる。

 朝のじゃれあいがこんなにも幸せなのだと結婚してから改めて感じられた。









 「わぁー!沢山感想来てるよ!嬉しいな」

 「風香が今まで頑張った結果だろ?よかったな」

 「うん」



 風香はSNSに届いたコメントやメッセージを丁寧に読み、朝から幸せな時間を過ごしていた。

 今日は風香にとって初めてとなるイラスト集の発売日なのだ。今まで発表されたイラストや未公開のもの、そして作品についてのコメントを書いたものだった。

 風香はこの仕事と普段の依頼、そして結婚式の準備などに追われ、この1年は怒濤の時間を過ごしていた。

 準備は大変だったものの、1冊の本が完成し、応援してくれていた人の手に届き、そして感想が返ってくる。それが何よりも嬉しかった。



 「そういえば、また届いてたんだっけ?」

 「うん。担当さんから手紙受け取ったら、また入っていたわ」



 風香はその手紙の事を思いだし、微笑む。

 何という事もない、普通のファンレター。イラストを細かく見てくれ、絶賛してくれる。そして、最後には必ず「影から応援しています」と書かれているのだ。

 そして、その差出人はミントココアと書かれていた。



 「………本、送ってもいいかな?」

 「あぁ……きっと喜んでくれるさ」

 「そうだといいな」



 柊は食後のコーヒーではなく、今日はココアを作ってくれていた。

 甘い甘い香りが部屋リビングに広がる。




 「ねぇ、柊………甘えたいことがあるんだけど……」

 「ん?なに?」

 「今度、またあの海の見えるホテルに旅行に行かない?また、2人で」

 「それはいいね。また行こう」



 あの場所には2つの思い出がある。

 2人で初めてデートをした場所。そして、風香が沢山泣いた場所。その両方の思い出があったからこそ、今がある。


 その思い出の場所にまた楽しい記憶を残そう。


 風香と柊は微笑み、あの海を思い出す。

 あの場所は2人の大切なものになる、そう思った。





            (おわり)

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