15話「安心の裏側は」






   15話「安心の裏側は」





 柊は風香が落ち着くまで、優しく抱きしめて背中をさすってくれた。

 彼の鼓動や吐息を感じるだけで、風香の涙は次第に収まってきた。



 しばらくして、風香は恥ずかしがりながら、柊の体から離れて「ありがとう」と言うと、「もういいの?俺はもっとくっついていたかったけど」と、ニコニコと笑ってくれる。泣いた顔を笑う事なく、自分が抱きしめたかったからだと言ってくれる所が彼の優しさなのだ。


 風香の家から持ってきた大きな荷物を柊が持って、彼の住むマンションに入った。

 やはり、柊は昔と変わらない、風香が何度も訪れてた部屋へと案内してくれた。疑っていたわけではないけれど、やはり柊は柊なのだと思えた。



 「少しちらかってるけど、どうぞ」

 「お邪魔します」



 柊のマンションは高層階にあった。

 風香と婚約した時から柊は引っ越して、このマンションに住んでいたのだ。

 風香は何度も来た場所だったが、緊張してしまった。久しぶりに訪れたからかもしれない。けれど、1番の理由は別にあるように思えた。



 「奥がリビングとダイニング、そしてキッチンだよ。手前から空き部屋とお風呂、トイレ、俺の部屋、寝室って感じかな」



 部屋を案内しながら、まずはリビングに通してくれた。風香が最後に訪れた時とほとんど変わらない。ジャケットがソファにかけてあったり、ペットボトルがテーブルに置いたままになっているぐらいで、ほとんどちらかっていない。彼らしいなと風香は思った。

 けれど、すぐに違いを見つけてしまった。緊張していた理由は、これだった。風香が柊の部屋に残してきたものは、残っているのか。それが、気がかりだった。

 リビングには2人で旅行に行った時の写真やおみやげが大きなテレビ台に飾ってあったはずだった。


 けれど、それはなくなっていた。

 柊が片付けたのだろうか。

 気になるけれど、それを彼に聞けるわけはなかった。



 「どうしたの?」

 「あ、何でもないよ」

 「今、お風呂をつけたから待っててね。お腹は空いてる?」

 「ううん………今は食べたくないかな」

 「わかった。じゃあ、明日何か食べよう。今日はお風呂に入って寝ちゃおう」



 そう言いながら、柊はココアを作ってくれた。柊はコーヒー派だけれど、時々甘いものを飲みたくなるらしく、ココアが置かれているのだ。温かいココアを一口飲むと懐かしい味が口の中に広がった。

 風香が落ち込んだ時、2人で喧嘩をしてしまった時、柊はココアを作って「大丈夫?」と声を掛けてくれたり、「ごめん」と謝ってくれる。

 風香にとってココアはとても温かいものだった。



 「やっと表情が柔らかくなったね」

 「え………」

 「あんな事があったんだ。思い詰めたり、考え込んだりしてただろ?だから、眉間にシワが寄ってたよ」



 そう言って、自分の眉間にシワを寄せて見せる柊を見て、風香はクスクスと笑ってしまう。



 「何も心配するな、とは言えないけど。今日は何も考えないで寝るといいよ。ここは安全だよ。俺は警察だから。それにこう見えても鍛えてるんだから」

 「柊さんの体、鍛えてるんだなーって分かるよ。腕とか堅いし………」

 「あれ?気づいてたんだ………」



 キョトンとした顔を見せた後、柊はそう言いながら微笑んだ。けれど、いつも笑顔ではなく、何となく裏がありそうな含み笑いだった。風香の傍に近寄ると、柊は間近まで顔を寄せて来た。



 「一緒にお風呂に入って、確かめてみる?」

 「っっ!?柊さん………?」

 「ははは、冗談だよ」



 突然のお誘いに風香は多きな声を上げて、後退りしてしまうと、柊は楽しそうに笑った。



 「……もう……部屋に来ただけでもドキドキしているのに、冗談なんて言わないで……」

 「今日は冗談って事にしとくけど、風香ちゃんとお風呂に入りたいのは本当だから」

 「柊さんっ!!」



 顔を真っ赤にして怒る風香を見て、柊はまた声を出して笑っていた。

 風香を笑わせるための冗談なのか、本気なのかはわからない。どちらにしても、内心では嬉しい風香だった。










 その後、風香が先にお風呂を借りた後に柊がお風呂に入った。シャワーだけだから早いけど寝てていいよ。と、寝室に促されたけれど、風香は彼を待っている事にした。


 彼の寝室は物がほとんどなく、読みかけの本と照明、時計ぐらいしかなかった。

 風香はベットに座り、ボーッとしながらまた考え事をした。


 お風呂場にも風香もシャンプーなどは置いてはいなかったし、脱衣所には風香用のパジャマやタオルもなくなっていた。風香が家から持ってきたもの使ったので問題はなかったけれど、行方不明になる前は確かにこの部屋にあったのだ。それが風香のものだけがなくなっている。


 まるで、この部屋までも記憶喪失になって、風香を忘れているようだった。



 「どうしてだろ………」



 風香は足をベットに外に置いたまま、体をポトンッと横に落とした。

 その瞬間に彼の香りを感じ、風香の瞼が重くなっていく。事件の後、事情聴取などをしておりもうすっかり深夜になっており、もう少しで辺りは明るくなる時間だろう。普段ならばとっくに寝ている時間。先ほどまでの緊張感が彼の部屋に来て、そして香りに包まれたことで失ってしまってしまったようだ。



 「柊さんの事待ってなきゃ………でも……少しだけ………」



 風香は、自分の眠気に勝つことが出来ずにそのまま眠ってしまったのだった。













   ★★★





 柊がシャワーから上がるりスマホをチェックすると、部下の和臣から電話がかかってきていた。柊は頭にタオルを乗せて、電話をかけ直しながら冷蔵庫から水を取り出して、ごくごくッと喉を鳴らしながら飲んだ。



 『お疲れ様です、青海さん』

 「あぁ………何かわかったか」

 『はい。やはり侵入した犯人は鍵を使ったようです。鍵穴にも無理矢理開けたような後はなかったようです。もちろん、窓にも指紋などは一切ありませんでした』

 「で、犯人は…………?」

 『特定は出来ていませんが、部屋にあった靴の跡からは男性だと思われます』

 「わかった。明日、また詳しく教えてくれ」

 


 柊はあまり進展のない結果に、頭を悩ませながら通話を切ろうとした。すると、また和臣の声が聞こえてきた。



 『………大丈夫でしたか?』

 「あぁ。俺がそんなミスすると思うか?」

 『そうですよね。最後まで上手くいきますよね』

 「………さっさと終わらせる」

 『はい』



 柊の真剣な声を聞き、和臣は強く返事をした。

 通話ボタンを押し、電話を切る。


 その後、一気に水を飲み干す。

 ハーッと溜め息混じりの息を吐き出す。



 「さて………、次はどう動くか……」



 笑みを含んだ声に聞こえたが、柊の表情には一切の明るさはなく、まっすぐと寝室の方を見つめながら呟いたのだった。




 

 





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