お兄さん
「モグ~!モグ~!」僕はモグの名前を叫びながら自転車を漕ぎ続けた。
先ほどのお母さんの言葉を聞いて、僕は改めて思い出していた。あの地震の時、地震が起きる前に黒猫を見つけて追いかけた。もしあの時、あの黒猫を追いかけていなければ、きっと倒れてきた塀の下敷きになって、僕だけでなく昌子ちゃんやまどかちゃん、そして美穂ちゃんも下敷きになってしまったかもしれない。
トラックの時だって、塀の上に黒猫を見つけてあの方向を見ていなかったら、飛び出てきたトラックに気づくのが遅れて、昌子ちゃんを突き飛ばして助ける事も出来なかったかもしれない。
そして、あのお兄さんに助けられて自分自身も全くかすり傷一つ負わなかった。どう考えても、不幸というよりはついていたと思うほうが正解であろう。
それに、モグが来てからお母さんが動物好きであった事も解かったし、家でお母さんの笑う回数も増えて、僕の身体も元気になったような気がする。
「モグ~!モグ~!・・・・・・・あっ、あれは!?」土手の上を自転車で走っていると足元に、トラックが飛び込んできた時に助けてくれたお兄さんが寝転んでいるのを見つけた。
「あっ、お兄さん!」僕は自転車を止めて近づく。
「げっ、あっ、いや・・・・・・、おう!」なんだかお兄さんは驚いている様子で立ち上がった。
「さっきは本当に有難うございました。お兄さんが居なかったら、僕はトラックに跳ねられていたと思います」僕は深々と頭を下げた。
「い、いや、そんなに気にせんでええで。俺は当然の事をしたまでや!」言いながらお兄さんは頭をボリボリと掻いた。改めて彼の出で立ちを見ると、中々変わった服を着ている事に気が付いた。着物か洋服か解からない白い上着の下に黒いズボン。頭には布を鉢巻きのように巻いている。年齢的には、高校生・・・・・・17歳くらいか・・・・・・・。
「そうだ、お兄さん。この辺で黒くて小さい猫を見なかった?」僕はお兄さんがモグの事を知らないか訊ねてみる。
「黒い猫? ・・・・・・、知らへんなあ、なんや飼い猫かなんかか?」彼は言いながら川に水面に石を投げた。器用に石は水面を踊るように跳ねている。
「ううん、僕の友達なんだ・・・・・・、でも酷い事言ってしまって出て行ったんだ」僕は反省の気持ちでまた泣きそうになっていた。
「な、なんや、酷い事って何を言うたんや?」また石を投げた。さらに遠くに跳ねていく。
「僕の周りに起きる不幸な出来事は、全部お前のせいだ!みたいな感じで・・・・・・」
「そ、それは酷いな!その猫めっちゃショックやったんとちゃうか!」
「うん、僕が人の言葉に振り回されていただけなんだ。本当は、モグが来てから毎日が楽しくなったし、僕の体も元気になって喘息も出なくなったんだ。それなのに、僕は・・・・・・」涙が溢れ出てくる。
「坊主・・・・・・、泣くなや男のくせに。男の涙は大事な時に取っとくもんや。それにそのモグって猫も、勘違いやって解かったらきっと帰ってくるわ」お兄さんは、お母さんと同じように僕の頭を優しく撫でてくれた。
「そうかな・・・・・・」お兄さんの言葉に少し癒される。
「実を言うと俺もいろんな人間にひどい目にあってきててなあ。とうとう堪忍袋の緒が切れて無茶苦茶したんねんと思って山から出て来たんやけど、都会の汚い空気で体をいわしてもうたんや。でも、優しい人らに助けられて、人間も捨てたもんやないなと思い出したんや。まあ、なんでもかんでも一緒にしたらアカンていう事やな」お兄さんは噛み締める様に言った。何を言っているのか半分くらい解からなかったが、言いたい事は理解できた。
「有難う、お兄さん」
「あんまりウロウロしとったら、また車に跳ねられるで!家に帰ったらその黒猫も帰ってきてるんとちゃうか」お兄さんが爽やかな笑顔を見せた。その時、涼しい風が吹いてきた。
「お兄さんの匂い、お母さんとそっくりだ!」風に乗って漂ってくる香りがお母さんのシャンプーの匂いと同じだった。
「そうか・・・・・?」お兄さんはクンクンと自分の体を嗅いだ。
「僕、家に帰るよ!モグが帰っているかもしれないから」僕は大きく手を振って自転車にまたがった。
「それがええわ!おい、坊主!一個忠告しといたるわ!女には気をつけろよ!」お兄さんは背中を向けたまま手を振った。
「うん!よく解からないけど、解かった!」自転車を精一杯漕いで家に帰った。
玄関を開けると、そこには階段の中段で眠るモグの姿があった。
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