人狼シリウスとの現実
まず現状を確認する。体は異常に動く、しかし寝室で眠っていたために自分は寝巻、近くに武器になりそうなものはない。狼に対抗できそうなものは見当たらない。どうしたものだろうか? と琢磨は考える。
『どうしますか?』
「……とりあえず通報しよう。これの外に出れば電話は繋がるだろ」
『ですが、少しお待ちください。バイクとの通信ができません。また、リビングの機器との通信ができません』
「今回は異界の端のほうに出たのか?」
『おそらくは』
「なら、遠慮なく出るか……ッ⁉」
瞬間、見えないナニカに頭をぶつける琢磨。何事かと触ってみると、そこには見えない壁があった。
しかも、若干だが広がり続けている。それが触った手で感じられる。
『マスター、体を動かさずに30秒ほど壁に手をあててください。測量します』
「任せる。じわじわ広がっていくとなるとこっちから打って出るしかないしな」
そうやって徐々にでが離れていく感覚を味わって30秒。メディの割り出した速度は時速1kmほどの、気づけば逃げられる程度のものだった。
つまり、全く気付けない深夜の今ならば、相当の被害が出るだろう。
そうして、彼の中にいつもの
『マスター、それでも私は赴くことを推奨しません』
「残念だけど、俺はゲームと現実の区別がつかない今どきの少年なんだよ。だから、
『逃げて、警察に任せるべきでは?』
「戦った後で、警察に任せるさ……だから、いつも通りバックアップは任せる、相棒」
『調子のいい話ですね、
そうして、琢磨は部屋の中にある思い出のプロテクター、バイクを買ってもらったときにプレゼントされた子供用の伸縮性プロテクターの脛あてと、買ったはいいが一度も使っていない体育用のシューズを装備して、上着を羽織って窓を開ける。そこには、先ほどの狼がゆったりとこちらを見ていた。影のような闇に包まれているので実際の目はわからないが、そんなものだろう。
そんな狼に着地を襲われないように、家の壁を伝ってするすると降りていく。健康な体があればVRでの技を再現できるのが琢磨という鬼子なのだ。
そして、着地の寸前に跳びかかってくる狼をさらに下側に体を潜らせることで回避し、その拳を顎に叩きつける。そして、インパクトの瞬間にのみ
その一撃は見事クリーンヒットし、狼の頭を吹き飛ばした。
影の中に肉体があれば血化粧になっただろうにと琢磨は少し思い、その死体を見つめ続ける。
すると少しの時間の後に影は黒いモヤとなりどこかに向かって飛んで行った。その先に敵はいるのだ。新たな力を必要とする狼が。
ならば、これを追えば最小の命の消費で狼を全滅させられる。だから、琢磨は走り出した。モヤの導きのままに、敵を殺すために。
■□■
そうして追いかけて4件、かなり走らされたが体力に問題はない。駆け付けた時にはもう4件とも被害者が出ており、数少ない生き残りからは“化け物”と罵られたこともある。
もっとも、そろそろ本命が来るだろうとタクマとメディは推測していた。これまで殺してきた狼には肉体がなかった。しかし最初の異界で殺した狼には血肉があった。つまりそういう奴がボスなのだろう。そいつを殺せば終わりのはずだ。
もう領域を半周以上しているのだから、だいたいの中心の方向はわかっている。そして今モヤが向かっている方向がそうであることも。
ならば、もはや待つ必要はないだろう。そう琢磨は判断し、スピードを上げた。
モヤを追い越してまっすぐに走る。そうして見つけたそこには、ボロボロになりながらも立ち続けている燃えるような赤い髪の青年が、空手空拳で
だが、あの人狼は別格だ。夜で見にくいが確かに体に赤黒い色がついている。あれは肉を持ったボス個体だ。つい先ほどまで琢磨はゲームで人狼と殺しあっていたのだからよくわかる。琢磨を追いかけてくれた新人騎士さんの援護がなければ何もできずに負けていただろうから。……もっとも、自分が居なくてもあの騎士なら人狼を切ることくらい容易かっただろうけども。と琢磨は考えている。
そうしていると人狼はやってきたモヤに何かを感じたのか、遊んでいたのを切り上げて青年を殺しにかかる。
そして琢磨はそこが一番の隙だとわかっていたから、その横っ面を“縮地”で近寄り
会心の一撃だった。しかし、人狼は顔面へのインパクトの瞬間に体全体をひねり受け流した。そのせいでまだ死んでいない。
そして、人狼はモヤを受け取り強靭な力を手に入れた。雄たけびとともに体が変化して、ゲームの通り、《人狼シリウス》だなんて名称が頭に浮かんでくる演出まであってだ。
闇のような黒い体に赤い血管が輝きとともに浮き出ている、人狼の姿がそこにあった。
「キミ、逃げた、方がいい。アレには、勝てない」
紅蓮の青年が、もう立っているのもギリギリなのに声を上げる。だが、どうせこいつを殺さないと異界から逃げられないのだから、逃げようはないのだが。しかし、その声に込められた心配の感情は確かなものだった。自分のような薄っぺらな
そういう良い人は、守り助けたくなるのが人情だろう。琢磨はそう思い、拳を握りしめた。それが常識的な行動だと信じて。
琢磨の残りの命の残量を考えると、放てるのは多くて2発。そこに全ての力を籠めると覚悟して、琢磨は前に走り出した。
どうせコイツを殺したらすべて治るのだから、傷を負うことを許容する。一撃を受け止めながらの一撃必殺。そこにしか勝機はない。
だから、その一撃に込められた力は完全に想定外だった。人狼も琢磨を警戒して一撃で決めるために全力を込めていたのだ。
もう、互いに足は止まらない。このままでは殺されると判断した琢磨は、とっさに一歩分だけ外側に体をずらし、その結果左腕の肘から先が消し飛んだ。
その衝撃により吹き飛んだ琢磨は、もうこれは死ぬと思ったその時。
“なら、相打ちに持っていけ”と先生が教えてくれた鬼の生き方を思い出した。
“ふざけるな! ”と叫ぶ
そして、『まだマスターは戦えます』という相棒の声が頭に響いた。
それが、ほんの少しだけ自身の内側の心を映し出した。何でもない、仮面の日常を。
今まで擬態のためとしか思っていなかった薄っぺらなその生き方は、彼を鬼子から“護国の鬼”に少しだけ歩みを進ませた。そして、自分が死ぬことで涙を流すだろうヒト達、自分が死ぬことでこれから殺される人たちを思い浮かべて。
風見琢磨は、人生で初めて、本当の意味で“守る”覚悟を決めたのだ。
すると、体の内側から不思議なイメージが浮かび上がった。それは門を開くようであり、
その衝動にしたがって、亡くなった左腕のぐちゃぐちゃな断面に
それは、2周目でも武器屋で頼み込んで譲ってもらった、
その時、確かに人狼は怯えの表情を見せた。それを見た琢磨は、全開の殺意をその人狼に叩き込んだ。そうして一歩強く踏み込み、その音から攻撃が来ると身構えた人狼は分身の防御にて一撃を防ごうとした。
しかしそれは、殺意のスペシャリストである琢磨の見せたフェイントだった。
そうして無駄に分身を使わされたシリウスは、琢磨の最後の攻撃に対して両腕で防御することしかできずにいて、そのガードごと琢磨の剣に両断された。
『ゲームオーバーです』
「二度と来るなよファンタジー」
その言葉とともに異界は割れた。
そして、始まる修正。生者の傷の修復と壊れたものの再生、そして死んだ者たちの消失だ。
その光景は心が冷えるほど恐ろしく、神秘的だった。
後ろで琢磨のために叫んでくれた善人は生き延びて、その後ろで守られていた人は消失した。なんとも不思議なものである。ダメージは同程度に見えていたのに。
「なんで、何が起こってるんだよ!」そう痛みを押して叫ぶ青年。それに答える言葉を琢磨は持たず、名刺を貰った栗本刑事の端末に連絡を入れる。
それが、その夜の戦いの終わりだった。
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