4話 この世界は




 雪山フロアから帰ってきた後、僕たちはまた普段通りにリーネの部屋でデュエルをしていた。

 

「探索する獣を召喚! アタックだよー!」

「先行三ターン目に獣走らせるのは犯罪!!」


「まあいいさ。僕も獣走らせるからね」

「緑単ランプの誇りを忘れたの!」

「ランプでも獣くらい入れるわ!」


 悠里は寝っ転がりながらカービィをやっている。


 音。


「ん……?」

「素名くんどうしたの?」


 遠くから破壊音のような音が聞こえる。


「なんか、音聞こえないか?」

「音? ……確かに」

「だんだん近づいてきてませんか?」


 破壊音が、近づいてくる。

 どん、どん、と音を響かせながら。

 近づく度に、振動も大きくなっていく。


「これ、やばくないか?」

「やばいね」

「やばいんですか」


 天井が崩壊した。


 僕は咄嗟に悠里に覆い被さった。そしてリーネが僕たち二人を掴んで跳んだ。

 後ろで瓦礫が落ちていく。何か巨大なものも、落ちて来た。僕とリーネのカードが踏み潰される。


 蠢く石灰色の軟泥。


「こいつは、【ウーズ】……!」

 なんでこの【タワー】に【ウーズ】が出るんだ!?

【ウーズ】は地球を脅かしていた宇宙人だろ!? この【タワー】とは何の関係も無いはずだ。


「それに、この【ウーズ】は……っ」

 僕たちを殺した上位個体の【ウーズ】だ。


 軟泥の体から湾曲した刃を二本腕のように生やしたのがその証拠。


「リーネ、これはどういうことなんだ!?」 

「とりあえずこいつを倒そう! 神聖なデュエルを穢したのは許せないからね」

 僕たちのカードは【ウーズ】の下敷きにされている。

「うん……確かにそうだね」

 カードを大切にしない奴は、許せない!

「ゆーりにはデュエリストがわかりません……」

 

【ウーズ】が斬りかかってくる。


「変身!」


 リーネが前に出て、変身しながら緑の刃で受け止めた。


「素名くん、今のわたしたちなら勝てる! 一緒にいこう!」

「わかった」


 ――信緑の想剣。


 思っただけで、その剣は手に在る。


 総てが黄緑色の剣を携え、リーネの手を取る。


 前回と同じ、リーネとのコンビネーションで戦う。手を離し、繋ぎながらの剣戟けんげき


 この上位個体【ウーズ】は、動きが凄まじく速く、剣の技巧が達人並だ。僅かな隙が命取りになる。

 だから隙を作らないようにしなければならない。

 間断なくリーネの剣と僕の信緑リーフ想剣カリバーンを振るい続ける。

 信緑リーフ想剣カリバーンで一撃を入れれば致命傷を与えることができるのは前回同様相手も分かっているのか、リーネの剣とのみ【ウーズ】は打ち合っている。


 隙を作らないというのは、難しいなんてものではないくらいに難しい。

 何度も、【ウーズ】の刃が僕やリーネに届きそうになる。 

 だから僕らは、戦いの中でシンクロ率を高めていく。

 コンビネーションの動きをすり合わせながら、速さを上げていく。

 リーネは僕の異能力から生まれた、もう一人の僕といってもいい存在だ。

 一心同体の相棒同士なんだ。

 だから自分の体の延長線上のように、シンクロ率を高くしていける。


 死線という極限状態が、そんな理論を現実にしていた。

 とっ、とっ、とステップを踏み、キン、キン、と刃をいなす。  

 僕らは、一つ。

 隙など作らない。

 

 そうして、信緑リーフ想剣カリバーンの黄緑色の輝く切っ先が、【ウーズ】に届く。


 以前の雪辱を晴らしてやる。


 ――【ウーズ】の体から砲口が生えた。


 敵も進化していた。新たな能力。


 砲口からビームが放たれた。僕へ向けて。

 遠距離ビーム。熱線。


「剣士じゃ、なかったのかよ……!」


「殺させない!」


 リーネが左の剣でビームを弾いた。 


 弾かれたビームは、僕らではなく、明後日の方向へ飛んでいった。いや、明後日の方向じゃない。

 九十度方向転換、軌道が変えられた。ビームの軌道は変幻自在なのか。でも僕らの方に再び向かってくるわけではないから追尾型ではない。ある程度軌道操作ができる程度なんだ。

 だけどビームが向かう方向は、行ってはいけない場所。

 悠里がいる場所だ。


「え」


 悠里の胸を熱線が貫いた。


 信緑の想剣も【ウーズ】を貫く。


【ウーズ】がたおれ消えていく。


 悠里も倒れた。 


「悠里……?」


 妹の元へ走る。

 胸に大きな穴が開いている。血がいっぱい。


「おにい、ちゃん……」


 それ以降、悠里は何も喋らなくなった。

 瞳に光がない。


 なんだこれは。

 なんでだ。


 僕は、また守れなかったのか……?




「素名くん」


 リーネが横に立っていた。


「大丈夫だよ」


 そんなことを言う。


「大丈夫…………? 何が大丈夫なんだ。悠里は、死んだんだぞ……」


「確かに死んじゃったけど、生きてるから」


「何を言ってる……」


「ここは小説の中だから」


「……そんな馬鹿な」


「この世界が小説であることを理解していたら、ある程度は本文をいじってあり得ない事象を起こせるんだ。こんなふうに」


 ”悠里はそこにいた。会話に加わってくる。”


「お兄ちゃん」


「は?」


 悠里が、いつの間にか間近に立っていた。

 今、僕を呼んだ。

 声を聞けている。

 薄いピンク色のお下げの髪が現実感を持って揺れる。

 薄いピンク色の瞳が僕を見ていた。

 小柄な妹が生きている。

 ついさっき、死んでしまったはずなのに。 


「悠里……大丈夫なのか? どこも痛くない? 悠里は自分が死んだことに気づいているの? 記憶は? どういう認識なんだ?」

「お兄ちゃんちょっと落ち着いてください。ゆーりも混乱してはいますけど」


 肩を掴んでいた手を離し、僕は深呼吸した。


「ゆーりは、死んでしまったことは覚えてます。胸を貫かれる感触も、熱さも。意識が無くなって終わる感覚も。でも、そのすぐ後に、気がついたらここに立ってました」

「なんだそれ」


「文章を生み出すことで、それが現実になって、悠里ちゃんの死が歪んだんだよ。なかったことにはなってないけどね。ただ、死んだのは事実として、生きているんだよ」


 死んだらもうそこにはいないという現実の理論が消失した世界。

 

「そんなの、もう」


 なんでも、ありじゃないか。


「この世界は、小説なんだよ」


 リーネがもう一度真実を言う。


「素名くんには、知らないでいてほしかった。この楽園で、ずっと笑っていてほしかったよ」


 リーネは寂しげに、今にも泣きそうに微笑んでいた。


 この世界は、小説。


 雪山の時、リーネが読者だの主人公だの言っていた時から予感はしていた。でも怖くて訊けなかった。そして今突き付けられた。



 ――この世界は、小説だ。




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