もう少し早く、勇気がほしかった

巴菜子

君の1番、私の1番

「ナノカ、1人?」

「うん。セイラが用事あるらしいから」

「そーなんだ。じゃ、一緒に帰ろーぜ」

「ん、いーよ。あんたも1人なの」

「うん。ミズキが早退したから」

話しながら階段を降りる。よく考えてみると、2人で下校するのはこの学校に入学して以来、初めてだ。

「なんか、また身長伸びた?」

「うん、今176センチ」

「よし、まだ抜かされてないな」

「何センチ?」

「178センチ」

「ギリギリじゃん(笑)ところで、好きな人出来たの?」

「いや、それがなかなか」

「まだ諦めてないわけ?ミズキさんは?」

「だっていないんだって。ミズキも違う。自分、理想高いですから」

「いやいや、ミズキさんはモデル級だろ。あんたの好きな人はそれ以上のスペック持ってねーよ」

下足ホールに着いた。下駄箱から一昨日買ったばかりの靴を取り出す。

「いや、持ってるよ。眼鏡かけても可愛いし、外しても可愛いし。勉強めっちゃできるし」

「びっくりするほど球技苦手で、先生に呆れられたそうですけど」

「でも努力家だよ。ほぼ毎日近所の公園で練習してたもん」

「身長低いし、ミズキさんみたいにスタイルも良くないし」

「しっかり者だし、責任感強いし、努力家だし、可愛いし、別に太ってないし、結構隠れファンいるし」

「見栄っ張りだし、そのくせ打たれ弱くてすぐ泣くし、めんどくさい性格してるし」

「泣いてたら慰めるし、泣き虫だって可愛いし、別にめんどくさいとは思わないし、それに、」

「それに、何」

「絶対に惚れさせてやるって決めたから」

ニッと笑う。これは危険だ。どんな人でも、この笑顔には負けてしまうだろう。ますます惚れてしまう。

「まぁ、精々頑張って。とりあえず、スタイルは良くないって言ってたって伝えとくから」

「えっ、違っ、そんなこと言ってないって!アヤミはスタイルいいと思ってるって」

「ほんとかなー?」

「ほんとだって!ちゃんとそー言っといてよ!?」

そんな慌てないでほしい。恋する乙女であるナノカにはこのシチュはキツイ。

「はいはい、そう伝えておきますよ」

まだ不安そうな顔を崩さない。

「ま、脈ナシだと思いますけどね。お姉ちゃん、好きな人できたっぽいですし?」

「え!?それまじ!?相手は!?」

「知りませんよ。最近夜、ニヤニヤしながらスマホとにらめっこしてるんです。それだけですから」

「・・・ナノカ、なんか怒ってる?」

「は?別に怒ってないけど」

「いや、絶対怒ってるって」

「なんでそう思うわけ?」

「だって、急に敬語が続いたもん。それ、怒ってるって証拠でしょ?」

幼い頃から一緒にいるからか、こういうことには鋭い。

「別に、あんたに怒ってるってわけじゃない」

「そう?なんかあった?」

心配そうに覗き込んでくる。

「それだよ」

「ん?」

「あんたファン多いんだから、あんまり近づくなってこと」

「え、あ、ごめん。でも、ミズキとかいつもこのくらいの距離」

「ミズキさんは別格だからいいの。私みたいな特別可愛いわけでもないやつだと、ファンは納得いかないの」

「そう、なんだ。え、でもそれって俺に対して怒ってるってことじゃ・・・」

「・・・ちがうの。そうじゃないの」

せっかくこの1年避け続けてきたのに。もうダメだ。溢れてしまう。

「私ね、好きな人いるんだ。その人ね、好きな人いるんだけど、私じゃないの」

「え・・・」

「だからね、私、自分がその人のこと好きってこと、隠し続けてきたの。でもね、その人が好きな人のこと喋ってるの聞く度に、なんか苦しくなってね。最近、避けてたの」

気づくだろうか。もうどうでもいいか。今まで苦しんだんだ。これくらい、いいだろう?

「でも、喋っちゃったんだよね。それだけならまだしも、その人の好きな人のこと、聞いちゃった。私の悪い癖だね。変わってるかもなんて、思ってないのに。いや、ちょっとは思ってたのかも」

さすがに気づいたようで、何か言いたそうな顔でこちらを見ている。

「でも、やっぱり変わってなかった。その人の、あんたの好きな人はお姉ちゃんのまま」

止めようとしても、もう遅い。溢れて、溢れて、止まらない。

「ヒナタ先輩は、ずっとお姉ちゃん一筋なんだもん。ヒナタ先輩がお姉ちゃんの話するとき、すごく嬉しそうで、でも、それを聞いてると、苦しくなるの。それでも聞こうとする自分に、腹が立ってたの。言ってしまえばいいじゃないかって。苦しむくらいなら、終わらせてしまえって!」

息が続かない。視界がぼやけてきた。

「だから!ヒナタ先輩は悪くないの。私が私に、勝手に怒ってただけなの」

顔を上げ、オロオロしている先輩のほうを見る。

「あのね、ヒナタ先輩。ずっと好きでした。今も大好きです。だから、背が低くなりたかったんです。ちょっとでも、お姉ちゃんに近づきたかった。顔も似てるし、距離はお姉ちゃんより近いんだから、背さえ低ければ間違えてドキッとしてくれないかなって思った」

背が伸びないように、牛乳は飲まないようにしたりもした。そんなこと、意味がないとは分かっていたけど、どうしても、好かれたかった。

「・・・ごめんな」

ヒナタがナノカの頭を撫でる。

「だから、それがダメなんだってば」

「うん、ごめん」

そう言いながらも、撫で続ける。

「・・・ごめんね」

「なにが」

「めんどくさいでしょ、私」

「いや、ちっさい頃から一緒だから、このくらいなんてことない」

「そっか・・・。確かにそーだね」

うまく笑えない。あんたのせいだぞとヒナタを睨もうとするが、それすらもうまくできない。

「俺さ、アヤミのこと、めっちゃ好きなんだよ」

「知ってる」

「だから俺はこの6年間、人目もはばからずにアタックし続けてきたわけなんだけど。でも、だからこそ、ナノカがこうやって言ってくれて、めっちゃ嬉しい。ありがとな」

「ん。どーいたしまして」

公園を出る。ナノカが泣きだす前に、ヒナタがそっと誘導してくれたのだ。

「なぁ、アヤミを落とすのって難しいかなぁ?」

「さあ。もしかしてヒナタ先輩、あきらめるんですかぁ?」

「いや、そーいえば俺、アヤミの好みのタイプとか全然知らないなって思って。ま、いいか。俺は俺のままで」

「どーでしょーね」

「怒ってる?」

「怒ってはいません」

怒ってはいない。ただ、改めてライバルアヤミの強さを思い知って、拗ねているだけだ。でも、こんなに愛されている人が自分の姉だなんて、なんだか幸せでもあるのだ。

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