今日から僕は犬になります
鈴本 龍之介
第1話 僕、犬になります
僕はなぜここにいるんだろうか?
知らない家の知らないソファに横になってる。
「やっと起きたか、犬」
犬……?
犬なんて見当たらないけど……
頭が痛くてよく何故こうなったのか思い出せない。
「おい、お前だよ」
「え、僕の事ですか?」
「そうだよ、お前は俺の犬になったんだ」
「…………え、ええぇぇえええ!?」
なんで?なんでだ?
なんで僕が知らない男の人の犬なんだ!?
ちょっと待てよ、もしかしたら犬になったのかもしれない。
腕は……そのままだ。
足は……そのままだ。
顔は…………そのままだ。
じゃあ犬じゃないじゃん!
待て待て、しっかり昨日のことを思い出すんだ。
えーと、えーと……
――昨日の朝
今日も仕事頑張るぞー!
僕はこれから始まる朝礼に備え気合を入れた。
「朝礼はじめるぞー」
「おい、あいつだよ……」
「何やってくれてんだよ……」
何かみんなヒソヒソ話してるけどなんだろ?
いつも通りの朝礼が終わった。
「以上、今日も一日頑張ってくれ」
「はーい」
「そうだ、安野。後で話がある、会議室に来てくれ」
「わかりました!」
上司に呼び出しを喰らった。
なんだろ?
昨日燃えるゴミに燃えないゴミ捨てちゃったのバレたのかな?
とりあえず行ってみるか。
僕は会議室に向かった。
「失礼しまーす」
先に上司が座って待っていた。
「おう、そこ座ってくれ」
「話ってなんですか……?」
「あぁ、その事なんだが…………」
話は先日取引先で粗相を起こした事だった。
打ち合わせ時間に遅れた事、必要な書類を忘れた事、緊張でお腹を壊しトイレに長時間篭った事。
そして、それを今までに何回もしてきた事について怒られた。
「今回の件で向こうとの取引は打ち切りになった」
「それはすいません……」
上司は壁の方を見ながら話しだす。
「謝ってもらっても、もう終わった事だからな。
ただ、この件で会社はかなり厳しくなり数名リストラしないといけない」
「え!?誰がリストラされるんですか!?」
上司は呆れた顔でお前だよと言ってきた。
僕はその日クビになった。
そうだ!昨日は仕事クビになったんだ!
っておい!
何やってんだよ……
とんでもないこと忘れてるじゃん……
いやいや、そんな事どうでもいいんだよ!
どうでも良くないけど……
なんでこの人の家にいるのか思い出すんだ!
昨日はそのあと……
――お洒落なバー
なぜかカップルが隣でイチャイチャしている。
「明日は七夕だね♪」
「でも俺たちは織姫と彦星とは違ってずっと一緒だよー♪」
なーんでカップルがいるんだよぉ!
ずっと一緒じゃねぇよ!
織姫と彦星みたいに離れ離れになってしまえ!
くそったれがぁあああ!
こっちは会社と織姫と彦星になってるんだよぉお!
やってられないよ、マスターにグダ絡みするしかない。
「マスター!なんでクビにされなきゃいけないんだよぉ」
「あんたが悪いからでしょ」
「強い酒をくれぇ!」
あー、ダメだ……
意識が遠くなっていく……
そうだ!僕はクビになった勢いでやけ酒してたんだ!
酒飲めないのに……
それで何で僕は引き取られたんだ?
「いつまでマヌケな顔をしているんだ」
くそぉ、もう考える時間がない。
こうなったら逃げよう!
家に帰ってゆっくり考えよう!
僕はソファから飛び上がり玄関であろう方向へと駆け出す。
リビングみたいな部屋から抜ける。その先は廊下!
そして続く先は……玄関だ!!
このまま外に…………ってあれ。
靴がない!僕の靴はどこだ!
そうこうしてるうちに後ろに気配を感じる。
もう足音もせずに後ろにいた。
この人はなんなんだ……
考えてるうちにそのまま僕は廊下に押し倒された。
「なに勝手に出て行こうとしてるんだ?犬は大人しく飼い主の言うことを聞けばいいんだよ」
顔が近い……
男の人とこんなに顔を近づけたのは初めてだ。
蔑んだ目で見つめてくるその顔は、自信たっぷりの余裕に満ちた顔だった。
カッコいい……不覚にもそう思ってしまう。
そのまま手を掴まれ引き上げられる。
「昨日の事を話してやる、戻れ」
「……はい」
何故こんなにも素直に従ってしまうんだろう。
僕の心はまだドキドキしてる。
急いで駆け抜けてきた廊下を戻り、さっきまで寝ていたソファに座る。
「お前はどこまで昨日の事を覚えている?」
ドキドキしてる気持ちを抑えながから昨日のことを思い出す。
「バーでお酒を飲んでから記憶が……」
「そうか、なら簡単に言うぞ。今日からお前を引き取る」
「引き取る……?」
――昨日のバー
意識が遠くなっていく……
「もうやめときなって……あ、大塚さん」
「なんかやばい奴に絡まれてるじゃん」
「そうなんですよ、このお客さん全然帰ってくれなくて……」
「へぇ、だったら俺が引き取ろうか?」
「え、いや悪いですよー」
「いいよいいよ、いつも良くしてもらってるから」
「じゃあお言葉に甘えて……」
僕が気絶してるうちにこんな事になってたなんて……
「聞いた話だが仕事もクビになったみたいだな。それにお店にも迷惑かける、そんな奴の面倒を俺がみてやるって事だ」
「いや、そんなの迷惑なんで平気ですよ」
「口答えするなよ?犬は飼い主に従順じゃなければいけないんだからな?」
あの顔でまた僕を見てくる。
こうされたら僕は従わなければならないと、本能で感じることができた。
「……はい、気を付けます」
「あ、そうだ。言い忘れてたけど、お前の家引き払っちゃったから」
「へ?引き払った?」
「酔ってたから覚えてないか。凄かったぞー、僕はもうなにもいらないんだーって」
「いーや、それは絶対嘘です!そんなこと言うわけないでしょ!」
「証拠もあるぞ」
そう言ってスマホで録音した音声を流し始めた。
そこから聞こえてきたのは酔いすぎた僕の恥辱だった。
「「も、もうねぇぼくは何にもいらないんだぁ、こらぁ」」
「はいはい!ストーップ!!わかりましたもういいです」
「だから逃げたくても逃げれないってわけだ、よろしくな俺の犬」
「は、はい……」
こうして僕と謎の男の人との共同生活が始まるのだった。
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