第15話
バトル・サンクチュアリ。
この名前を聞いて、将棋の団体戦だとわかる人がいるだろうか。
橘さんいわく、「12人参加だから思いついた」そうだが、まったく意味が分からない。
とにかく、『将棋宇宙』企画の大会が決まり、俺は川崎さん、皆川さんと一緒に「関東若手チーム」として出場することになった。
「いやあ、それにしてもすごいなあ」
目の前でうなっているのは若竹四段。関西若手チームの一人で、今日は対局で遠征してきていた。似合っているとは言えないツーブロックの髪を撫でながら、メンバー表を食い入るように見ている。
「たしかに、びっくりですねえ」
俺らが驚いているのは、ベテランチームのメンバーだった。大将は赤松九段。二冠を獲ったこともある強豪である。現在もB級一組上位で昇級争いを繰り広げて いる。そして、副将、古溝八段。いわゆる「定家世代」の一人で、何度もタイトル戦に登場している。毎年高勝率で、若手の壁になっている存在である。早指しとはいえ、この二人がいる時点でベテランチームが優勝の大本命だろう。
しかし最も驚いたのは、女性枠である。峰塚女流四冠。最強の人が出てきてしまった。絶対王者ともいえる存在であり、タイトルをほぼ独占しているため若手は対戦することすらできない。おそらくはそのことを踏まえて、橘さんが口説き落としたのだろう。
「水仙と女帝かあ」
水仙とは関西若手チーム代表の上園水仙女流初段、女帝とはもちろん峰塚さんのことだ。
「皆川さんもか……」
やはり、実力差は相当ある。そしてもう一人、奨励会チームはつっこちゃん。彼女は一度ネット対局で皆川さんには勝っている。プロ四段を目指す、ということは峰塚さんに軽くあしらわれるわけにはいかないだろう。
チームとしては苦戦必至だが、外から見れば面白い対戦だともいえる。若手がどこまで女帝に通用するのか。
まあ、その前に自分のことを考えないといけない。古溝八段とそこにいる若竹四段、そして奨励会チームの岩井三段と対戦することになる。三人とも初対局であり、今から棋譜を研究しないといけない。
「そういえばさ、金本さんって一緒に研究会してるんでしょ」
「はい」
「皆川さんは姉弟子で」
「そうですね」
「ややこしない?」
「え」
「こう、女の子はなんやかんやなときがあるやんか」
「なんやかんや……」
皆川さんはともかく、つっこちゃんにはそういうややこしさはまったくない気がする。見た目や性格は本当に女の子らしいのだけれど、将棋に取り組む姿勢は完全に「四段」、もしくはその先をを目指したものだ。
……つまり、俺自身、皆川さんがややこしいかもしれないことは否定できない。
「特に皆川さんは気が強そうやし」
「確かに」
「あれやで、メンタリティっちゅうのが大事やからね。団体戦は特に」
「そうですねぇ」
そんな気がしてきた。もちろん俺と川崎さんが頑張ることも大事だが、どうすれば皆川さんが気持ちよく指せるか、というところが鍵となるだろう。
しかし、改めて考えるとどうすればいいのだろう。長い付き合いだけれど、皆川さんについてはよくわからない点も多いのだ。
「辻村君は女心についても要研究やな」
若竹先輩も詳しいようには見えませんけどね、という言葉は飲みこんだ。上下関係については研究済みなのである。
引力を感じた。
いつも歩かない場所。何気なく通り過ぎようと思っていたのだけど、立ち止まってしまった。背中を引っ張られるようにして、振り返る。
ガラス越しに、店の中が見えた。白と黒を基調にしたインテリアに、白と黒を基本とした服が陳列されている。色合いはとても地味なのに、目を惹かれるのはその形からだろうか。気が付くと俺はすでに、店の中に入っていた。
この感じは何だろう……そうだ、先日聴いたギターだ。落ち着いた中にもエッジが利いていて、内側からロックが響いてくるような気がする。
俺は、一着のピーコートを手にしていた。一列に並んだ飾りボタンが、果てしなくかっこいい。値段は……16万円。銀行から下ろせば、買える。
店を出て、ATMを探して走った。運命の出会いを感じながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます