第53話 もうひとつの真実
「──待ってください」
こちらに背を向けて歩き出した朔也に、祐輝は冷めた声で呼びかけた。玲奈が驚いて振り返ったのが視界の端に見える。
朔也はぱっと立ち止まり、それから億劫そうに「何?」振り返った。
「よかったですね。全てうまくいって」
言いながら朔也に微笑みかける。もちろん、本気でそう思っているわけではないが。
「……何の話だ?」
朔也はそう言って目を細めた。とりあえずいったんはとぼけてみるつもりらしい。
「今回の件の首謀者は森下さんじゃなくあなたでしょう。安達朔也さん」
まっすぐに見つめあう──いや、睨み合うと言うべきかもしれない。
「あなたは森下美咲さんの操り人形のふりをして、実際は彼女を操っていたんですよね。唆した、と言う方が的確かもしれませんが」
朔也は黙っている。その表情からは、何を考えているのかまではわからない。
「無理やり仲を引き裂いて別れさせるよりも、松岡さん本人に別れを決意させる方が確実だ、と。恋人に幻滅すれば別れたくなるだろう、と」
美咲が玲奈に直接的な敵意や憎悪を抱いているふうではないのは、傍から見ていても感じられた。おそらく玲奈本人も同じ感想だろう。美咲にとって玲奈が邪魔者であったことは間違いないが、それ以上に「一つの駒」としてしか見ていなかった気がする。
「それであなたはその松岡さんの恋人の不貞を告発する計画を立て、協力を申し出たんです。マネージャーである森下さんなら部室の鍵をこっそり開けておくこともできるし、部活中の出来事なら、鍵の『閉め忘れ』を責められることはあっても、直接疑いがかかることはない。失敗するはずのない完璧な計画です」
襲われた玲奈の交際相手はサッカー部のキャプテンで、襲われたとき連れ込まれたのがサッカー部の部室──その一致が偶然とは考えられない。洋介とその姉に話を聞いたという玲奈も同じ結論にたどり着いたはずだ。
「そして実際、その計画は上手くいきました。でもその陰で、あなたにはもう一つ別の計画があったんですよね」
朔也が何も言わないので、祐輝は話を続ける。
「あなたはところどころにわざとほころびを作り、彼女が──」
祐輝は目で玲奈を示した。
「──自分にたどり着けるようにヒントを残した。自分にたどり着けば自然と森下さんにもつながることになり、計画の全貌が明るみに出ます。そしてそれこそがあなたのもう一つの計画、目的だったんです」
これはさっきのファーストフード店での玲奈と朔也の会話から知ったことだ。それですべてがつながったと言える。発言から察するに、玲奈が考えていたのは別のことらしいが。
玲奈はおそらく、朔也は自分の正体を玲奈に掴ませることで計画を止めさせたかった、あるいは自分をその役から降ろさせたかったために、わざと玲奈にヒントを与えたと考えていた。だがそれでは美咲の玲奈への態度に説明がつかないのだ。
「さあ、ではその計画が明るみに出て松岡さんの知るところとなったときです。陰にいるのはあなたではなく森下さんだと考えるのが妥当でしょう。なぜなら──」
わざわざ明言するほどのことでもない気もするが、ここまで来たので言ってしまう。
「──それはあくまで、松岡さんに想いを寄せる森下さんに利する計画であり、裏を返せば、森下さんに想いを寄せるあなたにとっては不利な方向に働くものだから」
感情を込めることなく淡々と話し進めていく。が、一方朔也にも口を挟む気はないようだった。無表情ながらも耳を傾けているのがわかる。
「あなたの真の狙いは、森下さんが松岡さんにはっきりと拒絶されること、ですよね。森下さんの居場所と、彼女の松岡さんへ想いの行き場がなくなれば、彼女を完全に自分の手のうちに入れることがより容易になるから」
これで、言うべきことは言った。正直、これを朔也が認めようが否定しようが祐輝の知ったことではない。
「……それを証明できる証拠は?」
しばらく間を空けてから、朔也が静かに聞いた。祐輝は思わずふっと息をつく。証拠の有無を気にするということは、その通りだと認めたも同然だ。
「ありませんよそんなもの。最初から証明しようとなんて思ってませんし。ついでに言うなら、このことを森下さんに知らせるつもりもありません」
証明するつもりも美咲に伝えるつもりもないのは本当だった。もちろん、自分の洞察力を誇示したいわけでもない。
「は……? じゃあ何のために……」
朔也の声には戸惑いが滲んでいた。そう、この男にはわからないだろう。
祐輝は玲奈を振り返ったが、その顔にもはっきり「わからない」と書いてある。そのまま何も言わずに、祐輝は朔也に向き直った。
「……少なくとも一番の被害者である彼女には、本当のことを知る権利があると、そう思っただけです」
すると朔也の視線が玲奈へと移った。まともに目が合ってしまったのだろう、玲奈は反射的に一歩後ずさる。
「……生徒会長。言いたいことあるなら今だけど」
本当ならここまで唐突に話を振るつもりはなかったのだが。玲奈が戸惑った顔をしているのを見て申し訳なく思う。
だが玲奈はすっと表情を引き締めて祐輝の隣へと歩を進めた。
「……森下さんとお幸せに」
普段より厳しい口調ではあるが、出てきた言葉に驚く。一瞬、これまでの話を聞いていなかったのかと突っ込みたくなった。
「でも次はないと思って。もしまた似たことがあったときには、しかるべきところに通報するから」
玲奈は朔也をじっと見つめ、はっきりと言いきった。そしてそのままくるりと朔也に背を向け歩き出した。その後を洋介が慌てて追いかける。
「……悪かった、な……」
朔也がつぶやくように言ったのがかろうじて耳に届いた。この分では玲奈の耳には届いていないだろう。だがそれは朔也が玲奈に聞かせたくはないと思ったということであり、また玲奈も聞きたいと思わなかったということなのだ。第三者がどうのこうのと口を出す筋合いはい。
祐輝は朔也を一瞥し、先を歩く二人の背を追った。
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