6
――夜。
ミリーが教えてくれた通り、真っ赤な月が沈むと、あたりは一気に暗闇に包まれた。
窓から見える夜空には無数の星が瞬いているが、月がないためか、かなり暗い。
くるぶしまであるそれは、裾にかけてふんわりと広がっている。
窓から星を見上げていた沙良は、ドクドクと音を立てる心臓の上をそっとおさえた。
――いいですか、シヴァ様が食べに来たら……。
昼間のミリーの言葉がぐるぐると頭の中で回っている。
ミリーは、おそらく今夜シヴァが来るだろうと言っていた。
そして、沙良は生贄として「食べられ」て、十七年の生涯に幕を閉じるのだ。
怖くないと言えば嘘になる。
でも、不思議と逃げ出そうとは思わなかった。
おそらくそれは、今日まで、生きていても死んでいても変わらないような人生を歩んできたからかもしれない。
いや――
そもそも、沙良のこれまでの十七年は、果たして人生と呼べたのだろうか。
それほど希薄で、中身のない十七年だった。
思い出と呼べるものは何もなく、きっと今日の一日が、この十七年の中で一番中身が濃くて充実した一日だっただろう。
だから、心のどこかで、もういいかなと思っている自分もいた。
生贄にされるのは怖いけれど。
できれば痛くしないでほしいけれど。
でも、死ぬのはちょっとだけしか怖くない。
沙良はカーテンを閉めて、ベッドの淵に腰掛けた。
サイドテーブルには、「おやすみなさい」と言って去る前に、ミリーが煎れてくれたハーブティーがある。
大好きな香りが広がる薔薇のハーブティーに蜂蜜を少しだけ落として、沙良はゆっくりとそれを飲みほした。
ミリーに優しくされたのが嬉しかった。
今日まで、誰にも優しくしてもらえなかったけれど、はじめて誰かに優しくされた。
それだけで、いい日だったと思う。
人生最後の日が、いい一日でよかったと思う。
ガチャ
小さな音がして、沙良は顔を上げた。
ベッドから離れたところにある部屋の扉が静かに開いた。
会ったときと同じように冷たい目をした、背の高いシヴァが立っている。
シヴァの氷のような目が、少し怖い。
ドクドクと心臓が音を立てる。
(言わなきゃ……)
シヴァが「食べに」来たら言えとミリーに教えられていた。
夜眠るときの服なのか、ゆったりとした光沢のある黒い服に身を包んでいるシヴァは、無言で沙良のそばまで歩いてきた。
人一人分ほど開けて、沙良の隣に腰を下ろす。
シヴァが腰を下ろしたので、ふかふかのベッドのマットが少し揺れて、沙良は体勢を崩しかけた。
どうにか倒れずに持ちこたえて、シヴァの顔をゆっくりと見上げる。
(言わなきゃ……!)
生贄になるときに言わなくてはいけない言葉だと、ミリーに教えられた。
ぐっと拳を握りしめる。
スっと息を吸い込んで、沙良は言った。
「お、おなみだ、くださいっ」
「――――――」
シヴァの顔を見上げると、眉間にしわを寄せ、ものすごく訝しげな顔をしていた――
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