第6話
俺がチコにモフモフされていると、衛兵のお姉さんが改まった様子で言った。
「あの、カウル君。お願いがあるのであります」
俺は「なんすか?」と返事したつもりだったのだが、チコに揉まれていたせいで、
「にゃんすか?」
とマヌケな返事になってしまう。
お姉さんは、そんな俺もかわいい、とばかりにクスリと笑ったが、すぐに真面目な顔に戻ると、
「『オーワンファイブセヴン』を探すのを、手伝ってほしいのであります。われら衛兵団はパトロールを強化して捜索にあたっているのですが、いまだひとりも見つけられていないのであります。カウル君の協力があれば、見つけられるかもしれないのであります」
なるほど、ようはこの国の平和を乱す悪者を、やっつけるのを手伝って欲しいというわけか。
俺はウイルスとはいえ、この国に厄介になっているのだから、国のために働くのはやぶさかではない。
それに……。
こんな美人のお姉さんに頼まれて、イヤと言えるわけがないじゃないか。
ルールルが、『べつに美人ではないと思いますけど』と横やりを入れてきたが、俺は黙殺してお姉さんの期待に応える。
「にゃんだ、そうにゅうことにゃらおにゃすいごにょうっす! こにょおれに、ろんとまかへてくらさいっす!(なんだ、そういうことならお安い御用っす! この俺に、どんと任せてくださいっす!)」
俺はカッコよく決めたつもりだったが、まだチコに揉まれていたので、また変な声になってしまう。
お姉さんはたまらず、「ぷっ!」と吹きだしていたんだけど……。
その笑顔は、とても素敵だった。
というわけで、俺は、ルーコとチコの3人でパーティを組み、『オーワンファイブセヴン』の撲滅に取りかかることとなった。
『ルーコ』っていうのは、衛兵のお姉さんの名前。
仲間になったのに『お姉さん』や『衛兵さん』じゃ他人行儀だから、教えてもらったんだ。
俺はさっそくルーコとチコを引きつれ、街中をフワフワして、不審者を捜す。
すると、大通りの真ん中で、赤いオッサンを発見。
オッサンはスコップを使って、せっせと往来の道を掘り返していた。
大胆な迷惑行為に及んでいるというのに、道行く人たちはイヤな顔ひとつせず通り過ぎている。
気にしていないというよりも、全然気付いてないみたいだ。
それどころか、オッサンを探しているはずのルーコやチコですら、そばによっても無反応。
俺が教えてやってようやく、ふたりはオッサンを認識していた。
「おおっ!? ほ、本当なのであります! こんな近くに、こんな怪しい者がいただなんて、少しも気付かなかったであります!」
「でも、よく見たらたしかにいるのだ! こんなわずかな変化に気付くだなんて、カウルはすごいのだ!」
ふたりともかなり驚いている。
そして見つかったとわかるや、オッサンもビックリ仰天。
「うわあっ!? な、なんで俺がここにいるってわかった!? 完全に
腰を抜かすオッサンに向かって、腰の剣を抜くルーコ。
「こっちには、力強い味方がいるであります! カウル君がいる以上、お前たちにはもう、好き勝手にさせないでありますっ!」
オッサンは立ち上がり、「しゃらくせえっ!」とスコップを振り回し、ルーコに襲いかかる。
俺はハラハラしたが、ルーコは大振りのスコップをヒラリとかわすと、
「ちぇすとー!」
気合いのひと突きで、オッサンの胸を貫く。
「こ……こんなハズじゃ、なかったのにぃーーーーーーーーーっ!?」
オッサンは不本意でしょうがないといった断末魔の後、アメーバのようにドロドロになっていく。
それが、ロウ人形が溶けていくような死に様だったので、またしてもカートゥーンアニメっぽいな、と思ってしまった。
ルーコは剣についた液体を払い落すと、何事もなかったように鞘に収める。
道行く人たちは、突然始まった大立ち回りに唖然としていたが……。
誰かが拍手をすると、それはやがて喝采へと変わる。
「いいぞっ! 衛兵さんっ!」
「やっつけたのは、『オーワンファイブセヴン』のひとりね!」
「以前にもアイツには街を壊されて、ひどい目にあったんだ! 倒してくれて、ありがとうよ!」
「ずっとやられっぱなしだったから、胸がすーっとしたわ!」
ルーコは声援に応えながら、俺をモフッと掴んで天に掲げた。
「これもすべて、カウル君のおかげなのであります! カウル君がいる限り、この街のどんな悪事でも見逃さないのであります!」
「そうだったのか! いいぞーっ! カウルーっ!」
「へぇ! あんな子が、この街にいたなんて知らなかったなぁ!」
「うふふ、ちっちゃくてかわいいーっ!」
俺は生まれてこのかたこんなに褒められたことがなかったので、なんだかくすぐったい気分だった。
でも、こんな俺でも街の人たちからすっかり受け入れられたようで、本当に良かったと思う。
ルールルは、すっかり呆れ顔だった。
『ウイルスに生まれ変わったというのに、細胞の味方をするだなんて……。カウルさんは、本当に変わってますね』
まぁそう言うなって。
俺の人生なんだから、どう生きようと俺の勝手だろう?
ウイルスってのは、人間に害を及ぼす敵みたいなイメージがあるけど……。
人間に味方するウイルスがいたって、別にいいじゃないか。
するとルールルは、ふてくされるように俺から背を向けた。
『……別にふてくされてなんかいません。カウルさんがどうなろうと、わたくしには関係ありませんので』
まぁまぁ、そう言うなって。
ところでルールル、ずっと気になってたことがあるんだけど……。
するとルールルは律儀に、『なんですか?』と振り向く。
俺はウイルスだから、こんな見た目なのはわかったけど、なんでこんなにちっちゃいんだ?
『そんなことですか。それではまず、細胞の大きさから説明しましょう。
衛兵である白血球は、12マイクロメートル前後、
僧侶である血小板は、4マイクロメートル前後の大きさがあります。
1マイクロメートルは、0.001 ミリメートル。すなわち1ミリの千分の1です』
なるほど、血小板は白血球の3分の1くらいの大きさしかないのか。
それで、ホビットみたいな小さい種族で表現してたんだな。
それにしても、細胞ってちっちゃいんだなぁ~!
『それと比較してカウルさんは、500ナノメートルしかありません。
1ナノメートルは、0.0001ミリメートル。すなわち1ミリの1万分の1です。
カウルさんの大きさをマイクロメートルに換算すると、0.5マイクロメートルです。
白血球の24分の1、血小板の8分の1の大きさしかありません』
ち……ちっちゃ!
そりゃ、赤ちゃんハムスターサイズにもなるわ!
『それでもウイルスの中では大きいほうなんですよ。インフルエンザウイルスは100ナノメートルで、ノロウイルスは30ナノメートルしかありません』
そ……そうなんだ……勉強になるなぁ~!
『でもカウルさんがいま見ている世界は、わたくしが作りだしたものなので、スケールについては適当です。カウルさんを赤ちゃんハムスターサイズにしたのは、そのほうが絶望感があっていいと思ったからです』
って、オイッ!
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