第3話 問答1
「貴様ッ! ここが魔王ヨイヤミ様の御料地と知っての狼藉かッ!」
勇者アカツキに、叱責の声が上がる。
見れば黒いドレスの女性の後ろには、彼女の腹心であろう幾人もの角の生えた男女が控えていた。彼らに気付かぬ程に勇者アカツキは目の前の女性に見とれていたのだ。
「魔……王……?」
その言葉には聞き覚えがある。いま人間界を恐怖に陥れている魔族の頭領であり、人々が、その名を聞くだけで身を強ばらせ逃げ出す存在。それが『魔王ヨイヤミ』だ。
どうやら自分は魔族の領内でも更に足を踏み入れてはいけない場所に踏み入ってしまっていたらしい、と勇者アカツキは目の前の魔族達を前にそんな考えに至っていた。
直ぐ様眼前の魔族一行へと膝をつき頭を垂れる勇者アカツキ。
「知らなかったこととはいえ、申し訳ありませんでした。私の名は勇者アカツキと申します。
この身をもって自国の救済を願い出る為にここまで来たと言うのに、この失態……。どうぞこの体、煮るなり焼くなり好きなように調理して下さい」
早くも観念してその身を差し出そうとする勇者アカツキ。その為にここまで来たのだから、そうするのも当然なのだが。
(できれば魔王ヨイヤミに直に目通りし、窮状を直訴できれば一番だったのだが。これも己が蒔いた種、国の人々には天国で謝ろう)
覚悟を決める勇者アカツキ。それに対して魔族達からは何の反応も返ってこない。不思議に思い顔を上げると、一番偉いのであろう黒いドレスの女性を筆頭に、皆一様に複雑そうな顔をしている。
何かまた失敗してしまったのかと、内心焦る勇者アカツキに、黒ドレスの女性が話し掛ける。
「それは人間界で流行っているのか?」
何を言っているのか分からず、思わず小首を傾げる勇者アカツキに、黒ドレスの女性が話を続ける。
「いままでにも勇者と名乗る者共が何人も何人も嫌になる程、私に戦いを挑んできた。そして私に敵わぬと知ると皆、懐から紙を取り出し、貴様と同じようなことを読み上げるのだ。「私を食べてくれ」とな。まあ、その後は皆一様に狼狽し逃げ出そうとしたので全員殺してやったが。我々魔族は敵前逃亡するような者を最も嫌うのだ。ならば初めから戦わなければよかろう? だが貴様は「食べてくれ」とは言ったがいままでの者共の様に逃げようとしない。こんなことは初めてだ。だから訊きたい、貴様らは一体何がしたいのだ?」
何やら王から聞いていた話と噛み合っていない。勇者アカツキは説明をしようと思うが、その前に確認しておかなければならないことができた。
「無学無知の私に一つお教え願えないでしょうか? 夜空の様なドレスが、まるで自身の一部であるかの様に似合うあなた様のお名前を」
悪い気はしなかったのだろう。黒ドレスの女性は「フフッ」と軽く笑みをこぼした後、勇者アカツキを真っ直ぐに見つめ答える。
「私が、魔王ヨイヤミだ」
呆れる魔王の腹心達を尻目に、勇者アカツキは愕然としていた。
世界が畏れる魔族の王が、目の前にいる美しい女性だと? 違いなど角が二本生えているだけじゃないか、と混乱し困惑する。
「で、どうなのだ?」
魔王ヨイヤミが話を促す。混乱したまました話を勇者アカツキは覚えていなかった。気付けば魔王ヨイヤミも、その腹心達も得心した顔をしていた。
「つまり貴様を食べれば、私は更に強大な存在に成れると?」
「伝説ではその様に……」
自身もそこまで伝説に詳しい訳ではない勇者アカツキには、これ以上説明することはできず、それを聞いた魔王ヨイヤミ一行の顔にも、困惑の色が隠しきれていなかった。
魔王ヨイヤミが口を開く。
「そもそも私も、我ら魔族も人間など食さぬ」
「そう……なのですか?」
魔族に詳しい訳でもない勇者アカツキには、それが真実なのかは分からなかった。
呆けた顔をして、どうしたものかと考え込む勇者アカツキを見ていた魔王ヨイヤミの顔が、まるでイタズラを思い付いた子供の様な顔に変わる。
「そうだな。食べるとしたらその馬だ」
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