魔王さんと勇者くん
西順
第1話 旅立
それは復讐だった……。
魔界より魔族の召喚に成功した人間達は、魔族をまるで兵器か道具の様に前線へ送り込み、人間同士の戦争でその命を消費し続けていた。
それは当然魔界の王ヨイヤミの怒りを買い、魔族による人間界への大侵攻を引き起こすこととなり、ここに、人間対魔族の大戦争が勃発することとなった。
お互いに戦争をしあっていた人間の国々は、そこに別の脅威が生まれたことで人間同士の戦争を止め、結託しあい魔族との戦争に備えるも、今まで互いの戦争自体魔族に頼っていたこともあり、魔族と人間では戦力の質、数共に差があり、戦争は魔族の一方的な侵攻を許すものとなっていた。
困窮する事態に各国の王達が集まり話し合う。
藁をも掴む思いで出した結論は、伝説にある勇者をもってこの事態の収拾を図るというものだった。
伝説に曰く、勇者には神より授かりし格別の力があると。
また伝説に曰く、勇者の肉は魔族にとって格別のご馳走であると。
そう、王達は勇者を生け贄として魔族に差し出すことで怒る魔族から許しを請い、生き残ろうとしていたのだ。
そうとは知らされない伝説の勇者、その子孫たちが、各国より魔族に占領されし土地へと旅立って行った。その懐に絶対に開けるなと言われた王達からの嘆願書を忍ばせながら……。
ここに小国がある。
周りを大国に囲まれながらも、通交の便の良さから大国の干渉地帯となり細々と生き延びてきた王国だった。
その城下町に一軒の花屋があった。店主はアカツキと言う一人の青年。心優しいと評判で、去年両親が流行り病で亡くなり、店を継いだ天涯孤独の青年である。
その店の前に二頭立ての豪奢な馬車が止まる。ドアにはこの国の王家の紋章が付いていた。
そのドアを馭者が開けると、中から出てきたのはこの国の王その人であった。
驚くアカツキ青年。城下町とはいえ、場末の花屋に王自らが足を運ぶなど前代未聞であり、彼自身も周りの町行く人々も驚き、困惑していた。
「話がある」
まっすぐにアカツキ青年を見つめ、そう口にする王に、一介の町人であるアカツキ青年に断れるはずもなく、彼は店兼家の奥へと王とその従者達を招き入れた。
アカツキ青年からさし出されたこの家にとっては高級、王にとっては安物のお茶を、王は文句も言わず一口飲み、一度逡巡すると、両手をテーブルにつき深々と頭を下げる。
「頼む! この国の為に死んではくれないだろうか!?」
この国で一番偉い人が自分に向かって頭を下げている。普通であれば驚き戸惑い、パニックになってオロオロするしか出来ないこの状況で、アカツキ青年は湖畔の水面の様に落ち着き、どこか堂々として見えた。
「驚かないのだな」
「これでも勇者の子孫だと言われて生きてきましたから」
互いに目を伏せ、沈黙が辺りを支配する。
口を開いたのはアカツキ青年だった。
「ただ、魔王を倒せと言われましても、私に魔王を倒す力は無いのです。戦士の修行もしていなければ、魔法の才能もありません。勇者の子孫と言うだけで本当に只の花屋なんです」
そうアカツキ青年に聞かされた王は、苦い苦い顔をしていた。真実を話すべきかどうかと。
だが目の前の誠実な青年を、真実を隠したまま死地へ向かわせるのは忍びないと、王は秘匿されるべき真実をアカツキ青年につまびらかに話したのだった。
「そう……ですか」
さすがにそれ以上言葉の出てこないアカツキ青年。
王も周りの従者達も目の前の青年の表情から彼が何を考えているのか読み取れず、長い長い沈黙の時間が続いた。
「私が死ねば、この国の人々は助かるのですね?」
ポツリと俯いたまま話すアカツキ青年の表情は読み取れない。
「分からない。だがもうこの国が生き残る方法はこれしかないのだ」
苦い顔をした王の声は震えている。
「……分かりました」
そう答え顔を上げたアカツキ青年の瞳は、やはり湖畔の水面の様に静かで、しかしとても強い意志を感じるものだった。
数日後、城下町では盛大なパレードが開かれていた。
そのパレードの主役はもちろんアカツキ青年である。
ピカピカの鎧に剣を携え、黒馬に乗った青年は町をぐるりと囲う城壁の門まで練り歩く。
「鎧も剣も馬も、きっとお主を助けてくれるだろう」
門前でそう語る王の顔は固い。それはそうだろう。周りの大国の顔色を伺いながら細々と生き延びてきた小国に、大層な武具が用意できるはずがないのだから。
「いえ、私などの為にありがとうございました。それにこの馬、とても気に入っているんです。名前も決めているんですよ。『シノノメ』良い名前でしょう?」
「……うむ、そうだな」
まるで買い物にでも行くかのように笑顔でそう語るアカツキ青年に王の力まで抜けてしまった。
「達者でな」
「はい! では行って参ります!」
こうしてアカツキ青年は魔族の王ヨイヤミが占領し治める地へと旅立って行ったのだった。
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