Nine

 いつだって球拾いは、僕とNone君の担当だった。ふたりとも野球は嫌いじゃなかったけど、下手くそだったし低学年だったからどうしてもそうなってしまうのだ。


 河川敷に造られた練習場だから、外野のさらに向うには背の高い草が茂っていて、一旦ボールが躍り込んでしまうと簡単には見つからなくなってしまう。

 チームの所有してるボールの数が特別少なかったわけではないけど、少年野球のわりに長打を連発するような六年生が結構いたから、もし拾わずにいたら三日と保たずスッカラカンになってしまっただろう。


 僕たちは草むらを掻き分けてボールを探すふりをしながらよく話をした。新発売のゲームの話とか、漫画の話とか。好きな女の子はそれぞれいたかもしれないけどそういう話はしなかった。


「None君ってさ、野球好きなの?」

「嫌いじゃないよ」

「球拾いばっかりなのに?」

「球拾いばっかりだからね」


 僕が首をかしげると、その様子が可笑しかったらしくNone君は心底愉快だという風にお腹を押さえて笑いはじめた。それからヨタヨタと数歩動いたNone君が隠れていたボールを踏んで思い切り尻餅をついたので、目を見合わせてからしばらく二人で笑い転げた。


 None君は色んな習い事とか塾とかで忙しいんだそうだ。球拾いをやってる間はなんにも考えなくていいから楽しいって。どうりで野球のとき以外に遊ぼうと誘っても淋しそうな顔をするはずだ。


 グラウンドの方でみんなの発している掛け声が、宇宙を裏返したみたいな白い空に消えていく。青い草の匂いが僕たちを包んで、目に見えない時間までが澄んでいくようだった。


「次、どっちが早く見つけられるか、競争しようか?」


 None君がそう言ったのが早いか、キーンと打球が高く飛んだ音を合図に、僕たちは追いかけっこしながら新しい草むらへ飛び込んでいった。



***



 高校生の僕は相変わらず草むらを薙いで球拾いをしている。野球は嫌いじゃないけど、やっぱり下手は下手のままだ。


 たまに、ザッと掻き分けた先に、いきなりNone君が寝転んでいやしないかと想像したりする。あれから九年。None君のお葬式はまだ開かれていないらしい。多分、まだ草むらのどこかで寝転んでるんだろう。


 ○は僕が見つけるよ。そしたら○はiのものだ。僕たちだけで野球ができそうだろ。


 ほら、言ってるそばから――


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