(短編集)あまった部品は思い出に
鵠矢一臣
私種変更
買い物ついでに立ち寄ったワタシショップには、新型のワタシが並んでいた。
今よりも女らしいワタシ、キャリアアップしたワタシ、五キロほど痩せたワタシなどなど。春を控えたこの時期は、新しいワタシが目白押しだ。
ここ四年ほど、まだ使えるからと騙し騙し、今のワタシのまま過ごしていた。本当のところはもうだいぶ前からあちこち擦り傷だらけだし、保護シートの下なんてひび割れてしまっている。しかも近頃は何をするにもキャパオーバーで、新しいことなんて何一つできやしない。
回りの子たちはどんどん新型に変えていく。
「変えない理由ってなんかあんの?」
いつだったか、流行りのドリンクを写真に撮りながら友人が言った。
その時はなんと返事をしていいかわからず曖昧に頷いただけだったけれど、よくよく考えてみれば理由はシンプルだった。
私は、今のワタシが安心なのだ。
どれだけ傷つけられても落とされても、しぶとく壊れずにいてくれた。風景や思い出や夢さえもホンモノ以上に美しく、ワタシの中に留めてくれた。なにより、今のワタシを好きと言ってくれた人がいた。
ワタシじゃなかったら、私はとっくの昔にダメになっていたんじゃないかと思う。
けど最近では、帰りの電車に乗る頃になるともうエネルギーはカラカラになっている。いずれ消耗はさらに激しくなっていくだろう。家と職場の往復だけで力尽き、私は結局ecoモードで暮らすより他なくなるのだ。波風立てずアンテナもたたんで――
店員が訊ねる。
「本日は機種変更ということで、どういったワタシをお探しですか?」
「あの……、今より前向きで、もっと色んなことに努力できて、才能があって、できたら勇気も……」
手元の端末を操作しながら事務的に相槌を打っていた店員は、私の希望を聞き終えるとバックヤードへ向かった。
途端に耳が熱くなる。漠然とした言葉ばかり並べ立ててしまった。もっとちゃんとワタシについて調べてから来るべきだったのに。これじゃまるで幼稚園児じゃないか。
にぎった両こぶしを膝の上に乗せて縮こまっていると、ほどなくして店員が二体のワタシを引き連れて戻ってきた。長めにアイライナーを引いた知的な印象のワタシと、今とそれほど見た目は変わらないけど髪が少し傷んでいるワタシ。
聞けば、どちらも機能面に変わりはないらしい。今とほとんど同じ境遇で、どちらも一生懸命に努力して、どちらも自分なりの居場所を見つけているそうだ。
ディスプレイしてあったワタシは売り切れで、他に私の希望する条件に合ったワタシの在庫はないらしい。
「じゃ、じゃあ、他はどうでも構わないので、夢を追いかけてるワタシはありませんか?」
あまりオススメはできませんが、と店員がバックヤードから連れてきたワタシは、丸々と太っていてポテチをひたすら貪っていた。
結局、その場では決めずに店を後にした。帰宅すると、そのまま着替えもせずベッドに倒れ込む。
「ねえワタシ。私は、どのワタシを選んだらいいのかな?」
ワタシは私の音声を認識してなんでも答えてくれる。しばらく間をおいてからワタシが言った。
「ワタシなら、知的なワタシを選びます」
四年前に選んだこのワタシは、『正直なワタシ』だった。周りに嫌われたくなくて、失敗したくなくて、自分を誤魔化してばかりの私が心底嫌いだったからだ。
でも、私は何も変わらなかった。どうやら、そうやって自分を嫌って予防線を張って、心にもない言葉も、必死に努力しない事も、正当化していたようだ。それが私の本心だった。
「……ねえワタシ。いままで、ありがとうね」
「どういたしまして」
そして私は、『私』を変えることにした。
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