第11話 先生の同窓会に私がお邪魔していいんですか?
新米編集者である私――
すべては
編集長にも私が担当に戻った話は通っているらしいが、
「喧嘩でもしたのか? よくわからんがもう作家を泣かすんじゃないぞ」と釘を差されている。
ちなみに袖野先生が泣いた理由はずっと理解できなかった恋愛感情を知ることが出来たこと――しかし、その相手が同性である私だった、という話である。
しかし、明神先輩の奇計により、私達はまた作家とその担当編集として二人三脚で頑張ることになった。
先生に恋愛感情を向けられていると思うとドキドキするのは、私自身が自覚してないだけで実は自分はバイセクシャルなのだろうか? という疑問は残るが、まあとにかく先生と仲直り――いや、喧嘩したわけではないから関係修復というべきか? ――できたのである。その事実さえあればいい。
「美咲さん、折り入ってご相談したいことがあるのですが」
袖野先生の邸宅。
執筆部屋の障子を開けるとそこはもう縁側で、立派な日本庭園が広がっている。
先生の話では自分では手入れできないので庭師が出入りしているそうだ。
やっぱり先生ってお嬢様だよなあ……。
まあそれはともかく、縁側で足をブラブラさせながら庭を眺めていると、先生がなにやら手紙のようなものを持って私に話しかけてきた。
「えっ、その校章……もしかして
手紙に印刷された、真っ白な藤の花をかたどった金箔押しのマークは、この街では有名なお嬢様学校の校章だ。
「ええ、白藤女学院はわたくしの母校でして。以前、中高大と一貫校に通っていたのはお話しましたよね」
たしかに、白藤女学院はエスカレーター式の一貫校だ。元華族の出身とかエリート官僚の娘とかが入る超名門校。袖野先生、何者なの……!?
「同窓会のお誘いなのですが、学生時代のわたくしは浮いていたというか、遠巻きに見られているような感じだったので、一人で行くのは心細くて……できれば美咲さんにご
白藤女学院は、学院祭ですらも他校の生徒や外部の人間を招待しない謎めいた学院だ。その校舎の中を見られるチャンスなんてきっと二度と無い。
「いいですけど……私みたいな外部の人間が入って大丈夫なものなんですか?」
「まあ、マネージャーみたいなものですし、いいんじゃないですか」
先生は存外あっさりしている。
ほ、本当に大丈夫なのかな……? 校門あたりで追い返されたりしない?
私は一抹の不安を抱えつつ、先生と同窓会に行く約束をしたのである。
同窓会当日。
私は昼の太陽に照らされ、まぶしいほどに輝く真っ白な校舎を、口をぽかんと開けて眺めていた。
校門のあたりに警備員がいたが、袖野先生が口利きをしてくれたおかげで、なんとか敷地内には入れた。
白藤女学院はミッションスクール――つまりはキリスト教系の学院だ。聖母マリアを崇拝しているらしく、マリア像と思われる女性像が持った水瓶から水が溢れ出る池がある。
グラウンドや校庭など、外部の目に晒されそうな場所はすべて森で隠されている。おそらくあの森、なんらかの生態系がある、と思われるほどの面積である。
玄関に入ると、ステンドグラスにあの白藤をかたどった校章が白黒で彫られていて、白い藤や百合の花をあしらった生け花が飾られている。上品で静謐な雰囲気に呑まれそうになる。
「美咲さん、お手を。迷わないようにしっかりついてきてください」
うん、そうだよね。絶対この学校、部外者が入ったら迷子になる可能性大だわ。
袖野先生に手を取られ、ついていくと、同窓会の会場はどうやら体育館のようだ。
その体育館だって普通の学校のそれに比べれば天井が高く、ボールを投げても天井に引っかかったりはしないだろうな、と思うほどだ。
料理の盛られたテーブルが並べられ、立食パーティー形式になっていて、なんだか舞踏会の会場に来た気分だ。
女性たちがお喋りに興じていたが、袖野先生が体育館に入った瞬間、シン……と静まり返る。
無理もない。この会場にいる女性たちの中でも、袖野先生はダントツに美しい。
しかし、静かになったのも一瞬のことで、次の瞬間にはキャーキャーと黄色い声が上がる。
「白雪さん、ごきげんよう! あの頃と変わらない姿でビックリしてしまいましたわ!」
「テレビではお見かけしないけど、今は何をしていらっしゃるの?」
あっという間に女性陣に囲まれて質問攻めにあってしまう。
「今は小説家をしております」
袖野先生は落ち着いた様子で質問に答える。
「小説家? あら、まあ……」
「お父様のあとを継いで議員になると思ってましたわ」
ぎ、議員……?
今明かされる衝撃の事実に、私は震えた。
袖野先生って、実は結構すごい人……?
「ところでこの方はどちらさま?」
女性陣の関心は私にも向けられる。
「わたくしの担当編集者です。ええと……芸能の世界で言うマネージャーのような……?」
「あらまあ、こんな一般庶民が白雪さんの身の回りのお世話を?」
完全に下に見られている。ぐうの音も出ないけど。
「――わたくしの恋人に対して、失礼ではございませんか?」
袖野先生の怒りが混じった冷たく硬い声に、辺りが静まる。
「え……? 白雪さんの、恋人……?」
同窓生たちは皆一様にサーッと青ざめている。いや、私も袖野先生の恋人とか初耳なんですけど、発言を許されるような雰囲気じゃない。
「――そんな! 私だって白雪さんのこと、ずっと想ってましたのに!」
「私も!」
「そもそもマネージャーの分際で、白雪さんに手を出すなんて!」
女性たちは阿鼻叫喚であった。女子校にはビアンが多いとは聞くけど、絶世の美女である袖野先生は女性すら魅了する美貌だから無理もない。
「あなた方は、わたくしが好きというわりには、わたくしを遠巻きに見るだけで声もかけなかった。仲良くする努力も怠ったあなた方に文句を言われる筋合いは無いと思いますけれど」
「だ、だって、あの頃の白雪さんは高嶺の花で、ファンクラブでは抜け駆け禁止の規律も敷かれていて――」
「知りませんよ、そんなこと」
袖野先生は冷たい声音でバッサリと切り捨てる。予想はしてたけど、ファンクラブあったんだな……。
「結局わたくしは友人の一人もできず、いつも孤独でした。あなた方には想像もできなかったんでしょうけれど、わたくしは毎日寂しい思いをしていました」
「そんな……私達はそんなつもりじゃ……」
「わたくしはそれだけを伝えに、ここに来ました。この学院にいい思い出なんてありませんでしたから、本当は不参加のつもりだったのですが」
そう言い捨てて、袖野先生は
「帰りましょう、美咲さん。もう用は済みましたし、こんな無礼な人たちと無理に一緒にいる必要はありません」
袖野先生は、私の手を引いて、体育館を出た。
……私の背中からは、後悔に泣き伏せるような女性たちの泣き声が聞こえる。もっと仲良くすればよかった、もっと声をかけて一緒にいたかった、友だちになりたかった、告白しておけばよかったと。
「……先生、これで良かったんですか?」
「いいんです。わたくしは過去を精算しに来ただけですから」
袖野先生は、スッキリした爽やかな顔で笑っていた。……背後の泣き声を聞きながら、よくそんな顔で笑えるものだ。
「あと、私、先生の恋人になった覚えはないんですけど」
「ああ、とりあえず既成事実を作っておこうと思いまして」
明神先輩に教えられた「時間をかけてじっくりと堕とす」というアドバイスをガン無視である。
「せっかくここに来たついでですから、校内をご案内しましょう」という先生の提案に従い、私と先生は校内を巡る。
教室や廊下自体は普通の学校とそんなに変わらないが、歴史と伝統のある学校のわりには古臭さというか、あまり使い込まれた感じがしない。新品を保っている、というか。おそらく清掃や手入れを徹底的に行なっているのだろう。
中庭に入るとまるで植物園だった。ベンチに座り、しばらく花を愛でる。
「――わたくしの父は、国会議員なんです」
不意に、袖野先生が口を開いた。
「遠縁には総理大臣になった方もおります。母は元華族の出身。躾が厳しくて満足におもちゃや漫画、ゲームも買い与えてもらえませんでした」
やっぱり袖野先生はすごい人なんだな、と思いながら、私は黙って話を聞く。
「もちろん、わたくしが小説家になることには一家どころか親戚総出で反対されました。わたくしは誰にも言わずにインターネットで小説を連載していて、作家としてデビューすると同時に家を出奔しました」
そりゃ、そんな名家出身で小説家なんて、普通は反対するよな。おそらく本来は父と同じ国会議員を引き継ぐはずだったのだろう。先生はその敷かれたレールから自ら降りたのだ。
「今は亡き祖父だけが、わたくしの夢を後押ししてくれて、自分の家にわたくしを住まわせてくださいました。今わたくしが住んでいる家が、祖父から受け継いだ遺産です」
「そういうことだったんですね……」
やけに大きな家に一人で住んでいると思ったら、昔は同居人がいたのか。
「……美咲さん、お願いがあるのですが」
袖野先生は真剣な顔で私を見る。
「――わたくしと、同居する気はありませんか?」
「ど、同居?」
作家と、担当編集が?
「いちいちわたくしの家に通わなくても、一緒に住んでくださったら身の回りの世話も楽になるかな~……なんて……」
「先生……普通の大人は自分の世話くらい自分でするものですよ……」
そう言うと、先生はいかにも恥ずかしい、と赤面していた。……先生の赤面とは珍しいものを見られた。
「そ、それに出版社からわたくしの家、近いですし……通勤も楽になるのでは?」
まあ、それは一理ある。仮に私が担当する作家が増えたとしても、先生の家に同居すればいざというとき安心だ。
「そうですね……編集長に許可が取れたら、一緒に住んであげてもいいですよ」
「良かった。実は一人であの広い家にいるの、心細かったんです」
祖父のいなくなった一人きりの家で、ただキーボードをカチカチ叩く音だけが響く世界を想像すると、たしかに寂しいものはあった。
まあ、恋人になる段階を飛び越えていきなり同居というのはハードルが高いが、女性同士のハウスシェア、と考えれば不自然ではないだろう。
後日、編集長から驚かれつつも許可を得た私は、引っ越し屋を手配して、憧れの小説家と同居する準備を進める運びとなったのであった。
〈続く〉
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