第56話 その言葉が響いて……

 私とクラーナは、犬の獣人達が暮らす隠れ里に迷い込んでいた。

 そこで私達は、サトラさんという人間にも理解がある人の家で、一晩を過ごしたのだ。


 私達は、サトラさんの作ってくれた朝食を頂き、いよいよ帰る時間が近づいて来ていた。


「さて、もうすぐ、道が開けるはずだよ」

「そうなんですね。サトラさん、色々とお世話になりました。ありがとうございました」

「一応、お礼を言っておくわ。ありがとう」


 私とクラーナは、サトラさんにお礼を言う。

 これで、サトラさんともお別れなのである。


「うん?」


 そこで、クラーナが声をあげた。

 その声は、警戒の意思が思える声だ。

 なんだか不安なので、クラーナに聞いてみることにしよう。


「クラーナ、どうしたの?」

「……この家の外に、気配を感じるわ」

「気配?」

「ええ……あまり、いいことはなさそうね」


 どうやら、家の外に何人かが集まっているようだ。

 ここに集まるといったら、犬の獣人達しかないだろう。


「……目的は、私か」

「……そうかもしれないわね」


 犬の獣人達が、サトラさんに集まる理由。

 それは、私という人間がここにいるからだと推測できる。


 とても、嫌な予感がしてしまう。


「……どうやら、囲まれているみたいだね。武器も持っているようだ」


 そこで、サトラさんが声をあげる。

 窓から、外の様子を確認してくれたようだ。

 それを受けて、私とクラーナも窓の方を見る。


 サトラさんの言う通り、外は囲まれているようだ。

 しかも、武器まで持っているとは、かなり物騒である。


「このまま、家に攻めてきそうな雰囲気だね……」

「すみません、サトラさんにご迷惑をかけてしまって……」

「別に構わないさ。あんなのどうしようもないしね」


 私のせいでこうなったが、サトラさんは許してくれた。


 ただ、この状況をどうにかしなければならないことは変わらない。


「……まったく、本当にどうしようもない連中ね」

「クラーナ?」

「アノン、私が出ていくわ。あの馬鹿どもに、思い知らせなければ気が済まないもの」

「それは、駄目だよ……いくらなんでも、危険過ぎる」


 悩んでいる私に、クラーナがそう言ってきた。

 だが、それは危険だろう。

 あんな物騒な連中の元に、クラーナを向かわせるなんて、とんでもない。


「アノン、大丈夫よ。同族の私には、手なんて出せないわ」

「あんな風な人達に、常識なんて通用しないよ……」

「そんなことはないわ。あれにそんな勇気なんて……」

「二人とも、相談中悪いけど、もう遅そうだ……」


 私とクラーナが話していると、サトラさんがそう言った。

 それがどういう意味か、すぐに理解する。


「開けろ!」

「出てこい! 人間!」


 外の獣人達の攻撃で、この家の戸が破壊されたのだ。

 そこから、外の様子が見える。

 獣人達は、少し離れて、私が出てくるのを待っているようだ。


「……」

「アノン!」


 その方向に、私はゆっくりと歩き始める。

 この状況になって、逃げるのは不可能だろう。

 それなら、一か八か説得しようと思ったのだ。


 私が外に出ると、周囲の獣人達が声をあげ始める。


「人間だ! 出てきたぞ!」

「薄汚い人間だ!」

「排除するんだ!」


 さらに、獣人達が弓を向けてくる。

 あまり、説得できそうな状況ではないかもしれない。

 それでも、やってみなければならないだろう。


「待――」


 そう思い、私が口を開こうとした時だった。


「待ちなさい!」

「クラーナ!?」


 クラーナが、現れたのだ。


「なんだ! お前!」

「邪魔だ!」

「人間を庇うな!」


 クラーナは、私の前に立ち、周囲の獣人達を睨みつける。

 獣人達はクラーナに対して、色々言っていた。

 ただ、クラーナの登場で、少しだけ勢いが弱まっているように見える。


「あなた達、恥ずかしくないの?」


 そんな獣人達に対して、クラーナはそう言い放った。

 その声色は、とても冷たい。


「何を言う!?」

「どうして、人間の味方をする!?」

「お前だって、人間に虐げられてきただろう!?」


 クラーナの呼びかけに、獣人達が口々に反応する。


「……確かに、虐げられてきたわ」


 その言葉に対して、クラーナはゆっくりと口を開く。


「人間は、私を受け入れてはくれなかった。私が犬の獣人だったから。種族の違いだけで、私を虐げてきた……まるで、今のあなた達のようにね」

「き、貴様! なんてことを……!」

「お、俺達が、人間と同じだと! と、取り消せ!」


 クラーナの放った一言に、獣人達が反応する。

 だが、クラーナはそれを気にせず、言葉を放つ。


「アノンのことを、何も知らないくせに、人間というだけで、彼女を排除しようとする。私達を獣人だからといって虐げてきた者達と何も変わらないわ! そんなこともわからないの!? あなた達は、虐げられた者の痛みを知っているはずなのに、それを相手に与えるなんて! 恥を知りなさい!」


 クラーナの言葉に、獣人達は沈黙する。

 さらには、武器を落とし始めた。

 クラーナのおかげで、私の危機は去ったようだ。

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