第39話 空中戦
雄大な積乱雲をズタズタに引き裂き、二つの流星が幾度となく大空で激突する。
「ビームマシンガン、セ〜ット☆」
僅かに先を往く黒騎士が、後方より追撃する忍へ両掌を突き出す。手首の付け根の孔からオレンジ色のパルスシグナルが、弾丸となって追いすがってくる忍へと放たれた。
忍は銃撃を上方向へ直角に軌道を変えて回避、その後も追尾してくる弾丸も右へ左へ高速でジグザグ飛行して対処していく。
重力を完全に振り切ったかのような忍の変則的な飛行技術に、しかし黒騎士の仮面の下で、ティルナノーグがニヤリと嗤う。
「あ~、はぁん? しのぶくんってば、そーなんだ〜♪ くふふ♥」
かなり距離が空いているハズが、ティルナノーグの嫌味ったらしい声が、忍のすぐ近くから聞こえた。ここはヤツらの創った異界故の仕掛けがあるのだろうが、耳障りだ。
「どういう……ことだ、ティルナ、ノーグ?」
「どうやら彼、空が飛べるわけではないね。空間を蹴った反動でジャンプしているだけだ。さっき会話してるときも、その場でピョンピョンしてたから怪しいと思ってたけど」
「そんなもの……見れば、分かるだ……ろう」
「むう! 可愛くないなぁ〜」
アルカディアの呆れる溜め息と、不満げにむくれるティルナノーグの声が、銃声の合間に届くのが鬱陶しい。だがそれ以上に、図星を差されたのが腹立たしかった。
(やっぱバレるよな、そりゃ!)
ティルナノーグから指摘されるまでもなく、それは忍本人が一番解っていることだ。
慣性制御で何もない空間を蹴って移動するのは、実のところ普通に壁を蹴った反動で跳躍しているのと変わりがない。一般人にはそれすら不可能というのは置いておいて、どう頑張っても大雑把な直線軌道でしか移動できないのだ。
その気になれば大気圏を離脱かのうな推力だって出せるが、戦闘機とドッグファイトするような技術ではないのだ。
黒騎士も、忍の不格好な飛び方からそれを見破ったようだ。
「それに、しのぶくんさ〜? 遠距離攻撃する手段とか持ってる?」
ティルナノーグの嘲笑う声とともに、黒騎士の両肩のアーマーが展開して赤いカメラレンズ状の機関が出現。やや速度の遅い光弾を放った。
パルスレーザーが直線的な弾道なのに対し、光弾は忍が回避した方向へ軌道を変えて追尾してくる。加えて、レーザーよりは遅いとはいえ、忍では直線軌道でギリギリ振り切れるかどうかという、絶妙に嫌らしい弾速であった。
「んの……っ!! ええい、メンドくせえ!」
埒が明かないと、忍は拳を握って軌道を変更、黒騎士目掛けて最短距離をかっ飛ばした。
パルスレーザーを殴って弾き、斜め前方から迫る光弾も同じく裏拳で撃墜した、その瞬間である。
突如として光弾が激しい閃光と衝撃波を放って爆裂し、忍の体を明後日の方向へ吹き飛ばしたのだった。
「うおおっ!?」
巨大な鉄球を叩きつけられたかのような破壊力に、忍の体が慣性を失って空中を舞う。
重心を操って姿勢を整え、状態復帰させようと背後の空間を蹴ろうとし、
「げっ!」
すでに周囲一帯が光弾に囲まれていることに気付き、青ざめた。
「ちなみにそれ、ただの追尾機雷じゃないんだゼ☆」
「へ?」
「光粒子……フル、チャージ!」
黒騎士の、両肩のレンズが稲光を起こす程に強く発光していた。明らかにヤバい攻撃の前兆である。
忍は周囲を見渡し、光弾の密度が薄い方向――真下へ向かって加速。雲の切れ間から、眼下に広がる青一色の海へ墜落していく。
「フォトン、ブラスター!」
その背中を狙って、黒騎士が両肩から超光熱の白光を放った。
エリュシオンとは性質が異なるようで、光と同速のレーザーではない、高熱を伴った衝撃砲らしい。
しかしその熱量が問題で、直線距離で1キロ近く間合いが離れているというのに、すぐ後ろから電気ストーブを最大にして炙られているように背中がジリジリする。
射線から逃れようと真横に思いっきり舵を切った。蹴っている暇がなかったので拳で空を叩いたが、強引な軌道修正のツケで塞がりかけていた胸の傷が開いてしまう。
(い、痛がってなんていられねえ!!)
発射前に回避せねば間に合わなかったエリュシオンの熱線ほどではなくとも、余裕を持って相対せる兵器でもない。体の向きを変える間も惜しみ、忍はとにかく距離を稼ぐことに集中した。
ところが、熱線が先行する光弾を巻き込んだその時だ。光弾が輝きを増しながら一回り膨張し……弾け飛んだ。
さらに熱線の射線から外れていた光弾までもが連鎖的に爆裂。夥しい数の針状レーザーとなって四方八方へ飛び散った。
「な、なんだ!?」
一瞬の出来事に何事か理解出来ず、忍は咄嗟に両手足をぎゅっと抱き寄せるように体を縮めた防御を固めた。
交差した両腕、両足の表面に、無数の光の針が突き刺さってサボテンのようにされた。針になっても高熱を放っており、皮膚の内側に焼け付く痛みが走る。
そのうえ、髪の毛一本にも満たない細さ故に防御の隙間を軽々すり抜けてくる。
「うぐっ!?」
胸の傷口にまで喰らってしまい、思わず変な声を出してしまう。
肉と神経を直に炙られ、自分の体から香ばしい匂いがしだして、さすがの忍も恐怖と焦りを覚えた。
幸い、レーザーの本数と命中制度はどちらも一気に致命傷になる攻撃ではないが……それも間合いが離れていてこそだ。
「ふっふーん♪ ちなみに今のはリハーサルぅ……だよん♫」
唄うように耳元で囁いてくるティルナノーグの声が腹立たしい。後ろ手にぶん殴ってやりたいところだが、敵は遥か遠くの空で不自然な黒点として微かに視認できるだけだ。
その黒騎士は両肩を開いたまま、春先のスギ花粉さながらに光弾をばら撒いていた。
「弾幕の密度は一発目の十五倍ってところかな〜。一発の威力は然程でもないけど、全身針山になっても生き残れるぅ?」
「へっ!! 余裕こいてんじゃあねえよ、ポンコツが! すぐさっきのエセメイドと同じ目に合わせてやらぁ!」
「あ〜、そのエリュシオンだけど、コアだったら回収済みだよ? トドメ刺し損ねたね〜、しのぶくん?」
いらん情報まで追加しての挑発に、つい玉砕覚悟で突撃してやろうかとお持った、その矢先。幸か不幸か刺さったレーザー針の影響か、足に力が入らない。
「はえっ!? まず……っ!!」
体を丸めたまま、忍は真っ逆さまに落下していく。黒騎士も気付いたらしく、アルカディアが舌打ちする声がした。
「考えた……な、あいつ……」
「ん?」
発言の意図が分からぬまま、忍の眼前ではグングン青い大海原が迫っていた。
(ん、海水……水? あ!)
唐突な閃きから空中を殴った忍は、海面目掛けて加速を付けて飛び込んだ。
海にしては水温が高く、若干抵抗が強い気がしたが、それでも水は水だ。潜ってしまえば、レーザーも弱体化してこっちに届かなくなる。
そう考え、敢えて海中に潜行した忍だったが……耳元にまたしても、ティルナノーグの嘲りが籠もった溜息が届く。
「多少は考えてるみたいだけどね〜。生キズ拵えたままその海に入るのは悪手だぜぃ☆」
カラカラと癇に触る物言いは、どうやら傷口を塩水につけると滲みるよ? などという安直なアドバイスではなかった。
ふと気付けば、水中に流れ出した忍の血の匂いに惹かれて、無数の小魚の群れが彼の周囲に集まっていた。
カミソリのような鋭い歯がびっしりと並んだ獰猛な口が、忍の肉を狙って殺到する。
(ピラニア……じゃねーけど、どう見ても肉食魚だな、おい!?)
一匹、二匹ならともかく、巨大な一つの影に見えるぐらいの群れとなれば、黒騎士とはまた違った脅威であった。
戦闘の一団は掴み取ったり、逆に噛みつき返して捕食したりで対処したが、数百匹規模の群れが相手ではあっという間に囲まれてしまう。
魚の歯は忍の皮膚を貫くことはなかったが、数の暴力で水底へ引きずり込んでいく。
(んなろっ、文字通り雑魚が鬱陶しい! つうかくすぐってえ!!)
ダメージも無いが、忍とて陸上生物だ。長時間の潜水は命に関わる。
しかし、息継ぎをしようにも見上げた海面にはびっしりと光弾に覆われていた。
海面に触れた光弾は、その瞬間に弾けて小規模の爆発を起こす。それが連続でいくつも起こり、水面は沸騰したように波立っていた。
「むふふ〜♪ しのぶくん、どこかな〜? そこかな〜?」
「レーダーが……魚群を捉えて、いる。あの辺り……いや、こっちか?」
(わざとやってんのか、こいつら?)
こちらに声が届いているのなら、位置だって把握しているだろう。現に、女神二人は相談しているようで、海面スレスレをホバリングしているのが思いっきり見えていた。
(おちょくりやがって……つうか雑魚どもも鬱陶しい!)
両の拳を固く握った忍は、空中を蹴るのと同じ要領で、海水を思い切りぶっ叩いた。
途端に大量の海水が爆ぜて、海面に水柱が上がる。ついでに雑魚の群れもまとめて空中へ放り出してやった。
「にゃんと!?」
さらに連続で海水を殴りまくり、いくつも爆ぜた水柱によって大量の海水が豪雨となって降り注いだ。
黒騎士が無数にばら撒いていた光弾が、水に反応して一斉に起爆。周囲一帯が真っ白な光に塗りつぶされた。
「しまった、センサーがぁ〜!!」
「味な、真似を……!」
そうして怯んだところを、見逃してやる忍ではない。
水柱に乗って空中高くへ飛び出していた忍は、黒騎士の背後から飛びついた。
「げぇっ!?」
ティルナノーグが悲鳴を上げるが、もう遅い。
右肩の発射を大きな掌で鷲掴みにした忍は、材質不明の装甲を紙のようにむしり取った。
「うげっ! は、離れろよぉ!!」
ブースターを噴かして身をよじる黒騎士
「さっきからベラベラベラベラ、耳元でうっせーんだよガラクタが!!」
「!? そ、装甲表面の圧力危険域……!? ティルナノーグ!」
黒騎士は全身を強張らせて、忍を弾き飛ばそうとする。
忍も負けじと指を突き立てて踏ん張りながら、装甲板を次々とむしり取っていった。
「ひぃぃっ!? ぶ、ブースト・オン!!」
慌てふためくティルナノーグが、背中のジェットを最大に直上へ向けて加速する。
「馬鹿が!」
その最中、忍は左手と両足で敵にしがみつき、右手で空間を叩く。
黒騎士がバランスを失い、飛行軌道が直角に逸れた。
「ぐっ!?」
「逃がすかよ、おらぁ!!」
予期せぬ横Gと忍による締め付けで、黒騎士の装甲がベキベキとひび割れていく。忍が引っぺがした右肩から、小さな爆発が起きた。
それを目敏く見つけた忍が、剥き出しの発射口に肘を右肘を振り下ろす。と同時に、発射口上の空間を力任せに押し込んだ。
「がっ……圧力……上昇!?」
「空気をよ、押すんだよ! こうやってなァ!!」
「ひ、ひぃぃ!! アルカディア、後任せたぁ!!」
悲鳴同然の叫び声を上げて、黒騎士の胸部装甲が開いてティルナノーグが飛び出した。そのまま振り向きもせず、空の彼方へ飛び去っていく。
「見捨てられたなぁ、ポンコツが!!」
「いや、これで……良い」
何が良いもんか、と続けようとした矢先、黒騎士の体から力が抜ける。
何かヤバい、そう忍の本能が察知した、その刹那。
忍の視界が、強烈な閃光と爆発に飲み込まれた――。
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