第5話 「事件解決」
ペトリーナが無事に帰って来たのを見たズォリアの狂喜乱舞ぷりと言ったら、しばらく夢に出てきそうなくらいのインパクトだった。
「おおおおおお! ペトリーナ! よくぞ無事に帰って来た! 怖かっただろう! 可哀想に! お前がいなくなったらワシは……ワシは……うおおおおおお!」
ズォリア・コルティ、男泣き。娘の前で跪き、あたふたと踊っていた。
「えっと……ズォリアさん?」
俺が言葉を失っているとペトリーナはクスクスと笑った。
「気にしないで、アレイヤさん。お父様はいつもこんな感じですのよ。私がちょっと怪我するだけでも大騒ぎする人ですから」
何という親馬鹿。父親という生き物は普通こうなのか?
「あ、あははは。それでですね、ズォリアさん」
俺は事の顛末を端的に伝えた。するとズォリアは目を丸くし、涙を拭いて俺に頭を下げた。
「なんと! アレイヤ少年がペトリーナを助けてくれたというのか! この恩義、キリネミア霊山より高くオンデネ海底神殿より深い! コルティ家当主として、ペトリーナの父として、心よりの感謝を申そう!」
「キリ……え? なんですって?」
どっかの地名だろうか。この世界の固有名詞を比喩に使われてもいまいち伝わらない。でも、ズォリアの感謝の大きさは態度からひしひしと伝わってきた。
「俺は当然の事をしたまでですよ。俺の人術は人を助けるためにあるんです」
「ふむ。その人術とか言ったか。異世界にはワシの知らん力があるのだな。今朝は君を足手纏い扱いしてしまい申し訳なかった。魔術師でなくとも、君は強い男だ。体も、心もな」
ズォリアは今度は謝罪の意味を込めて頭を下げた。これには俺も慌てて止める。
「や、やめて下さい。俺がズォリアさんの立場なら同じ事を言ったと思います。謝らないで下さいよ」
見知らぬ人間をいきなり信用出来ないのは当たり前だ。俺を弱く見積もるのも自然な流れだ。それを悪く言うのは気が引ける。信頼は勝手に訪れないし、行動で勝ち取るしか無いんだ。
「謙虚な少年だ。まだ若いのに大人だな! アレイヤ君。ペトリーナも。今はゆっくり休みなさい。サブヴァータの始末はワシらに任せろ。今さっき、サブヴァータ討伐隊を派遣した所だ。ペトリーナを助けるために向かわせたが、このまま戻らせるよりサブヴァータを追わせた方が良いだろう。事情を伝え次第、救助作戦を追跡作戦に変更する!」
ズォリアは携帯電話のような機械を耳に当て会話を始めた。予想だけど、これは魔術を使った連絡装置じゃないだろうか。番号を打つ素振りは一切無かったのに通話が繋がったし。
「アレイヤさん。今はお父様のお言葉に甘えさせて貰いましょう。お怪我はされてませんか? 私、回復魔術は得意ですのよ。診て差し上げます」
ペトリーナは袖を捲り俺を引っ張って部屋へ連れて行く。
「え? 別に大丈夫だぞ。怪我とかしてないし」
「にわかには信じられませんわ。あんな事があったのに。殿方はすぐに強がりますから」
あんな事とは、銃弾を手で止めたり爆発を口内で受け止めたりした事を指すのだろう。確かに若干無茶したけど、舌がヒリヒリする程度で大した怪我じゃない。看病なんていらないのに。
誘拐された直後にこうも溌剌としていられる彼女のメンタルに、ただただ感心するだけだった。
「それでは、始めますね」
ペトリーナは俺をベッドに座らせて、俺の顔の手を添えた。
「女神メリシアルよ。癒しの力をお貸し下さい。『ヒール・レイ』」
すると舌の痛みがみるみるうちに消えていった。これがペトリーナの回復魔術か。体験してみると不思議な感覚だった。
「優しいお父さんだな。ズォリアさんは」
さっきのやり取りを思い出して俺は微笑ましくなった。娘のために怒り、娘のために泣き、娘のために笑っている。ちょっと過剰ではあるけれど、愛のある親だと思った。
「えぇ、とっても。コルティ家の跡取りだから大切にしてるのも、少しはあるでしょうけど」
ペトリーナは悪戯っ子みたいに笑った。親子二人の仲の良さが、俺には眩しく映った。
「サブヴァータの……フォクセルとか言ったっけ。あいつらの事はズォリアさんに任せよう」
ペトリーナを助け出した以上、俺の出る幕は無い。犯罪者を捕まえるのはプロの出番だ。
「あの人はとても恐ろしい人でしたけど……お父様のお仲間はとっても優れた魔術師ですから、きっと心配ありません。メリシアル神のお導きで、罪人は必ず裁かれます」
今もこの国のどこかに潜んでいるであろうファクセル。でもあの恐ろしいズォリアの逆鱗に触れたのだから、無事では済まないはずだ。エリート魔術師の集団に追われるフォクセルを想像したら、敵ながら可哀想に思えてきた。
しかしフォクセルの目的は何だったんだろうな。身代金目的の誘拐にはやはり思えない。本気でペトリーナを殺そうとしていたし。
暗殺が本懐で、身代金の要求はカモフラージュ? だとしたら、何故ペトリーナの命は狙われたんだろう。彼女が『神降宮』とやらを守護する一族であるのが関係してるんだろうか。
俺はまだこの世界の情勢を全く理解していない。今度新聞でも読み漁ってみようか。
「ペトリーナ姉ちゃん! 大丈夫!?」
部屋の戸からイブが顔を覗かせ、心配そうにこちらを見ている。ドタドタと足音を響かせ、オリオも部屋に入って来た。
「姉ちゃんだ! 姉ちゃんが帰って来た!」
ペトリーナが無事に戻って来て、子供達は顔を明るくさせた。子供達はペトリーナに抱き付き顔を埋める。
「ふふっ。ただいま、みんな。私は平気よ。心配かけちゃったね」
笑顔で子供達の頭を撫でるペトリーナは聖女のようだった。役職的に本当の聖女ではあるのだろうけど。
「ペトリーナ姉ちゃん! もう離れないでね!」
「ごめんねオリオ。私はずっと、みんなの側にいるから」
泣き始めたオリオをペトリーナは宥める。ペトリーナが子供達にとってどれだけ大きな存在か如実に表れていた。救出が遅れていたら、ペトリーナだけじゃなくこの子達の幸福も失われていた。そう考えると俺は、結構大きなものを守れたのだろう。
早期解決出来て良かった。俺がペトリーナ達を眺め満足感に浸っていると、部屋の隅で俺をじっと見つめる子供の存在に気付いた。
あの少女は確か、俺が監視塔跡地に向かう時に屋敷の前にいた子だ。イブとオリオと一緒に立っていた。名前は知らない。
「………………」
少女は熊のぬいぐるみを抱いて、俺から視線を外そうとしない。警戒するような、値踏みするような、子供らしからぬ不気味な目付きだった。
「えっと……」
何か俺に伝えたいのかもしれない。そう思って声をかけようとすると、少女は一瞬だけ口角を上げて即座に俺から逃げ出した。
「な、何だ……?」
幼い子の行動は突拍子も無いな……。
怒ってる訳ではなさそうだけど。一体何がしたかったんだ?
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