戦闘と真実


 暖炉に片膝を立てて座るベルゼヴィードは、右手で小さな三つの球体を回転させて遊んでいる。そしてそれを一つずつ口に含んだ。よく見えなかったが、おそらく……


「んん、やはり美味。貴族の肉体は脂身が強すぎて好みではないのだが、何故か眼球だけは極上なのだよ。目が肥えている、と言うやつかな」


 バチュッバチュッと嫌な咀嚼音がオレの耳に届く。それを振り払うように叫んだ。


「何でてめぇが!」


「喚ばれたのだよ。何やら大切な夕食会のためにフルコースを作ってくれと言われてね。これでも私は人間界では名の通った料理人なのだ」


「なっ!? そ、それって……」


 ベルゼヴィードの言っていること全てに驚愕するが、まず何より、まさか、オレ達がさっき食べたのは。


「おや、その表情。もしかして私の料理を食べてくれたのは君たちかな? それは嬉しい。是非感想を聞かせてくれないか?」


 一気に気分が悪くなってきて、腹の辺りに妙な熱と違和感を感じる。動悸が不安定になり、口の中に嫌な感触が広がっていく。立っていられなくなるほどの目眩に襲われて、床に膝をついた。


「お、お前が作ったって……」


「ああ、大丈夫だよ。人が食べるものに人肉は使わない。安心したまえ」


 それを言われて額の汗が止まる。こいつの言葉に初めて安心を感じてしまった。


「さて、私としてはもちろん君も気になるが、今はそこの黒いドレスの少女だ。実に甘美な匂いスメル……。んん、良いね。芳しき匂いスメル……」


 ベルゼヴィードが恍惚とした表情で舌舐めずりをする。しかし、牧村は、


「う、あ……うぇ、ゲホッガホッ!」


 吐いていた。当然だ。部屋に充満する鮮血の匂いに、グロテスクな死体。それらは少女の感性に強烈な毒となって浸食する。


「おやおや。少女にこの光景は少々刺激が強かったかな? 香辛料はほどほどだから良い。過ぎたるは及ばざるが如し」


「うるせぇ!!」


 ベルゼヴィードの興味は牧村に注がれている。これは不味い。今の牧村に手を出される前にこいつの関心をオレに戻す。

 初めて闘った時と同じく、オレから奴に攻め込む。テーブルの上を駆け抜け、龍王の右腕ドラゴン・アームを振りかぶる。それを、


「ふむ。君は少し性急な所があるな」


 首振りでかわされる。龍王の右腕ドラゴン・アームが背後の壁をぶち破り、暖炉を破壊する。半回転して右脚の踵で顔面を蹴りつけるが、クロスした肘で防がれた。危険を感じて靴底でもう一度ベルゼヴィードの腕を蹴って距離を取る。こいつはまさしく全身凶器。ヒットアンドアウェイが最適のはずだ。


「ハハ! 君は相変わらず鮮度抜群だ! さぞ料理のしがいがあるだろう!」


 ベルゼヴィードが両手から刀を生成。一度大きく広げ、胸の前で交差する。その構えで突進してきた。


「くっ!」


 両刃をバックステップでかわしにかかるが、前髪が落ちる。次の右の刺突を身体をひねってかわし、刀の腹を龍王の右腕ドラゴン・アームの掌底で叩き折る。そこから肘打ち、左の掌底。顔面、鳩尾と続けて撃ち込みにかかるが、全て直前で狙った場所から刀を生成してくるせいで、攻撃を当てられない。ならばと足元の食器を蹴り上げて視界を塞ぎ、ベルゼヴィードの顔と皿が重なった瞬間、龍王の右腕ドラゴン・アームで撃ち抜く。初めてまともな手応えがあった。後方へ奴が弾き飛ばされるが、


「見事だが甘い!」


 後ろの壁に叩きつけられる直前、空中で半回転して壁に足をつき、オレに向かって飛び掛かってきた。上下に大きく開かれた両手。下から左手の刺突、上から右手の振り下ろし、二双の刃が迫りくる。上を龍王の右腕ドラゴン・アームの甲で、下を右脚の靴底で抑え込む。


「ハッハー!」


 攻撃は防いだが、態勢が一瞬崩された。そこにベルゼヴィードの口腔から三本の短刀が射出され、オレの身体に飛来する。一本が左肩に刺さるが、二本目は左手で受け止め、顔面に向けられた三本目は歯で噛み砕いた。それでも衝撃を吸収しきることは出来ずに、重心が後ろにズレる。それを利用して、


「ガハッ!?」


 左脚のつま先で、ベルゼヴィードの顎を蹴り上げた。オレは後方へ背中から落ちるが、奴の突進も停止させることが出来た。追撃を警戒して後転ですぐ立ち上がると、


「う、え……」


 その光景に身体が凍りつく。ベルゼヴィードの首が後ろ向きに千切れかかっていた。首の前部が裂け、内部の赤黒い部分を外気に晒している。


「グ、ゴ……ふーむ。ふむ」


 しかし、ベルゼヴィードは両手で首を掴むと、すぐ元通りに戻してみせた。途中で変な音がしたが、奴の顔が正面を向く。


「君は、どこか変化があるね。迷いがない。良い目をしているよ。その目なら、そこに転がっている豚どもなどよりずっと芳醇な味がするはずだ」


「それしか頭にねぇのか、てめぇは」


「もちろんだとも! 生きるために食す! 食すために生きる! 生とは食だ!」


 もともとこいつとまともな会話が出来るとは思ってないし、するつもりもない。一拍だけ呼吸を置いて、再びベルゼヴィードと肉薄すべく、低い姿勢で奴の懐に潜り込む。こいつ相手では守ってちゃダメだ。出来るだけ刀を出させないように一撃を疾く鋭く。

 ベルゼヴィードが畳んだ二の腕から七本の刀を同時に生成してくるが、全て龍王の右腕ドラゴン・アームで薙ぎ払った。広げた龍王の右腕ドラゴン・アームをそのままベルゼヴィードの顔面に叩き込む一手手前で背後に飛び退く。そこには、


「む?」


氷華の槍撃クリスタル・スティンガー……!」


 オレの身体でブラインドになっていた牧村の攻撃魔法が、ベルゼヴィードに叩きつけられる。巨大な氷柱がその腹を貫き、勢いを殺すことなく奴を後方の壁に突き刺した。


「ナイス牧村!」


「良いから構える!」


 一瞬だけ背後の牧村を振り返り、目を前に戻した瞬間、


「うおっ!?」


 ベルゼヴィードが腕から伸ばした長大な刀の切っ先が、オレの眼前まで迫ってきていた。首を振って回避するが、右頬を深く斬り裂かれた。


「ハハハ! 心地良いほど強力な魔法だ! 君が噂に聞く勇者か! 良い! 良い! 食べたい! いや食べよう!」


 腹に大穴を開けられた状態でも、ベルゼヴィードは一向に弱った気配を見せない。むしろどんどん元気になっていくみたいだ。牧村に絡み付くドロリとした視線は、どこまでも狂気と食欲に満ちている。そして、


「フハハハ!」


 ベルゼヴィードは自身に突き刺さった氷柱を刀で斬り落とすと、壁に手をついて磔から脱出した。その過程で下半身は千切れ、上半身と二つに分かれて落下する。


「わ、我が輩、こう言うのも苦手なんだが……」


「だったら誰か呼んできてくれよ。団長か、まぁクロードか」


「こんな狂人を前に知り合いを捨てていけんでござるよ」


 そう言うところは意外と義理堅いのな。それに、二対一なら十分勝ちを狙える。


「我が輩は後ろから援護する。江戸川殿は接近戦で闘うでござる」


「ヤだよ。あいつ近距離が一番強いんだ。お前が行け。勇者だろ」


「ちょ!? 乙女を盾にするとは何たるゲス野郎!」


 牧村の肩を掴んでオレの前に立たせると、猛烈に抗議された。肘打ちが顔面にかまされる。


「もう良いかね? 仲良し君達」


 ベルゼヴィードの声が、オレ達の頭上から聞こえた。天井に張り付いた奴が、回転しながら二人の間に着地する。振り回された刀で全身を薄く斬り裂かれる。


「のっ! うら!」


「せいっ!」


 オレの撃ち上げる右拳、牧村が瞬時に召喚した大剣による薙ぎ払いがそれぞれベルゼヴィードを挟撃する。が、


「ハハハ!」


 ベルゼヴィードは片足で飛び上がり、攻撃をかわす。牧村の大剣に手をつき、それを軸に再び旋回。靴底から生成された刀がオレ達の顔面を襲う。牧村は大剣で、オレは龍王の右腕ドラゴン・アームで防ぐが、二人とも弾き飛ばされる。


「くっ!」


 後方へ飛びながらも牧村が魔法を発動。七つの氷剣がベルゼヴィードに殺到する。しかし全て刃で叩き落される。だが、それは囮だ。牧村の狙いは、


「おら!」


「ほう?」


 床下という死角からの巨大な氷塊による捕獲。ベルゼヴィードの身体が氷に囚われる。


「ナイス、牧村!」


 そこを、オレの渾身の龍王の右腕ドラゴン・アームの一撃を氷塊ごとベルゼヴィードの背中に叩き込む。超高威力の打撃によって氷が全て霧散。奴はそのまま吹き飛び、城の壁を突き破る。屋外まで飛ばされ、例の塔に激突することで停止した。轟音が城内にこだまし、土埃と瓦礫が舞う。


「行くぞ牧村!」


「いや、ここ三階……」


「お前なら飛べるだろ!」


 何故かグズる牧村を無視して屋外に飛び降りた。あいつの感覚はマジで訳分からん。さっきまで強敵相手に闘ってたのに、どうして三階から飛び降りることを躊躇するのか。だが、今はそれよりベルゼヴィードだ。全力の一撃だったが、これで奴が死んだとは思えない。


「おいコラ出てこい変態! 引導を渡してやるよ!」


「……ハハ。これは効いたよ。久しぶりに死がすぐそこに迫ってきたね」


 ゆらりと立ち上がるベルゼヴィードは、左顔面が消失していた。当然脳も半壊しているはずなのだが、生命活動を止める様子も、気配すらない。水飴に似た半透明のジェルのようなものが少しずつ奴の身体を修復していく。何故かボロボロになったダークスーツまでも元通りになっていくのが不思議だ。


「これで良し。いついかなる時も紳士は正装であるべきだ。まして、極上の食材を前にしているのだ。心と身なりを引き締めないとね」


 頭に被った牛骨のせいでベルゼヴィードの目は見えないが、その糸のような目が歪に淀んでいることは予想出来た。暗黒色をしたダークスーツが月光の下に揺れる。高々と掲げた右腕をゆっくりと下ろしながら、刀身でオレを指し示す。


「さぁ。もっともっと、スパイスの効いたダンスをしよう」


「ああ」


 龍王の右腕ドラゴン・アームの指を鳴らして、拳を左手に打ち付ける。両者が一歩を踏み出した時、


「待て」


 牧村がオレの隣に並び立った。


「おや、如何したかな。ドレスの少女。うぅん。月に照らされる君は夜の華のようだ」


「ベルゼヴィード、お主、この世界の住人ではないな?」


 ベルゼヴィードを相手にしない牧村の口から放たれた言葉に、戦闘中だと言うのに固まってしまった。


「え?」


 ダークスーツの男が不敵に笑い、その歪んだ口元から垂れる血を、舌で舐めとった。右手の刀身は月光を反射して輝く。

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