修羅場は続く


 オレと団長が案内されたのは、ここ数日リュカとリーリが滞在していた小さな宿の一室。ベッドが二つと、窓が一つの狭い部屋だ。他に座る所もないので、仕方なく二つのベッドに向き合うようにして座る。脚と脚が当たってしまうほどの距離だ。

 場を仕切っているのは、リュカでもリーリでもなく何故か団長である。しかし話が滞ることなくテキパキと進んでいく。


「さて、先ほどは私のせいで混乱させてしまったな。すまない」


 あまりにすらすら話すので、本当にそう思っているのか怪しいものだ。


「私は、グリフォース・レギオン王の親書を、雷神卿アスモディアラに届ける使いの者だ」


 リーリの眉がピクリと動いた。


「おい、そんな話、オレも聞いてないぞ」


「聞かれなかったからな」


 その態度に、これ以上追求しても仕方ないと悟る。元々人間嫌いのリーリは、遠慮なく不審の目を団長に向けている。リュカはと言えば、まだオレを睨んでいた。怖い。


「人間の王が、魔王様に何の用だ」


「さぁ。私も親書の内容は知らないからな。届けるだけが私の役目だ」


「そんなことはどうでも良いのです」


 そこで口を開いたのはリュカだ。厳しい視線を団長に飛ばす。


「あなたはどこの誰で、エドガーさまとどういう関係なのですか?」


 いつもは柔らかい雰囲気の者が、たまに怒ると果てしなく怖いということがある。リュカがまさしくそうだった。朱の瞳には灼熱を、蒼の瞳には極寒を宿している。


「ふむ。私は暁の騎士団団長、ティナ・クリスティアだ。君たちも魔族なら、聞いたことくらいあるだろう」


「っ!?」


「え?」


 そこからのリーリの行動は素早かった。一瞬でリュカを自身の背にかばい、窓際にあった壺を手に武装する。


「人間界最強の騎士が何故ここに!? まさか……貴様ら、最初から私達をおびき寄せるのが目的で!?」


「違う。今の私に、君たちへの戦意はない」


 動揺するリーリを落ち着けるようにそう言うと、団長は腰にさげた長剣をリーリに差し出した。


「私が今持っている武器はこれだけだ。預かってくれて構わない」


「なんだと?」


「私は、君たち魔族と話がしたいのだ。この村のように、すでに友好的な関係を築けている魔族と人間もいる。しかし、魔王軍と騎士団はそうはいかない。それは何故なのか。その原因を知りたいのだ」


 団長の言葉に嘘がないことは、その態度を見ればわかる。しかし、魔族の二人はそうは受け取れなかったみたいだ。


「話がしたい、だと? ふざけるのも大概にしろ。人間は魔族の敵だ。命が惜しくば、今すぐ境界の向こうに引っ込むんだな」


 リーリは戦闘態勢を崩さない。隙を見て壺をハルバードに持ち替えようとしている。リュカでさえも、団長の言葉を信じていない。


「それはおかしな話だな。では何故、人間であるダーリンを婿になどしようとしているのだ?」


「私はそのことには反対している」


「ややこしいからダーリンて呼ぶな」


 ダーリンに反応してまたオレをきっと睨みつけてくるリュカ。いや、この場合は団長を睨んでくれよ。


「では、この村の共存関係にはどう説明をつけるのだ? どちらも非常に友好的だし、争い事など起こってはいないではないか」


「我々は誠実な者には寛容だ。人間も魔族も関係ない。全ての人間が敵ではないことくらい理解している。その気持ちを踏みにじったのは、貴様らではないか」


「私だって誠実な気持ちで話をしたいと思っている。そこを無視されてはたまらない」


「貴様は騎士だ!」


 リーリが叫んだ。その声には深い憎しみが刻まれている。


「魔族を殺し、村を焼き、資源をむさぼる。強欲のままに我らを蹂躙してきた罪、決して消えると思うな!」


 これは、団長が何を言っても無駄だろう。リーリの態度はどこまでも被害者だ。自らに害をなしてくる者に許しを与えられる被害者は多くない。ただ、一つ腑に落ちないのが団長の態度だ。人間だって、魔族に刈り取られた命は少なくないだろう。それを口に出すことはしない。


「困ったな。テーブルについてくれなければ話し合いにならない。この無益な争いを、いつまでも続けると言うのか?」


「無益ではない。人間がいなくなれば、魔界は平和になる」


「わかった。あなたとこの話が出来るのは、もう少し先のことみたいだ。いつかそうなることを願おう。では、背後に隠れている君。私は君と話をしようではないか」


 団長は、リーリとの対話を諦めた。いや、先延ばしにした。そして次に目をつけたのはリュカだ。


「君が、あのアスモディアラの娘で、ダーリンの嫁だな。名前を聞きたい」


「……リュカ、でございます」


 リーリの背中から顔を出して答える。ベッドをきしませて、再び向き合う形で座りなおした。リーリもそれを止めようとはしない。団長に戦意がないことを認めたのだ。


わたくしにも、あなたに問いただしたいことがあります。随分と高尚なお話をされた後で申し訳ありません。が、あなたはエドガーさまの何ですか? 何故ダーリンなどと呼んでいるのでしょう」


 リュカの眼光は鋭い。時折見せるその表情は、紛れもなく魔王の娘だ。


「ふむ。そうだな。私は隣のダーリンに、裸を、一糸まとわぬ肢体を視姦されたのだ」


 唐突に変態が発揮された。


「え、エドガーさま!?」


「何をしているんだ貴様は!!」


「待て! オレにも弁解の余地は大いにある!」


「私は嫁入り前の身だ。そんなことをされれば、娶ってもらうしかないだろう」


 動揺するオレ達がついてくるのを全く待つことなく、団長は話を進めていく。いかん。このままだと事態がさらに混迷していく。オレがきちんと説明するしかない。


「王都で色々あったんだ。その結果として、オレは王城に招待されたんだが、そこで団長の裸を見ちまったんだ」


「な、なんてことを……!」


「聞け! まだ続きがある! この人は、団長は自分の執務室では常に全裸なんだ! それを知らずに部屋に入っちまったオレに、しつこく迫ってきてるだけだ! どうだ! オレは何も悪くないだろう!?」


 もはや必死である。身振り手振りを盛大に織り交ぜて、ひたすら弁明する。かつてあのポンコツがオレに説明していた時も、こんな気持ちだったのだろうか。リュカとリーリも、少しずつ事情が飲み込めてきたようだ。二人のゴミを見るような視線が、わずかだが柔らかくなってくる。一つ救いなのは、となりの変態が余計な口を挟んでこないことだ。まぁ、オレがその口を抑えこんでいるからなのだが。


「……どう思いますか、リーリ」


「嘘は……言ってないみたいだ」


 リュカの目は真剣そのものだ。対してリーリは、もう完全にどうでも良いらしく、随分おざなりだ。今すぐにでも勝手にやってくれと言い出しそうだ。ただ、少し前の彼女ならば、これを好機と見てオレとリュカを破局させようとしてきただろう。その辺が変わってきた点だ。


「気になるのは……」


 リュカは徹底してオレへの不信感を払拭しようとしない。


「エドガーさまと、団長様のその後のことです」


 何だろう。真剣に話しているが、リュカの言いたいことがわからない。


「その、裸を見たのでしょう? だったらその後……」


「いや、だから何?」


「ふ、二人の、その……わかるでしょう? 男女の、営みというか……」


 わかった。そう言うことか。リュカは、言ってしまった後から恥ずかしさが限界に達したのだろう。シーツを握りしめながら、その顔をリーリの背に埋めてしまった。


「ああ、それはない。私は処女だ」


「恥じらいを持て。恥じらいを」


 明るく笑いながら答える団長は、一向に変態モードを解除しない。


「そ、そうですか……」


 リュカはまだリーリの背中から顔を上げない。耳たぶまで真っ赤だ。そんなに恥ずかしいのなら言わなきゃ良かったのに。リーリがポンポンとリュカの頭を優しく叩く。


「ほら、もう気がすんだだろ? オレと団長は何もない。あってたまるか」


「そうだ。私は結婚さえしてくれれば文句はない。二番でも三番でも構わない」


 これは団長が常に言っていることだが、この世界は一夫多妻制なのだろうか。だが、アーノンの口ぶりからして、そんなことはないように思える。団長の言葉に、リュカがまたゆっくりと顔を上げる。リーリの背に強く顔をこすりつけ過ぎて、鼻の頭までも赤くなっていた。


「わかりました。つまり、エドガーさまがどうこう、と言うより、あなたがエドガーさまにつきまとっているのですね?」


「まあ、そうとも言うな」


 そうとしか言わねぇ。本当にこの団長は面倒くさい人だな。独身をこじらせすぎだ。そんな団長を、リュカが前のめりで睨む。


「ならこれまでにしてください。エドガーさまは私の婚約者になられるお方です。あなたに横から出てこられては困るのです!」


 リュカは依然として強い口調を崩さない。矛先がオレから団長に移ったおかげで、その姿を落ち着いて観察できるようになった。今後怒らせてしまった時の参考にしよう。


「リュカ……! こんなにも堂々と騎士に抗議出来るようになるなんて……! すぐにでも魔王様にお伝えせねば!」


 そして、リーリが妙なポイントで感動していた。胸元のポケットから取り出したハンカチで目尻を拭う。ただ、そんなリュカの態度も、団長には効果はないだろう。この人は腐っても騎士団長だ。リュカのようなフワモコ魔族に凄まれたところで、鼻で笑って流してしまうはずだ。


「それは難しいな。私にも譲れないものがあるのだ」


 具体的には婚期とかかな。この人がオレの予想どおりに動いてくれたのは、もしかしたら初めてかもしれない。一歩も引くことなくリュカの瞳を見返している。


「それに、二人はまだ婚約前だろう? そのような不確かな状態の者に、とやかく言われる筋合いはないはずだぞ」


「う……」


 団長が的確に指摘していく。それは、リュカが以前から事あるごとに気にしていたことだ。痛いところを突かれた。そんな顔をして悔しそうにリュカは歯噛みする。今気づいたが、この娘は顔に出やすいな。表情が豊かと言うべきか。

 二人が静かに睨み合う。いや、睨んでいるのはリュカだけだ。団長は余裕たっぷりの態度で、脚なんか組んでいる。そこで気づいたが、団長、脚のライン綺麗だな。


「ま、その辺りは、今後おいおい話していくとして、だ」


 しかし、団長が先に話題をそらした。


「そろそろ魔界に行こうではないか。重要な事は他にまだまだあるだろう」


「私は、騎士などを魔王様に会わせるつもりはない」


 リーリがまた牙をむく。この様子だと、団長はここで帰ってもらうしかない。リーリはもちろん、リュカだって反対するだろうし、オレの意見など、現状での影響力は無いに等しい。


「いいえ、団長さんには、魔界に来ていただきましょう」


 だが、リュカが厳しい言葉遣いで、何故か団長の同行を認めた。当然リーリが慌てる。


「リュ、リュカ!? 何を言ってるんだ!?」


「このお方は、私の敵です。倒すならば、私の有利な場所で戦うべきです!」


「た、確かに敵だが……」


 二人の敵のニュアンスが、微妙に違う気がする。


「ほう、面白い。魔界のお嬢様がどれほどのことが出来るのか、見せてもらおうではないか」


 そして、団長がまた煽るようなことを言う。リュカが団長を睨む。


「いや、しかし……うーん……」


 リーリが悩ましげに、その獣耳をパタパタさせる。どうも困っている時のクセのようだ。リュカと団長の二人に、キョロキョロと目線を行き来させ戸惑っている。


「リーリ、お願いします。これは勝負なのです!」


「……わ、わかった。リュカがそこまで言うなら……」


 そして、小枝のように容易く折れた。


「おいおい。前々から思ってたけど、お前リュカに対して甘すぎないか?」


「なにっ? 私の育児方針に文句があるのか!」


「いや、別に……」


 育児方針なのか。リュカ、お前育てられてるみたいだぞ。それでいいのか。


「さっそく出発しましょう」


 リュカが立ち上がり、引き締まった表情で宣言した。その瞳は決意に燃えていて、オレと団長を焼き尽くそうとしていた。

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