闇のような光のような
魔界への帰還
「おうリューシ! また飲むか!?」
「いや、今日は遠慮しとくよ」
昼間から酒を飲むシャン。いつ仕事をしているのだろうか。変わらず笑顔で迎えてくれる。
「あら、どうやら上手くいったみたいね」
「ギリギリって感じですけどね……」
カウンターにシャンと並んで座る。ギルマスが出してくれたジュースを飲みながら、オレは話を切り出した。
「実はさ、オレ、魔王アスモディアラの娘の婚約者なんだ。まだ確定じゃないけど」
「ブフォッ!?」
シャンが飲んでいたエールでむせた。鼻から盛大にこぼしている。特に嫌な顔をすることもなく、ギルマスがおしぼりを手早く差し出した。
「お、お前、本当に凄い奴なんだな……」
「大したことねぇよ。成り行きに流されてるだけさ」
ジュースにまた口をつける。この二人は本当にオレのオアシスだ。等身大の自分でぶつかっていける。
「じゃあ、これから大変だな。国王さまは知ってるのか?」
「ああ、一応な」
ギルマスが真面目な顔で話に入ってくる。
「私、アスモディアラに会ったことあるけど、結構ちゃんとした魔王だったし、良いんじゃないかしら? もしかしたら、あなたとその娘が、魔界と人間界を変えるきっかけになるかもしれないわね」
「勘弁して欲しいっすよ。オレはそんな器じゃない」
牧村にはヒーローだと言われたが、自覚があるかと問われれば怪しいものだ。
「そうか。じゃあ魔界に行ったりするのか?」
「いや、行くんじゃなくて帰るんだよ。もう向こうで待ってる奴らがいるんだ」
「それは、すげぇな。本当に、これから何かが変わっていくのかもな……」
シャンが少し遠い目をして虚空を見つめる。そして、
「オレは、どんな時が来ても、リューシとは敵にならない。覚えておいてくれよ」
「ああ、オレもだ」
拳と拳を合わせた。とん、と言うその小さな音が、オレの心臓の鼓動と共鳴した。
「魔界に帰る」
腕を組んで、オレは一言宣言した。となりにはシャンと、戻ってきた団長が座っている。
「おう、それがいいさ」
「そうねぇ」
ギルマスもシャンも賛成してくれる。もうこの町に用はなかった。十日という期限はまだ先だが、早い分には良いだろう。
「そうか。では私もついて行こう」
しかし、団長のその当たり前のような発言は、オレには意味がわからなかった。
「は?」
「いや、だから私も帯同しようと言っているのだ」
平然と言ってのけるが、まるで真意がつかめない。
「いやいやいや! 何言ってんだよ! あんた暁の騎士団団長だろ!?」
「そうだ。しかし私は、ルシアル軍と戦ったことがあるだけで、実は六人のどの魔王とも直接会ったことがないのだ。これも何かの縁だろう。アスモディアラには前々から少し興味があったのでな」
「いや、そんな簡単な……」
ギルマスも少し驚いているし、シャンに至っては口をあんぐり開けたまま動かない。
「あんたがいないと困る連中がたくさんいるだろう!?」
「それが案外そうでもない。ルシアル軍との次の戦いは半年後と決まっているし、その時まで大きな戦いはない。クルトに影武者を任せれば問題ないだろう」
オレが何を言おうとぽんぽん切り返してくる。しかし、あの長身の騎士が団長の影武者になれるとは思えない。
「大丈夫。クルトはああ見えて変身魔法が得意でな」
「な、なるほど……じゃなくて! 団長が魔界になんか行けば、袋叩きにされるぞ!」
「どうかしら」
ギルマスが口元に手をあてて呟く。
「エドガーちゃんだって、これまで魔界で襲われた経験はほとんど無いんじゃない? 領地の境界か、よほど好戦的な魔族にでも遭遇しない限り、それほど危険はないわ」
「い、いや、だから……」
どうして団長の暴挙にそんなに好意的なんだ。この人は人間界の要じゃないのか? ギルマスにちゃっかり飲み物を注文している団長が憎たらしくなってくる。
「それでダーリン、魔界へはいつ向かうのだ」
「ダーリンって呼ぶな。そうだな、出来れば今日中、遅くても明日の昼までには出る」
「わかった。では明日の昼、またここで落ち合おう」
そして、オレの予定まで決められてしまった。有無を言わせぬ感じである。
「王都からだと境界まで四日ほどかかってしまうな。私が馬車を用意しよう」
「……あぁもう、何とでもしてくれ。責任は取れないからな」
「構わん。私も騎士だ。自分のことは自分でやるさ」
杯を傾ける横顔は、惚れ惚れするほどカッコいいのだが、その実やってることは我儘放題だ。
「じゃあ、エドガーちゃんは今日もここに泊まっていきなさいな。どうせ宿もないんでしょ?」
「良いんですか?」
「もちろんよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。お金は……」
「そんなの良いわよぉ」
マジか。やっぱりギルマス大好き。この人は本当に器が大きい。伊達に老舗ギルドのギルマスやってない。ならば、オレもただ泊めてもらうだけではなく、少しはこのギルドに貢献しよう。
「じゃあ、今日だけここで働かせて下さい。ある程度のことなら出来ると思うんで」
「あらそう? それならウエイターやってもらおうかしら。お客さんから注文取ってきてね」
「はい」
ギルマスからペンとメモ用紙をもらう。
「ほう。ダーリンの仕事姿か。少し興味があるな。見学させてもらおう」
そして、この騎士団長、本当に全然仕事しないな。実は凄いダメダメちゃんなのだろうか。アーノンの困った苦笑いが目に浮かぶ。
「おう兄ちゃん。こっち注文取ってくれや!」
数人でテーブルを囲んでいた強面の冒険者たちが手を挙げる。早速仕事だ。しかし、そいつらはオレを見るなり固まってしまった。そう言えば、ここ数日オレがこの王都でしでかしたことを忘れていた。
「お、お前……」
「あー、ご注文は?」
何を言われるかわからないが、とりあえず仕事を遂行する。男たちのテーブルは、すでに酒や料理で埋まっていた。この上何を注文すると言うのだろう。
「お、おう。エール四つ。あと、ポルチャカの塩焼き二つ」
ポルチャカとはなんだ。塩焼きと言うからには魚か何かかもしれない。
「はい。少々お待ちください」
今日一日だけの仕事だが、これはかなりきまりが悪い。客にとってもそうだ。出過ぎた真似だった可能性がある。四人に背を向けてギルマスの所へ戻ろうとした時、
「お、おいお前さ、王城で何やってたんだ?」
声をかけられた。何をやってた、と問われても、色々なことがありすぎて、思考がごちゃ混ぜになる。
「えっと、国王様との謁見、かな。お礼言われたよ」
これが一番無難だ。その後襲われたけど。
「そうか。今お前がここにいるってことは、国王様からのお咎めもなかったってことだよな……」
「そう言うことになるかな」
男たちは顔を見合わせる。その中で、一番ガタイの良い男、おそらくリーダーがオレに視線を向けた。
「国王様が、お前に対して何の処罰も拘束もしなかったって言うなら、きっとそう言うことなんだろう。だから、オレ達も普通に接する」
「そ、そうか。そりゃ助かるよ」
「と言うことで、とっとと料理持ってこい!」
男達が笑顔になった。自然とオレの顔もほころぶ。
「ちょっと待ってろよ」
ギルマスがいるカウンターに戻って、注文を伝える。先にエールだけを持たされて、それをまた男達のテーブルに運ぶ。そんなことを数十回繰り返して、オレの一日は終わった。気持ち良く接してくれる客ばかりではなかったが、頭初予想していたよりも、ずっと穏やかに仕事が出来たと思う。
「はい、お疲れ様。今日はもう上がりなさいな。明日から大変でしょ?」
「じゃあ、そうさせてもらいます」
先日泊まらせてもらった部屋をまた借りる。簡素な作りのベッドに崩れるように倒れこんだ。慣れないことをしたせいで、思ったより疲労がたまっていた。
「さて、明日からまたどうなるんだろうな……」
この世界にやってきて、何度明日のことを憂いただろうか。昔から面倒ごとを抱え込むたちなのはかわらない。しかし、そんな今が決して嫌ではなかった。明日に備えて気合を入れて眠る、というおかしな気持ちで、オレは目を瞑った。
「おはようダーリン。良い朝だな」
「本当に来たよ。アーノンに止められなかったのか?」
「泣いて止められたが、振り切ってきた」
「振り切るなよ」
何故か胸を張る団長。アーノンが本当に哀れだ。
「ちなみに国王様にも止められたが、振り切ってきた」
「だから振り切るなよ」
そんな事でよく捕まらなかったな。これ反逆罪じゃねぇの?
「さて、話ならば馬車の中でも出来る。早速出発しよう」
「……そうだな」
団長が用意してくれた馬車は、きちんと向かい合った座席のある、貴族なんかが使いそうな上等なものだった。扉を開けて乗り込む。
「さて、魔界まではこの馬車で向かう予定だが、それからどうするのだ?」
団長もオレの正面に腰掛ける。御者台では、屈強そうな男が二人、手綱を握っている。
「ああ、魔界との境界付近に、貿易拠点になってる村があるらしい。そこで待ってる奴らがいるんだ」
「なるほど。ギルダツの村か。ならばそこまで行こう」
「オレらは良いとして、前の男たちは大丈夫なのか?」
「問題ない。彼らも実力ある冒険者たちだ。少々の魔族ならばものともしないさ」
そうか。ならばオレが心配することではないのだろう。ただ一つ、不安なのは、この狭い馬車の中で二日間団長と二人きりだと言うことだ。なんだかものすごく疲れそうで、出発前からげっそりする。
しかし、その予想は嬉しいことに大きく外れた。道中、団長は無駄話をすることなく頬杖をついて窓の外を眺めているだけだったのだ。時折御者台の二人と進路や進捗状況について会話をするが、オレにはほとんど話しかけてこない。そんな拍子抜けの状態で、初日は終わった。焚き火をかこむ夕食時も、団長は静かなものだった。就寝時すら何も仕掛けてこず、むしろ不気味に思ったほどだ。二日目、オレはとうとう耐えきれなくなって、団長にその理由を聞いた。すると、
「む、ああ、そんなことか。なに、私だって、いつでもやかましくしているわけではないぞ。むしろ、こういう旅などは流れる景色を見るのが好きでな」
「へぇ」
「なに、私に話し掛けてもらえなくて寂しかったのか?」
「違う」
ニヤニヤ笑う団長から目をそらし、オレも窓の外を眺める。
「さて、そんな寂しがりやなダーリンのために、私から話題を振ってやろう」
「すげぇムカつく。で、話って何だよ」
「アスモディアラとは、どんな魔王なのだ?」
意外と真面目な話だった。しかし、アスモディアラか。一緒に生活したのは数日だ。それほどあの魔王のことを知っているとも思えない。
「そうだなぁ。魔王として、はよく分からん。ただ、すげぇ魔力の持ち主ってことくらいかな」
「そうではなくだ。魔王の人となり、と言うのかな。魔王相手に人となりなどと言うのはおかしな話だが。もっと日常的な部分が知りたい」
日常的ねぇ。だとしたら言えることは一つだ。
「親バカだな。娘がいるんだが、とにかく溺愛してる。ぶっちゃけそのことしか頭にないくらいだ」
正直、あの親バカの迫力におされて婚約してしまったきらいがある。
「やはりか。いや、実は昔、アスモディアラのその娘を人質に取ってはどうかと言う作戦があったのだが……」
「やめといた方が良い。地獄を見るぞ」
そんなことをしたら、王都が焦土に変わるだろう。下手をすれば魔界までそうなるかもしれない。オレはそれを止められる自信がない。
「そうか。上手くはいかないな。全く、魔王一体でも厄介だと言うのに、それが六体もいるというのだから、困ったものだ」
「本当、よく人間界存続してるよな。じゃあ、オレからも質問だ」
「なんだ、私の胸囲についてか?」
無視する。
「魔界アイドルレヴィア、そいつのサインが欲しいんだが、何か良い案はないか?」
牧村と話してから、一人で色々と考えていたのだが、一向に良いアイデアが浮かんでこない。
「なんだ。それならアスモディアラに頼めば良いではないか。魔王同士の繋がりもあるはずだ。それこそダーリンにとっては難しくないだろう」
「ああ、そうか」
なるほど。これは頼んでみる価値がありそうだ。しかし、そうなればサインが欲しい理由、勇者のことも話さなくてはならない。オレの今の非常にややこしい立場が周囲に露見する。ただ、その方が動きやすいかもしれない。リーリあたりは激怒してオレに襲いかかってくるだろうが。
予想外に真面目な会話を交わし合いながら、時間は過ぎて行った。その時間があっという間に感じたことは、自分でも驚きだった。
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