Song.67 準備
悠真からの怒りを受けてから、ステージを見れば、見慣れた顔ぶりが準備をしているところだった。
マイクを通さずに、メンバー内で話すバンド。それをどこか怒ったように見る悠真。
それだけ見たくないようだ。
だってそのバンドは、悠真の兄貴がいるLogなのだから。
『準備している間に、ここでプラスワン情報でもお伝えしましょうかね』
他のバンドにはない変わった楽器編成であるため、セッティングに時間がかかっていた。それを見かねて、何やら言い始める司会ことハヤシダ。
『なんとこのバンド、見て通り他にはないヴァイオリンが加わっているんですね』
その声で客席の目は、悠真の兄貴、奏真へ集中する。その目を受けて、軽く手を振る奏真に照れはない。
『ヴァイオリンってだけでも、バンドとして珍しいというのに、彼の弟が他のバンドで今回参加しているみたいなんですよ。いやぁ、凄いですね。兄弟そろっての音楽が好きですねぇ。あ、準備が整ったようです。それではLogです。どうぞ』
悠真の顔を見たら、さっきの怒りはどこへやら、血の気が引いたような顔をしていた。そして続けて深くため息をつく。
頭を抱えている間もなく、Logの曲が始まる。
曲自体はこの前の時と変わりない同じもの。
ハードロックではなく、幻想的なものだ。尚人がから紡がれる歌詞は悲し気で、さっきまで熱気に包まれていた空間をひんやりとさせる。でもそれは決して空気を悪くしたっていう意味じゃない。歌詞が音が声が、心に直接刺さるような曲だからこそ、聞いている人を泣かせている。
俺たちはもうLogの曲を聞くのはこれで二回目だから、曲自体にそんなに驚くことはないけれど、初めての人には衝撃的だろう。ただ、泣くまでとは思わなかった。
前までと変えてきたのは、ライブパフォーマンス。
ベースがひょこひょこ動いていたのに、今回はほとんど動いていない。似合わない白のジャズベースを弾きながら、顔を尚人へ向けては微笑んでいる様子が、ステージ後方の大きなモニターに映し出される。
翼が叩くドラムは、少し音が弱い……気がする。でも全体のバランスはとれているからいいのだろう。バンド内で一番顔がこわばっているが、ずれなく叩いている。
奏真が弾くヴァイオリンのソロともなれば、一層と静かになった会場の注目を一人で集める。
他のバンドにはない空気感のまま、Logのステージは終わりを迎えた。
深々と頭を下げるメンバーへ向け、拍手が送られる。泣いていた人も、涙をぬぐいながら手を叩いている。
『いやあ、圧巻のステージでしたね。どうでしたか、司馬さん』
ステージから撤収する前に、ハヤシダから、そしてゲストからのコメントをもらう。
一言求められた司馬は、マイクを手に取りそれに応じる。
『高校生とは思えない、新しいスタイルを見せていただきました。完成度も高く、自分たちも驚きながら聞いていました。他の音に消されてしまいそうですが、しっかりとヴァイオリンも行かされていて素敵でしたね。お疲れ様でした、そしてありがとうございました』
淡々とそう言って、司馬はマイクを置いた。
Logはぺこりと頭を下げると、すぐにステージから降りて行った。
「ソーマ兄ちゃん、なんか不機嫌?」
「さあね」
大輝の目には、ステージから掃けるときの奏真の様子がそう見えたらしい。
俺からしたら、モニターに映らない以上表情をはっきりとは見えないていうのに、どれだけ目がいいんだか。
兄のことなど、どうでもいいかのように悠真は顔を背ける。
「それより。もう七番目のバンドが準備してる。僕たちももう、裏に行った方がいい」
二バンド前になったら準備を、ってそう言えば言われていた。
出番が近い。そう思うとなんだか急にドキドキしてきた。
「ほら、キョウちゃん。行くよ」
「おう」
緊張を気にすることもなく、瑞樹に背中を押されて歩く。
Logの余韻に浸る客席横の狭い場所から、スタッフ用通路と通って向かうのは楽器を置いている控室。そこにはLogのメンバーが楽器を持ったまま汗をぬぐっていた。
「よう、お疲れさん。俺らの曲、なかなかやろ? あんたらのパフォーマンスとは違う形にしたいって言い張るから変えたんやで。どやった?」
俺らを見るなり、あのうさんくさい祐輔が近寄ってきた。
それに対してあからさまに嫌な顔をしたのは、俺だけじゃない。悠真も似たような顔をしている。
「かーっ! 言葉にならないほど感動したってことやな! だってよ、尚!」
「祐輔が一人で言ってるだけでしょ。呆れた顔してるんだよ、それ」
「尚、冷たい! あっつい体が一気に冷えるわぁ。冷房いらずやん」
相変わらずのおどけ具合だ。こんなやつと一緒にいたら、すごい疲れそうだ。
悠真は「うるさい、黙れ」というような顔で、祐輔に一礼してから荷物を置いてある場所へと向かう。
「なあ、愛しのお兄様の演奏、どうだった?」
黙ったままの悠真に絡む兄、奏真。それをまるで見えない、聞こえないのスタンスで華麗な無視を決め込んでいる。
それでもニヤニヤと何か言い続けている奏真を横に、俺たちも楽器の準備をそれぞれ始めたときだった。
奏真の一言が、悠真の手を止めさせた。
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