Song.64 プロ
Map本来のメンバーは五人。だけど、一人はもう、この世にいない。
それでも解散を選ぶことなく、ひっそりと隠れてきたあいつらがが公の場に姿を現した。
「久しぶりだな、おい……」
メンバー一人が欠けたMap。生きの凝っている他のメンバーがぞろぞろと俺たちの目の前を通って司会者のいる方へと移動する。
先陣を切って進むのは軽い足取りで進む、ドラムの園島。
そのあとに、瑞樹にギターを教えた赤髪が特徴の神谷。
この二人は昔と何も変わった様子を見せず、客席にそして俺たちに手を振りながら歩く。
続いて進むのが、ずっと俺が待ち望んでいたボーカルの
おどおど進む柊木の背中を、司馬が押しているという形だ。
「っ……」
俺たちの前を通るとき、柊木と目が合ったけど、バツの悪そうな顔をしてすぐにそらされた。
俺はあの人を覚えている。小さい頃から何度も遊んでもらったし、我が儘を聞いてもらった。何より、親父の作った曲を歌い上げるあの人が好きだった。その声で何度も励まされたのだから。
しばらく会っていなかったし、俺も最後に会った時から多少見た目が変わっているだろう。だけど、今の反応からすれば、確実に俺のことを覚えている。
何をどう思っているのだろうか。
親父が死んだことを引きずっているのか。
俺が復讐しに来たとでも思っているのか。
俺に恨まれているとでも思っているのか。
どれも半分は当たりで半分は外れだ。
一度は嫌いになった音楽。どんなにつらくても傍にあったMapの曲に励まされて、また音楽と向き合えた。
ショックな出来事で死にたくなるような奴は山ほどいると思う。でも、そんなとき音楽に支えられた奴だっている。俺みたいに。
そんな奴らのためにも、またMapに唄ってほしかった。
そっと背中を押してくれるような、ずっと味方でいてくれるMapに。
でも親父が死んでから、休止状態。
さすがに何年もだんまりを決め込んでいるMapを、誰のためでもない俺のためにも、何とか引きずり出したかった。
またステージに立ってほしかった。
どんな逆境にも立ち向かってほしかった。
強くいてほしかった。
ただの我が儘だけど。
いくら俺が一人であがいても何も変わらなかった。
憧れた存在には程遠いことを痛感した。
いくらネット上で有名になって、多くの人の支えになっても届かない人がいることを知った。
もっと多くの人に音楽を届けるためには、実際にステージに立つしかない。
憧れの存在に近づけば近づくほど、大勢の人に、そして、Mapにも届く。
一人じゃない、このメンバーでなら。
今なら、嫌でも届くんだ。
「――? おい、聞こえてんのか?」
鋼太郎が俺の肩に手を乗せて何かを言っていたようだ。
何も声を出さずに、「?」を頭上に浮かべると、少しあきれた顔をしつつもう一度言ってくれた。
「次、レイ……ラ? って人が唄ってから開始だとよ。俺らは掃けろって話」
「おう、わかった」
いつの間にかMapの話が終わっていた。司馬がマイクを持っているから、きっと司馬が何かを話したのだろう。聞いてなかったけど。
会場を熱くさせるために、Laylaが先にスタートを切るようだ。俺たちの後ろでスタッフが準備をし始めており、並んでいたほかのバンドたちがステージから去るために下手へと歩きはじめている。
その流れに乗って、俺たちも続いた。
プロのライブを見たい。その気持ちは参加者全員総一致。
バンフェスに出ている以上、プロになりたい気持ちはあるはずだから。
ステージを掃けてから、ほとんどのバンドが関係者用通路を駆け、ステージを見に行く。
客席に俺たちが居座れるような席はない。だから、客席に面した関係者用出入り口の前で込み合いながら、ステージを見るのだ。
「バンフェス開幕だぁ! 行くぞーっ!」
女性でありながらたくましいLaylaの声と共に、バックで楽器隊が音を鳴らす。イントロからして、今回はLaylaの中でも一番反響があり、アニメ主題歌になった曲だ。
しっとりしたものではなく、勢いのある爽やかなサウンド。それに合ったLaylaの高く弾んだ声。
途中でシンとなる箇所では、落ち着いた声で歌い上げる。
ステージを左右に移動しては、客席を煽って盛り上げる。
ソロのアーティストのため、バックで演奏する人は機会ごとに違う。毎回演奏隊はひたすら楽器に打ち込むため、目立つことは少ない。でも、なくてはならないもの。演奏技術は確かなものだが、使っている機材もいいやつだな、あれは。
今回のライブ、会場内にファンがいたのだろう。
高低差のある声が入り混じった合いの手が挟まれ、熱気に包まれる。
「ありがとーぅ!」
ダダンッとドラムが鳴らされ、曲が終わった。
Laylaが頭を下げ、拍手が響く。
「これから始まるライブも楽しんでくださいねーっ! それじゃあ、ハヤシダさん! お返ししまーすっ!」
司会者へとバトンが戻される。Laylaは汗をかきながら、ステージを下り、ゲスト用のスペースへと戻っていく。そしてそこでMapのメンバーたちの笑い合っていた。
「ありがとうございましたー。まだ肌寒い季節だというのに、ずいぶん熱くなりましたね。これからさらに、熱くなってもらいましょうか。では、トップバッターの学校は――
やっぱりこの司会者は、さらっと進めすぎる。
プロのライブの余韻に浸る暇を作らずに、バンフェスの本編が始まった。
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