Song.47 Ready
「おい、瑞樹。解説」
文化祭、そして合同ライブ。その二回を通して一切めげることも、泣くこともなかった大輝から漏れたマイナスの言葉。
それが出た理由を聞くために、ずっと一緒にいたであろう瑞樹に聞いてみる。
すると瑞樹はまだライブをしていないにも関わらず、疲れた顔で答えた。
「奏真さんたちが、そのー……」
何とも歯切れが悪い。奏真という名前を出しただけで、悠真の顔が引きつる。
早く続きを言えと言わんばかりに目を向ければ、はぁと息を吐いてから言葉を続ける。
「大輝先輩の声を罵倒して。がなっているだけとか、下手だとか……しまいには、バンドを駄目にしているのはボーカルだとかって。それで……向こうも悪気があって言っているようには見えなくて。奏真さんは少し励ましてくれたんですけどね」
申し訳なさそうに言う瑞樹。多分、その場から大輝を離れさせようとしたのだろう。それに、悠真の兄貴もお世辞でも褒めたのだと思う。
それでも傷ついた大輝が、今、ここに来たというわけか。
あの腹立たしいバンド、罵倒することしかできねえのか。クソ野郎じゃねぇか。
「唄いたくねぇ……」
べそかく大輝のまま、ステージに立てるわけがない。
ボーカルがこんな状態で唄っても、何にも届かないだろう。
俺はもっと素直でまっすぐなこいつの声がよくて勧誘したのに、こんな大輝はらしくない。
どうしたものか。
変に励ませば、もっとネガティブスイッチが入るかもしれない。
瑞樹がどうしようもできなかったのだろうし、俺の手に余す案件だ。
こんなに大輝がメンタルやられるとは思ってなかったから、手の打ちようがない、俺には。
「馬鹿なの? そんなことで泣きべそかいて」
パコーンと音を立てて、悠真は空になったペットボトルで大輝の頭を叩く。
いきなり暴力かと、みんながみんな、唖然と悠真を見る。だけど、悠真は気にする様子がない。
「ユーマァ……」
なんで叩くのと言わんばかりの顔を悠真に向けた大輝。俺もなんでなのか聞きたい。
人を殴り倒すよりも、言葉で倒しそうな悠真がこんな行動に出るなんて予想外すぎて、言葉が出ない。
「知ってるよね、僕がどれだけあの人に罵倒の言葉を投げられて、馬鹿にされていたのか。それで音楽やめようとしたけど、僕はここにいる。それは大輝がしつこいくらいに、絶対一緒にやるからって言ってくれたから。だからここにいるんだけど」
悠真は自分のスマートフォンを取り出して、一方的に大輝が送り続けていたトーク画面を見せつける。
まだ俺たちが悠真を勧誘しようと必死になっているとき、大輝が悠真と一緒にやろうと何度も送り続けたメッセージだった。
いくら無視していても、繰り返し送られていたことに呆れていた悠真だったが、本当は嬉しかったのだろう。
「散々僕に言っておきながら、自分は逃げるの? 言葉に責任を持ってよ」
真剣な声で言う悠真の言葉に、大輝は唇をへの字にしながらも、ぐっと立ち上がる。
「……る。やる! 俺、やるし!」
へこたれた大輝が何とか精神を保ったらしい。
完全回復には至っていないけど、やる気を取り戻している。
「ここで逃げたら、僕は一生大輝を恨むから。僕をまた音楽の道に連れてきたんだから、ちゃんと先導してよね」
「おうよ!」
「ふん」
何だか熱い友情を見せつけられた気がする。こういうのを歌詞に盛り込んだらいいかもしれない。次回の新曲に取り入れようか。
ひとまず、ちゃんとステージには立てそうだ。何はともあれよかった。
「やあーっと見つけた。なんや、えらい場面やし、もしかして元気になってん? そりゃよかったわぁ」
ゆっくりとロビーまでやってきたのは、あのベースの……祐輔とか言っただろうか。お前のせいでトラブってたんだよって言おうとした口を瑞樹に手で押さえつけられた。
「尚が口悪くてな。もしかして泣かせちゃったんじゃないかって思うて、探しにきたんやけど……問題なさそうやん。なぁ、弟くん」
悠真に同意を求めた祐輔だったが、嫌そうな顔を向ける悠真に胡散臭い驚いた反応を返して笑う。
行動も言葉も全てに信憑性がないこの男は、俺的に嫌いな人ランキングの上位に入り込む。
「お騒がせしましたっ。ほら、祐輔も頭を下げて。尚と祐輔がひどいこと言ったんだからね」
祐輔のあとに続いてやってきた、小柄な男。一瞬誰だかわからなかったけど、祐輔、尚と呼ぶ姿からあのバンドのメンバーである翼だと思い出した。
「えー。俺ら何も間違ったこと言うてへんで。事実を言ったまでや。それでへこたれるなんて、ありえへっぐふっ――」
「大変失礼いたしました」
腹に翼の拳が決まり、だらだらと文句を言う口がふさがれた。なんとも強引な口封じだったけど、痛がる祐輔の様子をみて、何だか少しだけスッキリした。
「いえいえ。僕たちも本番前にお邪魔してしまってすみません。お互い、頑張りましょうね」
「ですね」
瑞樹が先陣切って翼と話す。
小柄な二人が話す様子は、何だか似た者同士に見えるし、ほんわかした空気が漂う。
互いに和解を果たしたことで、翼は再び何かを言いだしそうな祐輔を引きずるようにしてどこかへ立ち去った。
「嵐だな、あいつら」
「翼くんはいい人だよ。他の方はちょっとあれだけど」
瑞樹にここまで言わせるのだから、あいつらのバンド……Logはかなり問題のある人が集まっていると見た。
まあ、バンド間で深く交流するわけでもないし、今後関わることもないだろう。
俺たちにできるのは、あいつらもびっくりするようなライブをやることだけ。
できることをやる。それしかない。
「コウちゃん、お腹減ったー」
「知らねえよ、勝手に食ってろ」
「えー」
すっかりいつも通り。
開場、そして開演。気持ちが弾むライブまで、あと少しだ。
☆
「ねぇ、今の見た? 見た? すっごく、青春じゃない?」
物陰からこっそりロビーを見つめる姿が二つ。
赤が混じった髪がトレードマークの男、
緊張と不安、興奮が入り混じった学生たちを見ていた。
「ぼろくそ言われても立ち直るなんてすごいよね。俺じゃ無理」
「なーに言ってんだよ。隆太だって、今まで何言われても無を貫いてきたくせに」
「それは気のせい。アンチ怖いし」
「わかるー」
自分たちと同じ道を進む学生。若々しい姿に過去の自分たちを重ねては、懐かしんでいた。
「ハル! リュウ! 打ち合わせするからこっちこいよ」
「はぁーい」
離れたところから呼ぶ、同じバンドのメンバーに呼ばれて返事をする。
そして二人は暗くなった通路の先へと姿を消した。
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