Song.3 3つめのピース
イヤホンをしていても聞こえる、騒がしい音。そのおかげで集中力が途切れた。いや、もともとそんなに集中できてないし、曲作りは全然進んでないが。
とりあえずは、瑞樹が戻ってきたみたいだし、音楽を止めてイヤホンを外す。
瑞樹が連れてきた男。そいつは見たことがある。
クラスは違うが、休み時間になれば廊下からよくその男の声が聞こえる。確か名前は、
「キョウちゃん! 見つけたんだ!」
大輝の手を引いたまま、俺の席まで足を運ぶ。やっと条件を満たす人を見つけて、瑞樹の心は弾んでいるようだ。満面の笑みを浮かべている様子は、よくやったと褒められるとさえ思っているのだろう。
「キョウちゃんって呼ぶな! バカかっ、お前は!」
思わず声を荒げてしまった。やっぱり、”ちゃん”を付けて呼ぶらしい。瑞樹と二人だけのときならまだしも、この男の前でそう呼ばれるとなんだかイラッとして、思わず瑞樹の頭を叩いた。もちろん、全身全霊、全力で叩いたわけではない。手加減はしているし、泣き叫ぶほどの痛さではないはず。それでも叩かれた瑞樹は、どこか納得がいかない顔をしていた。
「あーっ! やっぱり後輩ちゃんをいじめてんじゃん! 俺が受けて立つぞ!」
叩かれる場面を見ていた大輝が「かかってこい」とファイティングポーズをとる。
運動なんて授業でしかやってないし、筋トレもやっていない俺が、筋肉質の同級生相手に戦いを挑むわけがない。まあ、武器があれば別だが。
とりあえず馬鹿みたいな大輝は無視して、瑞樹に顔を向けた。
「おい瑞樹。なんでこいつを連れてきた?」
瑞樹を睨み付ける。
俺の目は人を殺せそうだよね、と瑞樹が前に言っていた。その目で見られてるのだから、ビビるかと思っていた。
だけどひるんだのはほんの一瞬で、瑞樹は眉と肩を下げ、弱弱しい声をしぼりだす。
「だって……NoKを知らない人なんてそうそういないでしょ……? 僕、嬉しくなって……」
「だからって部活に入ってるやつを連れてくんじゃねえよ」
「……え? 先輩。部活、入ってる……んですか?」
どうやら知らなかったようで、ファイティングポーズをとったままの大輝に瑞樹は問いかけた。すると大輝はそのままコクリとうなずく。
「ああああああ! 何たるミス……ごめんね、キョウちゃん!」
瑞樹はやってしまったと頭を抱え、しゃがみ込んだ。NoKのことだけに気をとられてしまったようだ。まあどこの部活も活動し始めている時間に、フラフラしていたのだろうだから、部活に入っていない人であると思いこんだのだろう。それでも部活に所属しているかの確認を
何度も何度も繰り返される言葉を聞きながら、はぁと軽く息を吐く。それは呆れと、仕方がないという二つの意味を含んでいた。
「お? お? ん? もしかしてお二人、仲がいい感じなの?」
執拗に攻めないことから関係性を読み取ったのか、大輝が戦う姿勢をやめた。
「たりめえだ。んで、うちの瑞樹が世話になったのかもしんないけど、なんでサッカー部のお前がこんな時間にここにいる訳? サボりか?」
わざと強調して”うちの”と言った。瑞樹はその言葉を聞いて、どうやら立ち直ったらしい。さっきまでの暗い顔をやめて、どこか満足そうな顔をしている。
そんな瑞樹を横目に見て、俺は腕を組み、背もたれに背を付けて足を組む。おさまりきらない足が、机の前方から飛び出る。威張るような姿勢であるが、これがいつもの姿勢だ。ついつい癖でこうなってしまう。
「いやあ……それが、さ。いろいろあって部活に行きづらくなっちゃって……あ、わり。しんみりした話だよな。あー、俺らしくない、うんうん」
今まで明るい表情を見せていたが、顔がだんだん暗くなっていく。「かっこ悪いよな」と引きつりながらも笑って見せるが、明らかに今までのような覇気がない。
「……じゃあ、お前は部活に入ってないってことでオーケー?」
「ああ。サッカー部はもう退部届だしてある」
何があったのかは知らないが、部活に入ってないのならちょうどいい。
「そうか」
短くそう言い、大輝を観察する。
理想とするバンドとしてどうだろうか。
頭に難ありだが、声はいい。歌がうまいかは知らないが、マイクが無くても声が通るし、いつも大きい声を出してて、不調の日がない気がする。もし歌うのが下手だとしても、練習すればどうにでもなるだろう。
ならば、性格はどうか。
俺が言えた立場ではないが、協調性はある程度必要だ。それに加えて、いいなりになるなのではなくて、自分の意思や考えを言える人間なのかどうかを見極める。
同じ補講を受けた際、わからないときはわからないとはっきり言うし、課題が出てもちゃんとやってた。やることはやるタイプなのだろう。
何が理由でサッカー部をやめたのか知らないが、一年のときに見かけたときは、熱心に練習していた気がする。一年間サッカー部で活動していたのなら、協調性は問題ない。サッカー部と同じように軽音部として、練習もしてくれるのではないか。だいぶうるさいけれど、もしやる気があるのなら、ボーカルとして悪くない。
俺の中で、考えがまとまった。
「俺達は」
沈黙を切り裂くように言う。
「俺達は部活としてだけじゃなくて、本気でバンドを組んで、音楽をやる気だ。もちろんプロを目指してな。お前もそこに……入らないか?」
上から入れと言うのではなく、あくまでも勧誘。でもあまりにも下から言うと、相手は調子に乗る。それは今までの勧誘で、もう嫌というほど経験した。
短い言葉でいい。目指している目標ともに、軽音楽部への勧誘の言葉をかける。
これで断るなら、そのときはそのときだ。どうしてもこいつがいいっていう訳じゃないし、諦めて他の人を探す。
もともとサッカー部なんだし、運動が得意なのだろう。他の運動部に入ったり、他の文化部にだって入るかもしれない。いや、もしかしたら、部活はもうやらずに遊び倒すかも。チャンスがあるならそれを狙うだけ。言うだけ言っておくのは構わないはずだ。
「……こんな俺でいいなら、入るっ!」
まさかこんなすぐに決めるとは思ってもいなかった。
大輝の大きく明るい声が教室に響く。騒がしいほどの声に、耳をふさぎたくなった。
「言っとくけど、お前は頭が悪くて声がでかいし、存在自体が騒がしいから、ボーカルな」
「それって褒めてる? それともけなしてる?」
「両方」
えー、と言いながらもその顔は嬉しそうだった。
「ボーカルが俺なら、野崎は何やるんだ?」
「俺はベース。瑞樹がギターだ。あんなちびっこでも、ギターはうめえぞ」
瑞樹もギターに触れ始めてからもう六年は経っている。一緒に合わせた事もあるし、技術は申し分ない。でも素直に褒めるのは苦手で、ついつい身長に触れてしまう。いつもは小さいと言われて怒るのに、今日の瑞樹は怒らず笑顔になっている。たぶん、褒められていることが嬉しいんだろう。
「これで三人だから、あとはドラムとキーボードを探す。五人いれば、部活になるし、バンドにもなる。まあ、ドラムをやるやつに目星はついてるけど」
急にボーカルをやれと言われ、二つ返事で受け入れたくせに、候補がいると言っただけで、大輝は驚いているようだ。その隣の瑞樹はさっきまでの笑顔のまま、こっちを見てきた。その笑顔の裏には、怒りが見える。
「……待ってよ、キョウちゃん? ドラムの候補がいるなんて僕、聞いてないんだけど」
「だって今言ったし」
「キョウちゃん!」
「あー……まあ、楽しみにしとけって。なんか面白そうなやつだし」
今にもかみつきそうな瑞樹から、さらっと逃げる。
自由というより身勝手なのはいつものこと。その行動に対して瑞樹が深く言うことができないのもいつものことだ。
すぐに問い詰めることをあきらめた瑞樹は、別のことを訊いてきた。
「ねえ、キョウちゃんって、この先輩のこと知ってたの?」
ちゃんを付けるなと言いながらも、その問いに答える。
「知ってるもなにも……こいつ、補講常連者のめちゃくちゃ馬鹿だし」
「それを言うなら、野崎だって補講にいるじゃんか。俺達の頭のレベル一緒だよねー! 仲間!」
「お前と一緒にするな。学年末の補講は数学だけだ」
音楽しかやっていないせいか、学業がおろそかになっている。だからいつも赤点をギリギリ回避できるかどうかの点数だった。
一年のときの学年末テストでは、数学だけひっかかった。他の教科はギリギリ回避。俺にとっては、よくできたほうだ。もっと出来が悪かったときでも三科目が赤点。全部の補講には、いつも大輝がいた。
俺の頭の悪さは瑞樹も知っている。だから瑞樹は呆れた顔ではあったが、納得しているようだ。
「あ、そうだ。後輩ちゃんは名前知らなかったよな。改めて……俺は二年、
胸を張って自己紹介した。が、まさかの願望。そういえばこの自己紹介、前にも聞いたことがある。確か初めて補講で会ったときだ。だから、名前も憶えていたのか。というか、そのときも大輝と呼ばれたいって言ってたが、いまだに同じ自己紹介をしている。どれだけスガと呼ばれるのが多いのは知ってる。確かに大輝って感じの人ではない。
「僕、作間瑞樹です。一年です」
瑞樹も名前、学年を言い、軽い自己紹介をしている。
「ほう、後輩ちゃんは作間瑞樹……サクっていうよりも、みっちゃんって感じだな。野崎って呼ぶのもそっけないし、俺もキョウちゃんって呼ぶことにしよう」
「お前までちゃん付けすんな」
まさかキョウちゃん呼びが増えるとは。
もう呼び方はあきらめるしかないのか?
呼び方はひとまず置いといて、メンバーは一人追加された。
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