第3話


入学式が終わると、生徒は40人ごとに組分けがされました。

ユウコは他の生徒達と一緒に、1年1組の教室に移動します。


そこで、1年1組のメンバーの、自己紹介が始まりました。


1組の担任は石頭タカシ(イシアタマ タカシ)先生。

40代位の男性で、インテリなメガネをかけた、見るからに厳格そうな顔をしている先生でした。

副担任は琴中レイコ(コトナカ レイコ)先生。

若い女性の先生ですが、新任なのか、緊張した面持ちでオロオロしていました。


次に、生徒たちの自己紹介が始まりました。

教室の端に居る生徒から、順番に席を立って自己紹介をしていきます。


「愛生エーコ(アイウ エーコ)と言います。マー検(魔法検定の事)二級持っています」

「干支瀬トラオ(エトセ トラオ)と言います。両親が勇者をしています」

「殻手クロオミ(カラテ クロオミ)と言います。空手は黒帯です」


ユウコはポカーンと口を開けて、他の人の自己紹介を聞いていましたが、ある事に気が付きました。

皆、魔物と戦った事があるとか、全国大会に出たとか、勇者になる上で有利になりそうな経験を、既に積んできているのです。


(…え?待って待って?何で皆、当たり前の様に勇者の経験を積んできているの?私、何にもやって無いんだけど!?”勇アカ”の募集要項にも、”未経験者可”って書いてあったよね?あれ…なんか私、間違えてるっ!?)

ユウコは途端に不安に駆られます。


実際の所、”勇アカ”は未経験者の入学を禁止してはいないのですが(少子化による生徒不足解消の為)、本当に未経験者が入学してくることは稀で、入学前にある程度の経験を積んでくることが、一種の慣例みたいになっていました。


(あばばばばばばばばば…!ど、どどどどどどどどどどうしよう!?)

ユウコの目はグルグルと泳ぎまくり、全身から汗が滝の様に噴き出しました。席の下に、直径1メートル位の水溜まりを作ります。


そうこうしている間にも自己紹介は進み、ユウコの番になりましたが、ユウコはパニックを起こし、全く気が付きません。

(…じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところ…)


立ち上がらないユウコを見て、担任の石頭先生がユウコを注意します。

「只野ユウコさん。次はあなたの番です。皆を待たせないでください」

「え…?あ…自己紹介?あ、はいぃぃぃ~~っ!」


ユウコは慌てて立ち上がりますが、膝がガクガクと震え、まともに立っている事が出来ません。

(ふおわわわ…!)

皆の注目が、自分に集まっているのを感じ、ユウコは顔がカーッと火照るのを感じました。涙が溢れそうになります。

(私…、私…!)


その時ユウコは、無意識の内に、腰に差したオモチャの剣に手を触れました。

これまでずっと、勇者の修行を共にしてきた、剣の感触。

ユウコの心に、ほんの僅か、勇気が宿ります。


(ふおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!)

ユウコは心の中で雄たけびを上げると、

「只野ユウコと言いますっ!このオモチャの剣で、ずっと勇者の修行をしてきましたっ!勇者になって、困っている人を助けたいと思いますっ!皆さん、よろしくお願いしますっっっ!!!」


ユウコの、あらん限りの叫び声が、1年1組の教室にこだましました。

そして静寂に包まれます。


誰よりも経験が無いから、せめて誰よりも威勢よく。

それがユウコに出来る、精一杯の自己紹介でした。


────────────────────────────────────


その後、何とも言えない空気になったまま、自己紹介は続きました。

(ユウコは極度の興奮状態のまま、ブファーッ、ブファーッと猛獣の様な鼻息をしながら、他の生徒が立ち上がるたびに、クワッ!と般若の様な顔を向けていました)


永久乃シンジ(トワノ シンジ)という剣道をかじった事があるという少年や、呪井ブキミ(ノロイ ブキミ)という呪いの研究が好きな少女などの自己紹介を挟んだ後、ある一人の少女が立ち上がった時、教室の空気が一変しました。


金髪で、人形の様に整った顔立ち、柔らかい物腰に、気品のあるたたずまい。

「星野ユウコ(ホシノ ユウコ)と申します。魔法を少々嗜んでおります。皆様どうか、よろしくお願いします」


一般人とは異なるオーラを放つ少女に、ユウコ(ちんちくりんの方)もハッと我に返りました。

(ふわあああ~~~凄い…。まるで絵本の中のお姫様が、現実に飛び出してきたみたい…!)


他の生徒達も、彼女を見る目だけは違っていました。

(へぇ~あの人が星野財閥のお嬢様…)(千年に一人の天才って噂よ…)(やっぱり”ブレイブソルド”を引き抜ける人って、こういう人なのかな…)

そんなヒソヒソ話が聞こえてきます。


(せ…千年に一人の天才!?これは強力なライバル誕生の予感だよっ!?)

どこら辺にユウコ(ちんちくりんの方)が、ユウコ(お嬢様の方)のライバルになれる要素があるのかは分かりませんが、ユウコ(ちんちくりんの方)は、勝手に対抗意識を燃やします。


そしてユウコは優雅な仕草で席に座り、その後もクラスメイトの自己紹介は続きましたが、ユウコの目はユウコに釘付けで、それらは耳に入って来ませんでした。

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