第7話 罠とヤーコフの最後の忠誠
イサアーク様の変態性にドン引きしながら、私は彼から離れようと走り出そうとしました。
ですが、イサアーク様に腕をがっちり掴まれ、抵抗しようとしたところ、また彼に思いっきり殴られました。
そのあとも私を手枷口枷等で縛られる最中、抵抗するたびに私の上半身を殴りつけてきましたわ。
声をあげることも許してくれない。そのままテラスから無理やり連れられ屋敷内の廊下まで引っ張られます。
縛り上げられた私を連れ、廊下を歩いているのに、使用人たちは何事もなかったように通り過ぎていきました。
ああ、これがこの屋敷では日常なのですね。
廊下の壁を叩くと、突然壁が開きましたわ。そこには薄暗いですが、地下へと続く階段があります。
「随分と大人しくなったね。おっと、君は今返事ができないんだったね。でも抵抗がないってことは俺のことを受け入れてくれたのかな?」
抵抗は無駄といわないばかりに貴方が殴ってきたじゃないですか。手加減もなく殴りつけられたら、素直に従うことしかできないじゃありませんか。
それでも貴方を受け入れたわけじゃないと意思表示のつもりで首を横に振りましたわ。
「そう、じゃあ残念だけど嫌々付いて来てね」
ついて来てねと仰いますが、私は縛られ抱えられています。そこに私の意思はありませんでした。
連れられた地下室は、普通の客室のように整えられていましたわ。ただ部屋の鍵は何重にもなっているようです。そこまで不自由のなさそうな部屋ですね。
しばらくして口枷が外されましたわ。
「こちらも外してくださる?」
両手をイサアーク様に差し出す。しかし、イサアーク様は手枷を外そうとしてくれませんでした。
「安心してほしい。君の手枷はそのうち外すよ。生活に支障が出るからね。でもしばらくは君に自由を与えないようにするつもりだから我慢してね」
残念と思った私はそのままベッドに座らされましたわ。そして彼はベッドに座る私の正面でしゃがみ込んだ。彼が私のスカートに手を伸ばそうとした。
「お待ちなさい? 何を考えていますの? すぐにそこから離れて。ねえ、待って? 冗談ですよね?」
「待てないよ。そのためにここに来たのだから」
今まさにスカートをめくり上げられ、足を出されそうになったその瞬間でしたの。部屋のドアがダンダンダンダンと叩かれましたわ。
「ふーん? 誰か気付いたのかな?」
「どなたか存じませんが! 助けてくださうぼえっ!! ゲホッ! ゲホッ!」
叫んでいる途中でまだおなかを殴られましたわ。ですが、十分に聞こえてくれたはずですわ。私はここにいますわ。
ドアが破られると、そこには御者兼護衛のヤーコフさんがいましたわ。その姿は血まみれでした。
おそらく私を軟禁する為にヤーコフさんが邪魔だったのでしょう。ロムニエイ公爵家の使用人達に襲われたと考えるべきです。なんと卑劣な。
「我々が本日こちらの屋敷に来ていたことは公爵家も存じております。ここで私を消してお嬢様を軟禁してしまっても、すぐに貴方の犯行と気づかれるでしょう」
「シナリオもちゃんと用意していたさ、君たちの馬車はちゃんとベッケンシュタイン家の屋敷に向かう途中まで走ってもらおう。そして道中で襲われてもらったように偽装し、御者の君の死体はそこにおいておくのさ。王都内とはいえ、道中にはちょうど湖と森の間を通る道があるだろう。そこにはあまり一目がないからね」
なるほど、帰路を走っているところを襲わせたように偽装すれば、ロムニエイ公爵家への疑いの目で見られることもないということですね。
「ありきたりすぎたかな?」
「無難ね。無難すぎてどこかに穴でもあるのではなくて?」
「そうかもね、でももう始まったからね。君をあれだけ殴ったし、君の護衛も血塗れにしてしまった。そしてこの部屋もバレてしまった。だからどんなに説得しても無駄だよ。もう後戻りはしない」
そういった彼は、私を盾にするようにしてヤーコフさんと立ち会う。ヤーコフさんはボロボロになりながらも、私とイサアーク様と少しずつ距離を詰める。
ヤーコフさんの得物はレイピア。対するイサアーク様は、この部屋に余計な武器を持ち込むつもりがなかったのでしょう。
武器になるものがなく、私を盾にするのが精一杯のようですわ。時間稼ぎをして、他のものがくるのを待っているということでしょうか。
硬直状態が続くと、ヤーコフさんは意を決したような表情をしましたわ。レイピアの刃先を自らの腕に向けましたの。何を?
「血迷いましたか?」
「これが最善なのです」
次の瞬間には、手首の動脈からものすごい量の真っ赤な液体が、イサアーク様の顔に吹きかけられましたわ。私の顔にも飛び散り、その赤い液体が生暖かいことがよくわかりましたわ。
「うわぁ!?」
「いやぁああああああああああ!!!!」
その瞬間、イサアーク様が両手でお顔をかばいましたわ。すかさず、ヤーコフさんが私を抱え込み、出口まで走っていきました。私は何が何だかわからないまま、地下室から抜け出し、屋敷から脱出させていただきました。
そして馬車に乗せてもらい、そのまますぐに馬車は発車しました。馬車の周りには、気絶しているロムニエイ公爵家の使用人が数名倒れています。
馬車が発車してしばらくすると、正面の小窓から見えていたヤーコフさんの後頭部が、突然倒れ込むように見えなくなりましたわ。
「ヤーコフさん!? 大丈夫ですか!!」
ヤーコフさんは青白い顔と左手首から流れ落ちる赤い液体。そして後方からはロムニエイ公爵家の追手が走ってきていることに気付きましたわ。私は心の中で何度もヤーコフさんに謝ることと、とにかくこの状況を打破する手段を考えました。
運悪く、ここは湖と森の間の人気のない通り道。ロムニエイ公爵家の屋敷から我が家への最短ルートでもありますわ。本当は遠回りしてでも、街中を走るべきでしたが、ヤーコフさんが正常な判断を行える状況ではありませんでしたから仕方ありません。
このままですと、また捕まってしまいます。
しばらくしてイサアーク様達が私の馬車を取り囲みました。
=== side 無し(三人称)===
ロムニエイ公爵家側の追手がルクレシアの所有する馬車を取り囲む。馬車一台に対して、馬五頭で取り囲み、イサアークの指示で一人の男がヤーコフの生死を確認する。
「御者の死亡確認」
従者がヤーコフを調べ、イサアークに報告を行うと、イサアークは無表情のまま馬車の扉に手をかけた。
「よし、俺は馬車の中を調べる」
イサアークは馬車の扉を開けるが、中には誰もいなかった。馬車に隠れられそうなところは見当たらず、部下の一人に森の中の茂みの捜索を命令する。
苛立ちを隠せないイサアークは馬車に座り込み、その温もりからさきほどまでルクレシアがそこに座っていたことを確認すると、薄気味悪く口角をあげるのだった。
「君はまだ近くにいるってことでいいんだよね。ルクレシア」
だが、彼女がどこに逃げ込んだのかがわからない。そう感じたイサアークは森へと捜索に向かった部下の報告を待つ。
まだ来ない。しばらくして件の部下は戻ってきたが、彼は見つけられなかったと報告をしたのだった。
イサアークはあまりここに長居することはできないし、見えるところにルクレシアがいないことを確認し、すぐに行動に出た。
「まずは小隊長、俺と屋敷に戻って増援を呼ぶぞ。森とこの道中を囲むように警備しろ。何が何でもルクレシアを街中に戻してはならない。他のものはこの道を真っすぐ進みルクレシアがベッケンシュタイン家の屋敷の方にこっそり向かっていないか追いかけるんだ。道中を抜けたら、この道を通行止めにしておけ。余計な人間をこの中に入れてはならない」
「ラジャー!」
小隊長と呼ばれた部下を連れ、来た道を戻り、他の三人はそのまま真っすぐ進んでいくのであった。
湖と森に挟まれた道には、豪華な馬車と御者の死体が取り残された。
森は、ロムニエイ公爵家の護衛に囲まれ、誰も出入りできない環境となった。
イサアークには時間がない。いつまでもこの道を通行止めにしておくと、今度こそルクレシア達を襲ったのが公爵家とばれてしまうからだ。
だが、ルクレシア一人探すのに森はそこまで大きくはない。すぐに見つかるはずだ。そう確信していたのだ。
そして日が沈む前に道の通行止めをやめたが、とうとうルクレシアを見つけることはできなかった。
その日の夜。不審に思ったルクレシアの父が、騎士団に捜索願が出され、ほどなくしてルクレシアの馬車が発見された。
ベッケンシュタイン公爵家から話を聞いたロムニエイ公爵家は、私たちも総動員で探して見せようと、ルクレシアの父に伝え、公にルクレシア捜索を開始し始めた。
ロムニエイ公爵家のイサアークから、もしかしたらルクレシアは王都の外に連れていかれたかもしれません。私共は屋敷周辺の森や湖近辺を徹底的に捜索しますと伝えてきた。
ベッケンシュタイン公爵家はロムニエイ公爵家に言われたとおりに王都の外を中心的に捜索し、騎士団は王都内街中を捜索するのであった。
そしてルクレシア失踪事件から三日後。ルクレシア・ボレアリス・ベッケンシュタインは、未だに行方不明のままであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます