一章 千年後 その3

◇ ◇ ◇


 千年越しに目が覚め、クロに世話をされ始めてから早六年、ツリーハウス付近の森。

雷が落ちたかのように激しく発光し、遅れて炸裂音が森に響く。

 驚いた鳥や動物たちが勢いよく音から遠ざかるようにせわしなく動き出す。

「ふぅ……大分魔力の流れは直ってきたか。でもなあ、やっぱまだしっくりこないな」

 俺は煙を吐く目の前の岩が、黒く焦げてひび割れているのを眺める。

 まだ魔術の初動に遅れを感じる気がする。威力も全盛期に比べるとぜんぜんだ。

 汎用魔術の中でも初等魔術である”サンダーボルト”でこの程度の岩も砕けきれないとは我ながら衝撃だ。

「やっぱ戦闘から大分離れてるからか、勘が鈍ってるのかなあ……。それとも、肉体的な問題なのか……」

 俺が目覚めたときに肉体は四歳まで退化していたようだから、肉体年齢は十歳となった。

 クロとの共同生活は、いたって順調に平和的に進められた。

 時折何日も居なくなったり、多少の怪我をして帰ったりなんてこともあるが、地球上で恐らく最強の生物である吸血鬼だ、心配なんて微塵もない。

 むしろ、その間一人で留守番をさせられる俺の身体の方が心配だ。栄養的な面で。

 目覚めてから数か月はまともに立つこともできなかったせいで、すっかりクロに世話をされる癖がついてしまい、「ギル……君はまさか精神まで幼児退行してしまったのか?」とまで言われる始末だ。

 さすがの俺もその発言には屈辱的すぎた結果、こうして魔術の使用を全盛期に戻すべく毎日リハビリに励み、ついでに身体を動かしてストレスを発散しているという訳だ。

 そしてもう一つ、俺の日課となっているのが――

「おーい、ギル! 今日も来たよ!!」

 金髪のサラサラとした髪にリボンをカチューシャの様につけた少女が、俺を見つけニコニコした笑顔で岩を乗り越えて近づいてくる。

「毎日飽きねえなあ、ユフィ」

「飽きる訳ないよ! 今日もお願いします、師匠!」

 食い気味で目をキラキラさせるユフィに、思わず目を背ける。

 幼い子の好奇心は眩しすぎる……!

 ユフィは近くの村に住む女の子だ。

 俺と同い年で、たまたま俺が森の中で魔術を使っている姿を目撃したらしく、それ以来しつこく魔術を教えてくれと迫ってきた。そしてとうとう根負けした俺は仕方なくこの子に魔術を教えることにしたのだ。

 まあ他にすることが特にある訳でもないし、暇つぶしになることには変わりはない。

 ただ、この時代には少し奇妙な点があった。ユフィが言うには、村に魔術を使える人は一人もいないらしい。一応医者もいるにはいるようだが、その治療は回復魔術を使ったものではなく、魔道具を使った簡易的なものに限られているようだ。

 少なくとも俺の時代にはもっと魔術を使える人はいたし、いなくても魔術関連の書物を読めば最低限の魔術(火を点ける魔術とか)くらいは独学で学ぶ人も少数だが居た。

 もしかすると、平和になった世界には、それほど魔術というものは需要のあるものじゃないのかもしれない。

「それでそれで! 今日は何するの!」

「うーん今日なあ……昨日何やったっけ?」

「昨日は手から水を出す練習をした! 火を消した!」

 興奮気味に目を輝かせ話すユフィ。汎用魔術である”ウォーター”。ユフィの魔術系統的に水が適性だったようで、それが一番効果を発揮したのだ。

 ユフィには魔術の才能があった。だからこそ、俺が魔術を使った痕跡を見つけて俺が魔術を使っている様子を盗み見ることが出来た訳だ。

「あーそうだったな。んじゃ、今日は飛距離でも伸ばしてみるか」

「了解!」

 ユフィは敬礼するとニコニコと笑みを浮かべる。天真爛漫な笑みに、心が洗われる。

 ――いや、決してロリコンとかじゃないよ? 可愛らしいものを可愛らしいと思う自然な現象だよ? 本当だよ?

 俺は心の中で言い訳しつつ、ユフィの足元から十メートル程離れた位置に線を引く。

「よし、とりあえず今日はここまで飛ばせたら成功だ」

「え~そんな距離でないよ~。昨日だって一メートル位しか飛ばなかったし……」

「魔術は昨日できなかったから今日も出来ないなんてことはないんだよ。昨日まで殆ど出来なかったことが何かのきっかけで翌日には急に上手くいくようになったりすんのよ。運動とかと一緒でな、出来るまでは難しいけど、一度出来るようになるとそっからの成長は早いんだ」

「ふーん……まあギルが言うなら出来るってことだよね。信じる!」

「いや、俺を信じなくてもどっちでもいいから……頑張るのはユフィだし」

「信じたい気分なの!」

 ちょっとむくれ気味にほっぺたを膨らませながら、ユフィは肩にかけていた小さなポーチを近くの岩の上に置く。

「よし、じゃあいくよ」

 ユフィは右手を前に突き出す。右手の甲にはインクで魔法陣が書き込まれている。

 今日来る前にちゃんと上から書き直してきたのだろう。この魔法陣は最初俺がユフィに描いてあげたものだ。

 超簡易ではあるが水を放出する魔術が発動できるようになっている。

 詠唱でもいいといったのだが、どうやら詠唱するのが恥ずかしく、他のやり方がいいと駄々をこねたので、少し不格好だが魔法陣を直接手の甲に描くことにした。

 正直それで魔術を発動してもいいんだけど、それだと応用が利かない。専門的に学んでいるならまだしも。戦闘時に種類に応じた魔法陣を何個も用意するなんて馬鹿のすることだし、魔法陣を描いた道具を使用して戦うならもっと応用の利くオリジナルの魔法陣を作るべきだ。

 ――が、ユフィが魔術を使って戦闘にでることはきっと万に一つもないし、今はただ魔術が出来て楽しんでいるだけなのだから、これで十分だ。

 そうこうしているうちに、ユフィの手に魔力が集まり始める。

 やはり、魔術の起動時間はまだ遅いか。これだけ時間がかかってしまうとその間に敵に――っと、いちいち戦闘を想定してしまうのは悪い癖だな。

 集まった魔力が弾けるようにあふれ出すと、ユフィの手から水鉄砲のようにぴゅんと一筋の水が放たれる。

 それは放物線を描くようにして前方へと距離を延ばす。

 俺は到達地点に素早く線を引く。

「――ざっと六メートルってところか」

「えーそんなもんかあ……。私才能ないのかなあ」

「いやいや、いきなり六メートルも飛ばせたんだから上出来だよ。さっきも言ったけど、きっかけさえあれば一気に伸びるのが魔術だから」

 ユフィはちょっと不満気だったが、それを聞いて上機嫌な表情で笑みを浮かべる。

「えへへ、そうかな。よーし、もっと練習して村一番の魔術師になるぞー! あっ、ギルを除いてね」

「ははは、俺は村の人間じゃないからな。というか、村に魔術師なんていないじゃん」

「そう、だから私がこの村の魔術師だ! って胸を張って言えるような実力を身に着けて、最初の一人になるの」

 ユフィは胸を張り、やる気満々に開始地点に戻る。

 とても才能があるとは言えないけど……やる気は何物にも代えがたい才能か。

「よし、続けるぞ」



 そんなこんなで修行を続け、気付いたら太陽が傾き、西日が差し始める。

「っと、もうこんな時間だ。ユフィ、帰らないと。送るよ」

「うん、ありがとう。じゃあ――キャッ!」

 ユフィの短い悲鳴が聞こえ、慌てて振り返る。

「あら、またユフィちゃんと魔術の練習? 精が出るな」

「クローディアさん!」

 ユフィは嬉しそうにクロに抱き着く。

 クロも優しい笑みを浮かべてユフィの頭を優しくなで、抱き上げる。

「んだよびっくりさせるなよクロ」

「ふふふ、男女の仲を邪魔しちゃ悪いと思ってね」

 さっきまでの優しい笑顔が、怪しい不敵な笑みに変わる。

「バカなこと言ってんなよ」

「あらやだ、育ての親に向かってそんな口の利き方!」

「そうだよギル! 親に向かってバカとか言っちゃダメなんだよ」

「ネー」

「ネー、じゃねえ! ――はぁ……で、何しに来たんだよ」

 クロはそのままユフィを地面に下ろす。

「ちょっと食料が沢山手に入ってね。もうユフィちゃんのお母さんには話通してあるから、今日はうちでご飯にしましょ」

「わーい! クローディアさんの料理だ!」

 うげ、またか……。

 クロはことあるごとにユフィを誘ってはうちで飯を食わせようとしてくる。

 俺の唯一の友達だからなのか、これでもかと仲を取り持とうとしてくるのだ。

 ――まぁ、人間の心が分からないクロなりに、俺一人未来に取り残された中で出来た繋がりを少しでも繋ごうと頑張ってくれているのかもしれないけど。

「さ、帰るぞ。宴だ!」

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