第108話  面倒な来客

それは、宗徳と廉哉を見送った後のことだ。


寿子は子ども達や残った家のない人々と教会裏にある畑の世話をしていた。


一度は病気や怪我で動けなくなり、生きることを諦めていた人々は、寿子の治療によって今や問題なく畑仕事に精を出している。


「この辺の根菜系は五日もすれば食べられるものになりますからね。それと、こちらの葉物は明日にでも使えますよ」


宗徳は目に見える形でやらかすが、実は寿子もかなりやらかしている。その最たるものがタネからの品種改良だ。


本来ならば、収穫に二十日ほどかかるものを五日に縮めたり、切った端から一日で生えてくる葉物野菜を作ったりとやりたい放題している。


寿子の言い分としては、味の改良はもちろん、栄養のある物にすることで人々の生活の質を上げたいとのことだ。ただでさえ、魔獣や国の戦争など、生死の境が近い世界なのだ。


ひもじい思いをしなければ国同士で奪おうとすることもない。食事の質を上げれば、それだけ体は成長し、強くもなる。病に負けない体になり、体力も付くだろう。簡単には死ななくなる。


寿子は人々の心を食によって豊かにしようとしているのだ。


「すごい種だな……普通の野菜が育てられなくなりそうだ……」


野菜や植物というのは、長い時間をかけて育て、収穫の時を待つ。一日で目に見える変化などない。ちゃんと実を付けるだろうかと不安になりながらもその時をじっと待つしかないのだ。


それはとても根気のいる仕事。だが、この寿子の用意した種は、次の日には認識できるほどの変化が見られる。美希鷹や律紀ならば、まるでゲームのようだと言うだろう。


「こんなに畑仕事が楽しいと思ったのは初めてじゃっ」


畑仕事の長い経験のある老人達も子どもに戻ったようにはしゃいでいる。


「こ、こんなにふわふわした土があるなんて……良い匂いだ……」


カサカサで、匂いもまともにしない土を耕し続けてきた壮年の男性は、初めて嗅ぐ栄養満点の土の匂いに浸っていた。


「薬草を土に混ぜるとは思いませんでしたよ。あれは生きるための大切なものでしたし……」


土を作るのに、彼らが栄養失調にならないために食べている薬草を粉末にして混ぜたのだ。無くなってしまっては生きていけなくなると分かっている大事な薬草だ。まさか、それを容赦なくむしり、畑にばらまくとは思わなかったらしい。


その時は見ていた全員が悲鳴をあげていた。それほど非常識で、衝撃的な光景だったようだ。


「土にも栄養がないと、育つものも育ちませんよ」


寿子はそれだけでなく、彼らには貴重な水も遠慮なく使った。


今も遠慮するなと水を撒かせている。そこに、幼い子ども達を任せていた悠遠が駆けてきた。少し焦っているようにも見える。


「どうしたの? 悠遠」

「アルマにいの、おとうさんがきた」

「あら。領主様ね。それでどうなっているかわかる?」


悠遠は幼いながらによく考えることができる子だ。何より寿子は、子ども達の能力に歯止めをかけたくはない。


実の息子であるとおるを育てていた時には気付かなかったが、無意識のうちに『これくらいしか出来ないだろう』と考えていたように思う。


歳を取って、多くの周りの子ども達を見たりしてきたからだろうか。そういう『勝手に限界を決める』育て方をしていたのだと気付いたのだ。


だからこそ、悠遠達にはそれを気を付けている。今も『状況を尋ねたところで、子どもには分からないだろう』とは思わない。分からないなら分からないで構わないし、伝えられたならばこんなことももう出来るのだと成長を喜ぶだけだ。


悠遠はその期待に応えるように、何かを思い出しながらも言語化してくれた。


「たくさんヘイをつれてきてた。でも、まちのヒトたちがとうせんぼうしてる。おこってるおおきなコエがきこえた。それで、ユマおねえさんがおこってでてった」

「ユマさんが? アルマくんはどうしてる?」

「ミストさんがでてくるなっておこってた。ナカにいるよ」


確かに、アルマは出ていかない方が良いだろう。父親の命令はこの教会を接収する事だったという。話を聞く限り、それが出来なかったと報告するだけでも手を出されるだろう。


「わかったわ。子ども達は危ないかもしれないから中に入りなさい」


畑仕事を手伝っていた年長の子ども達は不満そうだ。だが、ここは宗徳の結界の外。この場に兵を連れてくるような人だ。何をするか分からない。


大人達も近くの子ども達に言い聞かせていた。


「坊達に何かあったらいかんからな。中に入ってくれ」

「この畑は俺らが守るから」

「中の薬草の世話を頼むで」


これらに子ども達は渋々頷いた。


「私はユマさんを見てくるわ。悠遠はアルマくんが出てこないように見ててちょうだい」

「うん。ほかのちいさいこたちも、でないほうがいいよね。ちゃんとつかまえてる。おおきなオトとかしてもでないほうがいいでしょう?」

「ええ。何があっても、私が良いと言うまでお願いね」

「うん!」


頼りになる良い子だ。よしよしと頭を撫でて何気なく柔らかい耳も堪能してから寿子は表に急いだ。


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読んでくださりありがとうございます◎


子どもの成長は嬉しいものです。

次話どうぞ!

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