mission 6 ギルド職員業務

第048話 お仕事の時間です

扉をくぐり抜け、着いたのはギルドマスターである善治の執務室の隣にある私室だ。こうして、移動用に用意した部屋だった。


このドアがあるのは、執務室に繋がるドアのすぐ横。本来はただの物置きだ。


隣と言っても、マンションの一室があるようなもので、話ができるように中央にリビングがあり、寝室が二つとキッチン、トイレ、バス付き。


これは、ライトクエストの最上階にある部屋を真似て作った。


ドアを閉めて、まず善治がどこにいるか確認する。時刻は朝の九時過ぎ。どうやら執務室にいるようだ。


そちらに繋がるドアをノックする。内側からノックしているようなものなので、少々妙な感じだ。そんな違和感を感じながらも、応える声を聞いてドアを開いた。


「善じぃ。戻ったぜ」

「戻りました」


大きな机には、書類が山積みだ。地球なら、ファイルなどで嵩張るのは分かるのだが、純粋に一枚一枚の紙が積み重なっているようで、いくら、ここで使われている紙が少々分厚くでも、その量の多さがよく分かった。


「早くに悪いな」


善治の顔色は珍しく悪い。それを見て寿子が眉をひそめながら指摘する。


「師匠。ここ数日寝ておられないのでは? それと、食事はどうされました?」

「ん……?」


どれだけこちらの人よりも丈夫であっても、睡眠不足と空腹には勝てない。


「善じぃ。急いだ方がいいにしても、別に決められた時間内に終わらせる必要のある仕事じゃねぇだろ。数時間休んでも問題ないと思うぞ?」


避難してきた人々の放棄した町や村への援助の申請や、諸々の許可。今回の騒動の報告書等。一日も早く上げるべきではあるが、何日までにと明確な期限が用意されているわけではない。


現状、命の危機があるわけでもないのだ。数時間後になったところで気にはならない。


「そう……だな。少し休むとしよう。お前達に後を頼んでもいいか?」

「おう。そのために来てんだからな」


善治の力になるために宗徳と寿子はここへ来ているのだ。頼ってもらわなくては困る。


「なら、これが避難してきた人々の町や村のリストだ。詳細な地図はないから、下でそれぞれの代表者に直接会って現地に案内してもらってくれ。安全を確認したら、順次引き取ってもらうことになる」


移動する道中も危険なので、護衛に冒険者へクエストとして依頼を出す事になるだろうと説明した善治は、もう限界だというように部屋へ向かう。


「起きられる頃にお食事を用意しておきますね」

「頼む……」


そうして、この部屋の主人が休んだ後、宗徳と寿子は早速行動を開始した。


「とりあえず、俺は代表者を集める。そんで、大雑把でも地図で位置を確認しておく」

「わかりました。私はあの黒い霧の浄化薬をすぐに作ります」


しかし、部屋を出たところで、子ども達のことを思い出す。そろって足を止めた。


「子ども達はどうします?」

「そうだなぁ……あれだけ体力も落ちてんだ。今日一日は休むように言っておこう」

「そうですね。それに、もしジッとしていられなくなったら、ルイ君に貰ったボールがあります」

「そうだった。渡してくるか」

「ええ。ただいまと、いってきますくらい言いましょう」


子ども達がいるのは、宗徳と寿子のための部屋だ。畳の旅館の一室といった具合の部屋で、職員用の部屋が並ぶ場所にある一つだ。


「お前ら、帰ったぞ」

「ただいま」


やはり耳が良いのだろうか。ドアを開けてすぐに子ども達は奥から顔を覗かせた。少々、警戒もしているのだろう。ピンと立った耳がそわそわと動くのが見えた。


「こら、こういう時は『おかえりなさい』と言うんだぞ」


ただいまとおかえりを子ども達は知らなかった。


「お、おかえりなさい……?」


一番年長の六才の男の子。エレベーターで会った瑠偉によく似ている狼の獣人、悠遠ゆうえんが真っ先にそう口にした。


部屋に上がりながら、宗徳は前に出ていた悠遠の頭を乱暴に撫でる。


「ただいま。チビっこ達の事、ちゃんと見てたか?」

「うん。あさごはんもたべた」

「よし。今日は留守番だ。ちゃんと休めよ」

「え……どこかいっちゃうの?」


急にシュンと耳と尻尾が垂れる。期待が裏切られた様子だ。心が痛い。


「そんな顔すんな。寿子、薬作りが終わったら、空き時間はここに戻ってきてやってくれ。俺は外を担当する」

「いいんですか? わかりました。あなたも、ちゃんと夕食の時には帰ってきてくださいね。時間は七時にします」

「おう。遅れないように気を付ける。行ってくるな」


そう告げて、寿子より先に出ようとした所で、徨流が部屋の奥から飛んできた。


《くきゅっ》

「うおっ。徨流、お前……」


クルッと素早く宗徳の腕に巻き付く。


《くきゅきゅきゅっ!》

「わかった、わかった。確かに移動には良いだろうな。ちゃちゃっと片付けて、善じぃが起きる頃には、外の奴らが出ていけるようにしとくか」

《きゅふっ》


やる気充分な徨流を連れて、先ずは一階へ下りた。やるべきことは分かっている。


宗徳は既に、このギルドの主要な職員として認識されているので、他の職員達が指示を貰おうと集まってきた。


「ムネノリさん。避難してきた方々は落ち着いています。食料も問題ありません」

「よし。それぞれどこから避難してきたのか、村の位置を知りたい。代表者を集めてくれ」

「はい。第一会議室に集めます」


冒険者の対応をする通常業務組はそのままに、職員を走らせる。職員と言っても、このギルドに所属の職員はそう多くないらしい。


ただし、少な過ぎるということもない。建物の規模からいっても、なんとかなる人数がいた。皆、他のギルドから移動してきた者達だ。


「上に煙たがられてるのを引き抜いて来たとか言ってたな……」


癖がある者はいるようだが、問題だと感じる者は一人もいないようだ。善治がその目で判断して引き入れた者達なのだから、心配はいらないだろう。


「使えなくても使えるようになる見込みありってことだもんな」


今現在の事態は完全にイレギュラーだ。普段、何をやればいいのか分からない者達でも、指示を出されて駆けずり回っている。動く力はあると確認できた。


「善じぃにとっちゃ、この緊急事態も利用できる事だよな。まぁ、あの仕事の山は想定外だったかもしれんが」

《くきゅ?》


書類の山が築かれなければ、善治自ら職員の働き具合を観察していた事だろう。


「さて、俺らは会議室に先に行って地図を広げとくか」

《きゅふっ》


部屋を整える所から会議は始まるのだ。


「俺は、あんまり会議の進行とか好きじゃねぇけどな」


グループのメンバーをまとめる経験はある。現場一筋であった宗徳も、これくらいは見よう見まねで出来るだろう。


「場所を確認したら、寿子の作った解毒剤を持って出発な。夕飯までにやり切るぞ。まぁ、昼メシの時も帰ってくるけどな」

《くきゅきゅ》

「おう。その頃には善じぃも起きるだろ。そうしたら、安全の確認に冒険者の派遣をしてもらって、護衛の奴らで連れ帰ってもらう」


宗徳が環境を整えれば、後は善治が二種類のクエストを発生させる。


一つは調査。危険がないかどうかを確認してもらうもの。もう一つは避難して来た人々を護衛しながら送り届けることだ。


「村が荒れてなきゃ良いがな」

《くきゅ~ぅ》


宗徳は仕事を開始した。


**********

読んでくださりありがとうございます◎


働きますよ。

次話どうぞ!

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