第010話 扉の部屋

美希鷹の高い料理の腕に驚きながらもそれを堪能し、これから講義があるからと出て行く彼を見送る。


「またね鷹君」

「気を付けて、張り切って勉強してこい」

「うんっ。あ、連絡先交換しとこ。いいよなっ」

「そうねっ」

「おう」


それではと何かメモ用紙がないかと見渡していると、美希鷹が腕を突き出した。宗徳達と同じ腕輪のはまった方だ。


「そっか。初めてなんだ。慣れたらイメージだけでこれが出るけど」


これと言うのと同時に、腕輪から四角い半透明の吹き出しが出た。


「何だそれっ」

「ははっ、連絡先だよ。使い方は善次さんが教えてくれるはず。とりあえず今は、連絡先交換って腕輪に向かって言ってみて」

「お、おう」


ぎこちなくもそう言うと、吹き出しが出る。吹き出しの真ん中上には、四角い枠。その下に便箋のようにグリッド線が引かれている。


「よし。そんじゃ後は任せて」


そう言われて腕輪を少しだけ差し出すようにする。そうすると、その吹き出しに美希鷹の出している吹き出しを通過させた。


「シャキーン。これでOK。じゃぁ、使い方は善治さんにっ。またなっ」

「いってらっしゃ~い」

「気を付けろよ?」

「はぁ~い」


手を振って駆けて行く美希鷹を見送り、頭の上から嬉しそうに顔を覗かせるキュリアートに手を振って見せた。


「何だか懐かしいですねぇ」

「……あれくらいの時には、もうツンツンしてただろう」

「まぁ、そうですね」


二人の息子は気難しくて、あんな風に元気に飛び出して行ったのは、小学校の低学年の頃までだった。


学校で何かあったのかもしれない。それを最後まで知ることが出来なかった。家だけは絶対に安全で安心できる場所にしてやらなくてはと思った。


そうして、部屋に閉じこもる事で、その心を守れるのなら仕方がないと放置した。それが、良かったのかどうか、今となっては分からない。


けれど、打ち明けてくれなかったという事は、親として信頼されていなかったのかもしれない。


親子であっても、人と人の距離は難しい。一朝一夕で距離が測れるものでもないのだから。


「さて、俺らも勉強だ」

「はい」


これから、本格的なお仕事が始まる。



◆ ◆ ◆


ビルの地下五階。


そこに、異世界へと繋がる扉がある。


「ほぉ……これはまた立派な……」

「沢山ありますねぇ……」


扉は、まるで観覧車のように吊り下がり、降りてきたり、上がって行ったりする。そんな『観覧車』が何機もあった。それに扉が幾つあるのかは数えきれない。


その様子を眺めながら、いつの間にか不安そうに腕に掴まってきた寿子に気付く。


この格好があちらでは自然だからと着せられたズボンと胸当ての防具等。軽くて動くのに支障はないが、普段、見慣れない上に着慣れない格好というのは恥ずかしい。


寿子もそれに気付いたのだろう。


「いやですねぇ。こんなおばあさんがこんな格好……もっと若い子なら、コスプレだって喜ぶのかもしれませんけど」

「お前は……なに着たって……っ」


どんな格好だって寿子は寿子だ。変なわけがないとはっきり言えれば良いのだが、昔からどうしても、寿子相手には上手く言えないのだ。


だが、そんな事も、お互い分かっている。寿子は少し嬉しそうに背中を叩いてきた。


「いやですよ、もうっ」

「ぐへっ」


気を付けないと、そろそろ惚気るのも命がけだ。


そこで、前を行く善治が立ち止まった。一際大きな扉が吊り下がる一番奥のブロック。


「凄いですねぇ……」

「古いんだ」

「え……」


善治はそれだけ言うと、また歩き出す。扉が降りてくる場所まで近付くと、そこで扉を管理しているらしい赤毛の男に声を掛けた。


「チェシャ。新人です」

「ん……」


ワインレッドのシルクハット。ステッキが杖代わりの粋な紳士。長い髪はゆるく三つ編みにして右に垂らしていた。


年齢は不詳。髪で目が見えない。口元もキセルのせいでよく分からなかったからだ。


男だというのだけが辛うじて見てわかる事。その男がキセルを口から離し、その口元を笑みの形に曲げて楽しそうに言った。


「へぇ。やっと入ったんだぁっ。もう新しいのは入れないのかと思ったヨ。ボクはチェルシャーノだ。こんなカッコだから、みんなアリスのチェシャ猫ってイメージでチェシャって呼ぶ。好きにして」


ヒラヒラと手を振られる。


「あ、はい。チェシャさん。時笠宗徳です。以後、よろしくお願いします」

「寿子です。よろしくお願いします」


二人で 挨拶をすれば、その手がピタリと止まる。


「え、夫婦で? 珍しい! 良いねぇ。あ、だから善々の担当!? あっ、そう。男女一人ずつって言われたって言ってたもんねぇ」

「……そっちこそ、珍しくよく喋る……」


採用には基準があったらしい。


「いいから、開けてください」

「はいはい」


そうして、扉が何枚か送られ、黒に近い扉が降りてきた。


「あんま良い具合いじゃないねぇ」

「ゆっくり行くんで」


善治が促すと、チェルシャーノがステッキを一振りする。すると、扉が重々しく開かれていった。その先は光に満ちていた。


**********

読んでくださりありがとうございます◎


シャキーン!

で交換できたら楽しそう。

そして、異世界へ


次話どうぞ!

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