3 魔王ヴィルガロドムス

「魔王……だと……!?」


 俺は驚いて目の前の髑髏を見つめた。


 相手との距離は7メートルほど。

 当然、スキルの射程圏内である。


 にもかかわらず、髑髏は悠然とたたずんでいた。

【固定ダメージ】の影響を受けた様子がない……ということは、こいつは俺に敵意や害意を持っていないということか。


 あるいは──。


 俺は右手を伸ばし、黒い鎖を放つ。

 が、鎖が触れたとたん、髑髏はモヤのように霧散してしまう。


 しばらくすると、ふたたび集合して髑髏を形作った。

 こいつは、実体じゃない──ということか?


『余の本体はすでに滅んでおる。あの忌々しい勇者ユーノによって』


 魔王が言った。


『ここにいる余はその残滓。魔王ヴィルガロドムスが遺した生への渇望。無念。妄執。そして──希望』

「魔王の残留思念……みたいなものか?」

『おおむね、それでよい』


 俺の問いにうなずく髑髏。


「で、俺になんの用だ? 魔王」


 俺は警戒を解かず、ベッドに視線を移した。

 シアとユリンはまだ起きる様子はない。


『そう身構えるな。余は汝と話がしたいだけだ』


 と、魔王。


『汝は【闇】の深淵に──『奈落』に出会いし者。この世界でもっとも深き【闇】を備えた存在だ。ゆえに、余は汝に頼みたい』

「頼み……?」

『余がふたたびこの世界に顕現するための助力を、な』


 俺は眼前の髑髏をにらみつけた。

 こいつが言っていることは、つまり──。


「俺に魔王復活の手伝いをしろ、と?」

『魔族とは『奈落』からこぼれた【闇】が、この世界に色濃く表れた存在。魔王とはその極致だ。強大な【闇】を備えた汝であれば、余の復活の助力ができよう』


 魔王は淡々と告げる。


 魔族を生み出したのは『奈落』……!?

 俺は内心で驚く。


『勇者の【光】の一撃を受け、余は体内に蓄えていた大量の【闇】を失った。それを補うことができれば、ふたたびこの世界に実体化することも不可能ではない』


 魔王は淡々と話を進めた。


「……俺に協力する義理はないな」


 鼻を鳴らす俺。

 誰が好き好んで魔王復活を手伝うというのか。


『義理はなかろう。だが利はある』

「何?」

『汝の望みを叶えよう』


 髑髏の口がひときわうるさくカタカタと鳴った。

 笑っているようだ。


『この世界を丸ごとくれてやってもよい』

「いかにも魔王様らしいお誘いだな」


 俺は口の端を歪め、笑い返した。


「お断りだ」

『……ふむ』


 うなる魔王。


『ならば、汝の復讐に手を貸す、というのはどうだ?』

「俺の復讐に……」

『汝の標的──勇者ユーノは、いずれ強大な力を得るであろう。それに対抗する手段を与えよう』

「強大な力……?」

『【光】は、宿主の『意志の力』が強まるほどに、その輝きを増す。意志の力とは、すなわち欲求だ』


 と、ヴィルガロドムス。


『欲望や渇望と言い換えてもよい。そして宿主やその周囲にいる者も【光】の影響を受けて、欲を肥大化させる。【光】が宿主の意志を強め、強まった宿主の意志が【光】を強める──そうして力を増していく。それが【光】に選ばれし戦士たちだ』

「ユーノはこの先もっと強くなる、ってことか」

『今はまだ汝のほうが上であろう。だが、いずれ勇者が力を増したとき──不覚を取るかもしれんぞ。そう、かつて余を討ったときと同じように。真の【光】に覚醒した勇者に──』

「それに対抗する力を、俺に?」


 つまりは──魔王との取引ということか。


    ※


 SIDE ハロルド


 ハロルドの頭の中に、濃いモヤがかかったような感覚があった。

 意識がはっきりしない。


 脳裏に浮かぶのは、妖艶な黒衣の美女だ。


 魔族フランジュラス。

 美しき吸血鬼真祖に、ハロルドは心を奪われた。

 彼女に絶対の忠誠を誓い、しもべとなった。


 これからは魔族のために戦うのだ。

 そう、この手にある聖剣『ガーレヴ』も魔族を守るために──そして、フランジュラスの命令を遂行するために、振るう。


 こうっ……!


 その聖剣から、突然光があふれた。

 同時に体中に強烈なしびれが走る。


「くっ……おおおおおおおおおおおおっ……!」


 しびれは痛みを伴い、茫洋としていた意識を次第に覚醒させていく。


「俺……は……?」


 ハロルドは軽く頭を振って、周囲を見回した。

 暗い城の一室。


「そうだ、確か魔王軍の幹部と戦って、フランジュラスに……魅了をかけられて……」


 記憶がはっきりとよみがえっていく。

 頭の中にモヤがかかっていたような感覚が、晴れてきた。


「くそ、俺が吸血鬼なんかに屈していたなんて……」


 ハロルドは歯ぎしりした。

 仇敵たる魔族の前に膝を屈するなど、勇者として最大の屈辱だ。


 絶対に許せない。


「この借りは倍にして返してやる」


 ハロルドはゆっくりと立ち上がった。


 他の仲間はどこにいるのだろう?

 まずは城内を探すべきか──。


 ハロルドは聖剣を手に部屋を出た。


 どくっ、どくんっ……!


 右手に握った聖剣が熱く脈動している──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る