第6章 闇と魔王
1 再会
俺はマルゴと対峙していた。
ルーファス帝国の英雄騎士、マルゴ・サーシャ。
二年が経った今も、奴は特に変わらないようだ。
ライオットのように増長するわけでもなく、イリーナのように権力のために複数の男に抱かれるわけでもなく、ヴァレリーのように非道な魔法実験を繰り返すでもなく──。
あいかわらず英雄として、魔王軍の残党と戦い続けているらしい。
だが……それは偽りの姿だろう。
奴が真に英雄であるなら、二年前に俺を生け贄にすることに反対しただろう。
俺が生け贄にされたときに浮かべた、安堵と喜悦の表情は忘れない。
そして──案の定というべきか、こうして魔族と組んでいるわけだ。
「お前の狙いはなんだ、マルゴ」
俺はいきなり奴を【固定ダメージ】で消し飛ばさないよう、10メートル以上の距離を保った。
「シア、ユリン。奴が俺のスキル効果範囲内に入りそうなら阻止しろ。簡単に殺したくない」
「承知しました」
「お任せを」
【従属者】の少女たちが恭しくうなずく。
シアは【切断】スキルを込めた魔剣を構え、ユリンは全身から魔人のオーラを漂わせる。
臨戦態勢だ。
「なぜ君が生きている、クロム」
マルゴは青ざめた顔で後ずさった。
「それにその髪は……手足もそんなにやせ細って……」
「面変わりして驚いたか? お前たちへの恨みを──憎しみを忘れられなくてな。こうして生き長らえている」
俺はニヤリと笑った。
「なぜ【闇】の力を……? まさかあのときの儀式の影響か──」
「質問するのは俺が先だ」
俺は黒い鎖を放った。
「ぐっ!? う、動けん」
マルゴの全身を縛りつける。
「だが、我が宝剣なら──」
「そいつは使わせない」
奴が腰の剣に手を伸ばそうとしたところで、俺は鎖の締めつけを強くした。
「う……ぐぅぅっ……」
苦痛に顔をしかめるマルゴ。
奴の剣『七十七式
俺の黒い鎖を切断できるとは思えないが、使わせないに越したことはない。
「なぜお前が魔族と一緒にいるんだ、英雄騎士様?」
俺は皮肉たっぷりに口の端を吊り上げた。
「そ、それは……」
口ごもるマルゴ。
「……ユーノは強くなりすぎた。あの魔王ヴィルガロドムスさえ倒すほどに……だがそれは人の身には余る力。いずれは暴走し、今度は人間の世界を滅ぼす──私はそう聞いたのだ」
「聞いた? 誰にだ?」
「──神だ」
マルゴが厳かに告げる。
「何?」
「正確には、ユーノが持つ【光】の根源ともいえる存在──【
「【涅槃】……だと?」
初めて聞く名前に、俺は眉を寄せた。
「……お前は知っているか、ラクシャサ」
と、ラクシャサを呼び出す。
『我ら【闇】の端末を総べる【奈落】の対極にある存在です、宿主様』
現れた黒衣の美女が説明した。
「私は、ユーノの暴走を止めるため、あえて魔族の元に飛びこんだ」
マルゴが凛とした口調で告げる。
「魔族に与するつもりはないが、奴らと利害が一致する部分もある。ゆえに、行動を共にしている──たとえ騎士としての汚名をかぶることになっても、な」
どこまで信じていいものやら。
おそらく、百パーセントの真実は告げていないだろう。
嘘も混じっているはずだ。
だが、逆に真実も交え、虚実取り混ぜて話している気配がある。
──少し泳がせるか。
「分かった」
俺は黒い鎖を手元に戻し、マルゴの拘束を解いた。
「クロム様……?」
シアとユリンが俺を見つめる。
ラクシャサは微笑みを浮かべたまま。
「俺は魔族に協力を求められている。お前がフランジュラスたちと行動をともにしているなら、当面は戦う理由もない」
……当面は、な。
いずれ復讐は果たすが、少しだけ先延ばしにしてやる。
フランジュラスは、俺をアジトに誘う際にこう言った。
あなたの力をさらに磨くためのヒントがある──と。
その『ヒント』とやらを見せるように要求したが、準備に数日かかるそうだ。
……何かを企んでいるのか。
あるいは本当にそうなのか。
まあ、企んでいるなら叩き潰すだけだ。
【固定ダメージ】で、すべてを。
「俺がさらに力を磨いたとして──いいのか? 俺がその力でお前たちを滅ぼすかもしれないが」
フランジュラスに問いかける。
「あなたはそんな騙し討ちのような真似はしないでしょう? 【闇】を降ろしながら、その【闇】に呑まれず理性を保つ──よほど純粋な心がなければできません」
「……そういうものなのか?」
「あなたの心根を信頼しています」
微笑むフランジュラス。
「一途さも。危うさも。愛おしいとさえ思えますわ」
「……それ、クロム様を口説いてない?」
「……隙あらば色目。油断なりません」
なぜかシアとユリンがジト目だ。
「こちらへどうぞ。客室へ案内いたしましょう」
フランジュラスは艶然とした笑みを浮かべたまま、俺たちを促した。
「全員、同じ部屋か……」
案内された部屋を前に、俺は小さくつぶやいた。
しかも寝台は優に五人は寝られるような大きさだ。
「よろしければ夜伽の者を用意しますが」
フランジュラスが微笑んだ。
「それとも──そちらのお二人がその役目を担うのでしょうか」
「よ、よよよよよよよよ夜伽っ!?」
シアの声が裏返った。
「わ、私たち……クロム様に純潔を捧げるのですね……いつか来るとは思っていましたが、ついに……」
はふぅ、と悩ましげなため息をつくユリン。
いや、待て。
「この二人はあくまでも旅の仲間だ。そういう相手じゃない」
「では、別に女を用意しましょう」
即座に告げるフランジュラス。
「遠慮させてもらう」
「おや? クロム様は女性より男性をお好みで?」
「そういう意味じゃない」
俺は憮然とフランジュラスをにらんだ。
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