5 研究所へ

 俺は、シアの胸元に浮かぶ真紅の紋章を見つめた。


「お前にも、その紋章があったんだな」


 おそらく彼女を【従属者】にした際に刻まれたんだろう。

 服や鎧が邪魔をして、そのときは見えなかったが──。


 イリーナを【従属者】にしたときは、紋様が浮かんだ場所は額だった。

 相手によって場所が変わるのか、それとも別の意味があるのか。


 しかも、紋章の色が変化している。

 黒紫から、真紅へと。


 イリーナの紋章は最後まで黒紫のままだったから、その違いにも何か意味があるのかもしれない。

 ……あいつに聞いてみるか。


「シアの紋章の色が変わったんだが、どういうことだ?」


【闇】に呼びかけてみる。


 返事は──なかった。


「答えろ、【闇】」


 さらに数度呼ぶ。

 心の中でも呼んでみるが、やはり返答はない。


「……気まぐれな奴だ」


 仕方ない、次に会えたときに聞いておくか。


 しばらくして、紋様の輝きは収まった。


「あ……や、やだ、クロム様、見ないでください……!」


 シアはいきなり顔を真っ赤にして胸元を隠した。


「……お前が胸を開けたんじゃないか」

「そ、そうでした。いえ、その、申し訳ありません」


 シアはまだ動揺しているのか、目が泳いでいた。


「その紋章は以前からあったのか?」

「はい、クロム様の【従属者】になったときに」


 俺の問いにうなずくシア。


「たまに、今みたいに光りますけど、普段は見えないみたいです」

「なるほど」


 だから気づかなかったんだな。


「……胸、見てましたよね?」


 シアがいきなりジト目になった。


「いや、今のはどうやったって視界に入るだろう」

「もしかして、あたしに邪な欲望とか抱きました?」

「やっぱりお前って、ときどき失礼なことをサラッと言うよな」


 と、


「ん……」


 背後でユリンの声がした。


「ふあ……」


 可愛らしいあくびが聞こえる。


「悪い。起こしたか?」

「いえ、少し前から起きていましたので。お二人のじゃれ合いが微笑ましくて、つい聞き入ってしまいました」


 ユリンが言いながら、気まずそうに視線を逸らす。


「あ、私はお邪魔だったでしょうか? もう少し寝たフリをしていたほうがよかったですね……やっぱりお二人はそういう関係なのでしょう?」


 ……ん?


「えっ、あ、ち、違うよ、ユリンちゃんっ。今のは違うからっ」


 シアが慌てたように両手を振った。

 ふたたび顔を赤らめ、俺の方をチラリと見て、


「それは、まあ、クロム様のことは……まあ、意識してないっていうと嘘になるけど、まあ……」

「ふふ、乙女モードですね、シアさん」

「や、やだな、ユリンちゃん」


 微笑むユリンと、あたふたするシア。

 また妙な空気になってるぞ。


「とにかく、だ」


 俺はそんな空気を振り払うべく、こほん、と咳払いを一つした。


「奴の研究所に向かうぞ──」


    ※


 SIDE マイカ



 数々の魔法実験装置に囲まれた、研究所の一室。

 そこで七人の少年が雑談していた。


「最近、ヴァレリー様によく『指名』されるそうだな」

「そ、そんなことないよ」


 問われて、マイカは慌てて両手を振る。


「僕もみんなと同じくらいだから……」


 言いつつ、昨晩のヴァレリーとのひと時を思い出して熱いため息をもらした。


 マイカは薄桃色の髪を肩のところで切りそろえた、中性的な美貌の少年だ。

 賢者ヴァレリーの七人の愛弟子の一人である。


「同じくらい? 寝所に呼ばれる回数はお前が一番多いだろ」

「それも突出して、ね」

「ちっ、師匠のお気に入りナンバーワンの余裕かよ」


 嫉妬と羨望のまなざしが突き刺さるようだ。


 マイカはなんとか受け流しつつ、六人の少年を見回した。


 いずれも自分とタイプこそ違えど、たぐいまれな美貌の持ち主で、しなやかな細身の体つきをしていた。

 男色家である師匠の趣味が色濃く出ているのが分かる。


 全員がヴァレリーの愛人であり、マイカも指名されるたびに師匠とめくるめく一夜を過ごす。


 魔王を討った勇者パーティの一員であり、世界最高の魔法使いと称されるヴァレリーは、弟子にとって神にも等しき存在だ。

 夜の相手を誘われ、断れるはずもなかった。


 また、ヴァレリーの寵愛をより強く受けることで、自分だけが特別に魔法の秘奥義を授けてもらえるかもしれない、という打算も当然あった。


 もっとも、それは他の弟子たちも同じだろう。

 魔法の力だけでなく、男色家のヴァレリーの寵愛を誰が勝ち取るか……という点でも、彼らは競っているのだ。


 すべては──ヴァレリーの跡を継ぎ、いずれ世界一の魔法使いの栄誉を手にするために。


「そういえば、被験体の女が一人逃げたってよ」

「あのメイド服の可愛い子か」


 弟子たちの話題が変わった。

 マイカは内心でホッと安堵する。


「くそ、いずれ味見してやろうと思ってたのによ」

「よせよせ。魔法の儀式の中には、処女を条件にするものもあるしな。勝手に犯したりしたら、後で絶対罰を受けるぞ」

「分かってるけどよ。あんな可愛い子に指一本触れられないなんて生殺しだろ?」

「まあ、実験体としての役目が終われば、俺たちに回ってくることもあるさ」

「回ってきたときには、身も心もぶっ壊れた状態ってパターンが多すぎるんだよなぁ」


 少年たちが談笑する。


 ヴァレリーと関係を持っているとはいえ、彼らの欲望の対象はもっぱら女である。

 中には、男女ともに相手にする両刀使いもいるが──。


「ん?」


 マイカは警報用の魔導装置を見て、わずかに眉を寄せた。


「どうした、マイカ」

「あれを──」


 ランプが赤く点灯している。


「この研究所に近づく者がいる──」






※ ※ ※ ※ ※

ほ……、ほし……くださ……(´・ω・`).;:…(´・ω...:.;::..(´・;::: .:.;: サラサラ..



Mノベルス様から本作の書籍版2巻が3月30日に発売されます!

ろるあ先生の美麗イラストや書下ろしを収録していますので、ぜひよろしくお願いします~!

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