2 シアの戦い

 駆け出したシアを追い、俺は進んだ。


 衰えている足でゆっくりと──それでも全速力だが──進み続ける。

 その歩みは遅々として、思わず苛立ちが湧き上がった。


 俺にも【加速】が使えたらいいんだが……。

 もどかしい思いをしつつも、近づいていく。


 敵との距離は残り40メートルほど。

 すでにシアが大半を打ち倒したらしく、十を超えるモンスターの死骸が折り重なっていた。


 その背後にはおびえた様子の少女の姿がある。

 どうやら彼女がモンスターに襲われていたようだ。


 ……妙だな。


 俺は怪訝に思った。

 たった一人の少女を、これだけの数のモンスターがいっせいに襲うとは。


 いや、今はまずシアに追いつくことが先決だ。

 頭の隅に浮かんだ疑念を振り払い、俺は全力で進んだ。


「残るは、二体──」


 シアが凛と告げ、剣を構え直す。

 彼女の前には、二体のモンスターが並んでいた。


 一体は、身長五メートルほどの巨大な人形型モンスター『フレイムゴーレム』。

 その名の通り、全身を炎に包んだゴーレムで、強固な防御力と炎を活かした遠距離攻撃を得意とする。


 もう一体は、双頭の虎型モンスター『デュアルタイガー』。

 強大な近接格闘能力を備え、二つの頭から放つ風と雷の魔法弾で中距離での戦いもこなす。


 いずれも手ごわそうだ。


 とはいえ、二体ともHPは700から1000といったところ。

 俺のスキル効果範囲内に入れば、即死である。


 もしシアが勝てないようなら、【固定ダメージ】で敵を打ち倒す──。


 俺が歩みを進める間に、シアと二体の戦いは始まっていた。


 まず動いたのは双頭の虎だ。

 すさまじい加速力で、一瞬にしてシアに肉薄する。


「【加速】」


 だが、スピード勝負で彼女に敵う者など、そうはいない。

 あっさりとデュアルタイガーの突進を避けたシアは、反転してその背に剣を叩きつける──。


「っ……!」


 いや、その間際、慌てたように跳び下がるシア。


 一瞬前まで彼女が立っていた地点を、火炎弾が焼き尽くした。

 デュアルタイガーの後方に構えていたフレイムゴーレムが放った攻撃だ。


 があっ!


 跳び下がって体勢が崩れたシアに、デュアルタイガーが追撃をかける。

 モンスターながら、なかなか見事な連携攻撃である。


 ──その後も、シアが距離を詰めるとフレイムゴーレムが牽制の火炎を放ち、ひるんだところでデュアルタイガーが仕掛けてきた。


「この……っ! 当たらない……っ!」


 苦戦に苛立ちを隠せない様子のシア。

 フレイムゴーレムが連続で放つ火炎に体勢を崩され、攻撃に移れないのだ。

 そこにデュアルタイガーが襲いかかり、彼女は防戦に追いこまれている。


「……まずいな」


 確かに、彼女のスキルは近接戦闘において絶大な効果を発揮する。


 だが、シア自身は本職の騎士ではない。

 剣の素質はあるし、元騎士団長だった姉から手ほどきを受けていたため、腕は良い。


 ただ──実戦経験が圧倒的に不足している。


 スキルを得た直後のミノタウロス戦や、イリーナの護衛たちとの戦いではスキルだけで押し切れたが、今回のように上手く連携してくる相手だと、苦戦は免れないようだ。


「あたしでは勝てないかも……今のうちに逃げて!」


 シアが背後の少女に叫んだ。


「あ……ああ……」


 だが彼女は腰が抜けているのか、立ち上がれない。


「くっ、あたしが退いたら彼女が──」


 シアの声に焦りがにじむ。


 すでに悟っているのだろう。

 今の自分では、この二体に勝つのは難しい、と。


 だが、それでもシアは少女を守るために立ち向かおうとしている。

 実戦経験はまだまだでも、魂は本物の騎士のそれだ。


 あるいは、彼女の姉もそうだったのかもしれない。

 弱き者のために、剣を振るう。

 たとえ己よりも強大な相手であっても、勇気と誇りを持って。


 そんな──真の騎士だったのかもしれない。


「もう少しだけ持ちこたえろ、シア。今、俺が行く──」


 衰えている足に鞭打つ気持ちで、俺は進んだ。


 あと20メートル……19メートル……。


「きゃあっ……」


 フレイムゴーレムの爆炎に後退するシア。


 あと18メートル……17メートル……16メートル……。


 デュアルタイガーが吐き出した風と雷の魔法弾で、シアはさらに吹き飛ばされる。


「うう……っ」


 地面に叩きつけられ、うずくまったまま起き上がれない。

 どこか痛めたか、あるいは骨が折れているのかもしれない。


 あと15メートル……14メートル……。


 倒れたシアにデュアルタイガーが牙をむき出して迫る。

 その後方からフレイムゴーレムが火炎を放つ体勢だ。


 あと13メートル……12メートル。


 もう少しだ。

 凌いでくれ、シア──。


「あたしは逃げないから……っ!」


 剣を支えに、シアが立ち上がった。


「目の前で襲われている人がいる以上、この剣で守ってみせる……姉さんみたいに……!」


 今まで以上に闘志を燃え上がらせ、剣を構える。


 デュアルタイガーが雷と風の魔法弾を、フレイムゴーレムが火炎を、それぞれ放つ。

 前方と左右──三方向から迫る魔法攻撃に、シアの逃げ場はない。


 ──否。


「そうか、最初から逃げる必要なんてない……!」


 シアは何かに気付いたような表情で剣を掲げた。


「【切断】──」


 スキルを発動し、剣を振り下ろす。

 本来なら単なる鋼鉄の剣では斬れないはずの魔法攻撃が、すべて両断された。


【闇】のスキル【切断】。


 その効果はあらゆるものを切り裂く。

 物質だけではなく、魔法さえも──。


 二体のモンスターは戸惑ったように動きを止めた。


 それは、一瞬のことだった。

 だが、それが千金の価値を生む。


 俺はその一瞬の間に、最後の距離を詰めることができた。


「待たせたな、シア」


 刹那、【固定ダメージ】が二体を捉える。


「ぎぃぃぃおおぉおおおおぉぉぉぉぉおっ……!」


 すさまじい絶叫を上げ、炎のゴーレムと双頭の虎は同時に倒れた。

 その体が無数の黒い粒子となり、吹き散り、消滅する。


 間に合ったか──。


 俺は、シアを守れたことに安堵した。


 そして、シアが命がけで守ろうとした少女も──ともに守れたことに。




※ ※ ※ ※ ※

ほ……、ほし……くださ……(´・ω・`).;:…(´・ω...:.;::..(´・;::: .:.;: サラサラ..



Mノベルス様から本作の書籍版2巻が3月30日に発売されます!

ろるあ先生の美麗イラストや書下ろしを収録していますので、ぜひよろしくお願いします~!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る