あの子もその子も男の娘

えまま

第1話 留年

「どうするんだ? やるのか? やらないのか?」

「…………」


 高校一年。

 夏休み前日の昼ごろ。

 静かな教室で、男二人の声が響く。


「部活とか、俺なんかにはできませんよ。運動とか得意じゃないので」

「大丈夫だ。おまえでもやれる。あと運動部じゃない」


 俺は今、単位が足らず留年しそうになっている。

 理由は出席日数が足りないから。

 普通なら、補習を受けるだけで解決する。

 しかし俺は、補習だけではどうにもできない状況まで陥っていた。


「夏休み中、少し学校に行けばいいだけだから」

「……やれるだけやってみます」


 しかし、担任の木口きくち先生が救済措置を用意してくれた。


 せっかくここまで頑張ったんだ。

 留年なんてしたくない。


「じゃ、ひとつ上……四階にある部屋に行ってこい。行けばわかる」


 俺は無言でうなずきを返した。


「あ、補習はちゃんとあるからな」


 あんのかい。



 *



 階段を上り、四階へ。

 四階はほとんど物置になっている。

 廊下の奥に、ダンボールが高く積まれていた。

 そのダンボールの手前。


 この部屋かな。

 ほとんどが引き戸の中、この部屋だけ開き戸だ。

 先生の指示、あいまいだったがなるほど、わかりやすいなこの部屋。


 とりあえずノックする。

 少し待つ。

 すると扉が自ら開いた。


 俺の方に。


「ぐえっ」

「ようこそ! ……ってあぁ!?」


 勢いよく開かれた扉。

 俺はそれを受け、後ろの壁に背中を打ち、持っていたカバンを落とす。

 背中が地味に痛い。


「ごご、ごめんね……!」

「い、いや大丈夫」


 背中の痛みが少しずつおさまっていく。

 おろおろとした様子の彼女を見る。


 肩まで伸ばしたブロンドヘア。

 透き通った碧眼。

 胸元に赤いリボン。

 半袖の白いブラウスとチェックのスカート。

 黒のタイツも履いている。

 

 その子がめっちゃ俺を見てくる。


「あの……」

「……あ、えっと。……ゴホン、さっきはすまない、ボクの不注意だった」


 彼女は咳払いをし、先ほどとは違う雰囲気で言う。


「怪我してないし、気にしなくていいよ」


 ちょっと痛いだけだ。

 彼女が手を差し伸べてくれる。

 その手を掴み、立ち上がる。


桜木光基さくらぎこうきくん、だよね」


 彼女は尋ね……って、なんで俺の名前を知ってる?

 名前……先生が伝えたのか?


「そうだけど……君は? なんていうの?」

「え……」


 え、なんかすっごい驚かれてる。

 目をまん丸と開き、なにコイツといった感じ。

 名前を聞いてはいけない……?

 いつの時代だよソレ。


 数秒、沈黙で満たされる廊下。

 そして彼女はハッと我に返る。


「あの……」

「あ、ごめ……すまない。ボクの名前は、西村夏希にしむらなつきだ」


 少し、声のトーンが落ちてる気がする。

 扉をぶつけたこと、まだ気にしているのだろうか。


「……それで君は何をしに、ここへ来たんだい?」

「実は――」


 ある程度、事情を説明する。


「なるほどね。なら入るといい」


 わずかに哀愁を感じる表情で、部屋へ入るよう促された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る