第15話 フフ……おねいさんに相談するといいよ




 少しだけ息抜きをしよう。





 ここ最近お誘いが多くなっている事は大変有難い。なにより女の子からのお誘いなのでとても嬉しい。だがしかし……俺もひとりになりたい時はある。


「あのあの、ソフィさん睦希むつきさん。今日は生徒会と部活休んでいいですかね?」


 妻にお伺いを立てるべく教室の床に正座で見上げる俺はしょんぼりしていたと思う。


「仔犬みたいなショーマもいいわね」

「確かに怒涛の4月って感じだったもんね」


 思い返せばこの1ヶ月で色々な事があった。


 クラス替えのテンションから始まり、ナスカさんの告白現場に遭遇し、デーモンを呼び出してしまった。ヨルヨミさんと蝶の休まる場所に出かけて過去と対峙もしたっけな。

 全裸神の新たな舞台、星空ほしぞら大学にもお邪魔できた。最近ではさきさんの介抱をして、かなであおいとデート。その時に頼もしい後輩達とも縁を持つ事ができた。


 ひと月でこんなにあったっの?

 怒涛過ぎるんじゃないの?

 俺の体大丈夫?

 ねぇちょっと、誰か心配して!


 と頭の中で回想している内に妻達のお許しを得た。

 さて、ひとりになれる場所は何処いずこに。


 昇降口から1歩外に出ると夏の準備に取りかかった太陽が出迎えてくれた。


「なんか久しぶりに太陽を見たような」


 おはようからおやすみまで乙女しか見ていない瞼にギラつくアイツが眩しいぜ!


「ホワイトキングジムは……ちょっと違うかな。オーシャンレインも……無しだな」


 ジムでトレーニングをと思ったけど、体を動かすのではなく流れる雲を見たい気分。それにオーシャンレインに行くとバイトモードになりそうだから候補から外した。


「オカマママと言えば」


 ふと頭の中に天啓が舞い降りた。オカマママの弟さんが営む喫茶店があるじゃないか。

『ブラザー』はここから程よく離れているし、あそこなら落ち着ける。それにソフィと初めて行ったまともなデートスポットなのだ。


「善は急げだな」


 誰にも見つからないように隠密な忍びよろしく抜き足差し足忍び足。



 ――――――



 カランコロン


「こんにちは」


 アンティークな造りの扉のベルを鳴らして憩いの時間へようこそ。


「いらっしゃいませ。おや、お久しぶりですお客様」

「お久しぶりです店員さん」


 いつぞやの若いお兄さんが出迎えてくれた。そしてあの時と同じように入り口横には可愛らしい柴犬さん。


「こんにちは犬丸いぬまるさん」

「わっふわふふ♪」


 尻尾を2、3回振った切れ長の目のワンちゃんは俺を出迎えるように匂いを嗅ぐ。


「わんっ」


 何故だかわからないけど、ご苦労様と言われたような気がした。


「ありがとう犬丸さん」


 頭を撫でると目を細めてにっこりしている。そしてお兄さんに案内されて外が見える席に腰掛ける。


「――お決まりの頃に」


 メニュー表とレモン水を置いてくれたお兄さんに会釈して「ふぅ」と息を吐く。


「大人な時間が似合う男になりたい」


 口に出してみるとなかなかどうして恥ずかしい。こういうのはきっと普段から落ち着いた人がやるから似合うのだ。俺みたいに年がら年中走り回ってるようなヤツがやっても意味は無い。


「さて、何を頼むか」


 店の中では挽きたてのコーヒー豆の匂いが心地よく、離れた席に座る妙齢の女性が食べる食器の音がかチャリと鳴る。店内に流れるサックスの音色が昂っていた心を鎮めるよう。


「フフ……オススメは蜂蜜パイ」


 突然真横から女性の声が聞こえた。俺は反射的に肩を揺らして隣を見る。するとそこにはメニュー表を覗き込む空色の髪の女性が居た。


「……えっと」


 ジッと一点を見つめていた女性は俺がメニュー表から探せてないと勘違いして指を這わせるのだが。


「ここにある……蜂蜜パイ」


 あのあの、パイはパイでも別のパイが当たってるんですけど?


「ここのパイは絶品……じゅるりっ」


 いやいや、あなたのパイも凄まじく。

 と初対面の女性に興奮しているとカウンターの奥からあちゃーという顔をした店長がやってきた。


「ソラさん。お客様に迷惑かけいで下さいよ」

「むっ……失礼な。これは宣伝」


「宣伝って、ソラさんが食べたいだけでしょ?」

「むっ……それは失言」


 オカマママの弟さんは「ごめんね」と困り眉で俺に謝る。「気にしないで下さい」と言うとソラさんと呼ばれた女性は、やれやれとやって来た店員のお兄さんに首根っこを掴まれてご退場。


「なんだったんだ」


 とはいえ蜂蜜パイの言葉が頭から離れなくなり結局、蜂蜜パイとオススメコーヒーを注文することにした。




「――ごゆっくり」


 お兄さんは流麗な動作で給仕を終えると別のテーブルへ向かった。


「さて、いただきます……」


 と言葉にした瞬間、目の前の椅子が引かれて人影が座る。


「フフ……蜂蜜パイにしたんだね」


「えっと……ソラさん?」


「そう……ソラさん」


 空色の髪の女性が何食わぬ顔で座っていた。


「少年……悩みは私に言うといい。ご利益がある」


 特に悩んでいませんが?

 強いて言うならあなたの事です。

 と喉まで出かかった言葉を飲み込みソラさんが見つめるお皿をゆっくり差し出す。


「……半分食べます?」


 ソラさんの顔は外の太陽より輝いていた。


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